『魂を撮ろう ユージン・スミスとアイリーンの水俣』 石井妙子著
現在も活動家として活躍するアイリーン・美緒子・スミスと、フォト・ジャーナリストのカリスマ、ユージン・スミスの詳細な生い立ちから来歴、そして熊本県水俣市の歴史と水俣病の永く終わりのないたたかいを、『女帝 小池百合子』で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した石井妙子が壮大な歴史絵巻として描いたノンフィクション。ユージンとアイリーンが戦後最悪の公害事件を世界に告発した写真集「MINAMATA」を原案とする映画『MINAMATA』の日本公開直前という絶好のタイミングで刊行された。
以前から石牟礼道子の『苦海浄土』を読もう読もうと思いつつ手にとる機会がなかったけど、こちらはある理由で「よし読もう」と気軽にめくってみた。
理由というのは、さる事情で私自身とアイリーンさん(と呼ばせてください)に一面識があるからです。
詳細は省くが、公的にも個人的にもお話ししたり連絡をとったりする機会がごくたまにあるという程度の間柄です。
アイリーンさんは、いつお会いしても清々しくて瞳がキラキラ輝いていて、感受性豊かで溌剌として元気いっぱいで、そしてとても綺麗な人だ。
一部の若い女性たちからは「いつかアイリーンさんみたいになりたい」と憧れられる、どこか雲の上の人のように神々しい人でもある。
私個人は、「アイリーンさんみたいになりたいか」と問われても、ごめんマジ無理。アイリーンさんのことはとっても好きだけど畏れ多過ぎてちょっと現実的にしんどいです。としかいえない。
そんな感じ。
そもそも私には、水俣病については小学校〜中学校の授業で習った程度の知識しかなかった。
『MINAMATA』のレビューでも書いたが、高度経済成長期に生まれた私の出身地は別の有名公害事件の発生地のひとつで、同級生たちの多くが、内海に面した沿岸地帯にびっしりとひしめき合って建ち並ぶ大企業の工場で働く人たちの子どもだった。
教科書に載っている歴史的事実を、その当事者ともいえる子どもたちに教えていた先生たちはどんな気持ちだっただろう。
まあフツー、根掘り葉掘り詳細を教えるのは気まずかったよねきっと。そこに書いてあるから読んでねテストに出るからねー。ぐらいのテンションでしか語れなかったんじゃないかと思う。
本書には、水俣という土地の歴史から紐解き、誰がいつ、どうしてチッソの工場を水俣に建てたのか、そこでどんなものが生産され、チッソの成功がどれだけ日本経済を潤したか、その副産物としてどんな有害物質が水俣湾に垂れ流され、誰がどんな病に罹ってどれほど苦しみ、どんな死に方をしたのか、のみならず患者の家族が誰からどんなに苛酷な仕打ちをうけていたか、患者や遺族らがチッソと国を相手にどうたたかったか、といった非常に長期間にわたりかつ異様にこみいった複雑なディテールが、見事に整理され誰にでもわかりやすく親しみやすい文体で綴られている。これだけぴったりとまとめるだけの稀有な筆力には畏れ入るしかない。天晴れです。
主要登場人物はユージン・スミスとアイリーンさんなのだが、それ以外にも多数の患者、その家族、活動家たち、チッソの現場責任者から経営陣、医師・研究者、行政などの水俣病をめぐる大勢の関係者たちがページに現れては消えていく。その一人ひとりについても、最低限の表現なのに、まるで読者の目の前に本人が立ち現れるような絶妙な匙加減のリアリティで描写されてます。
にも関わらず本全体としては全然重くなくて、さらっと読み通せてしまう。読み終わってつい、「こんなさらっと読めてしまっていいのだろうか」と不安になったくらい。
でも一呼吸おいて振り返れば、本書のいちばん大事なところは、ユージン・スミスやアイリーンさんや水俣病の患者たちやチッソという企業の在り方など、文字で直接的に描かれていることではないことに、はたと思い当たる。
明治維新を経ていきなり近代国家になった日本は、急激な変革の裏でありとあらゆるものを犠牲にしてきた。ただ国が豊かに、強く大きくなれば万事それでよくて、その大義名分のもとで流される汗も血も涙も、一顧だにされることがなかった。そうして日本は軍事国家として肥大化し周辺国を侵略し、その対価として国内外で2000万人以上が命を落とした。
戦争が終わったとき、もし、日本という国がそれまで犯してきた数々の過ちを、間違いを、自らきちんと総括し教訓として活かすことができていれば、戦後まもなく始まった経済発展によって引き起こされた公害の多くは、あるいは避けられたかもしれない。
歴史にたらればはない。かつ、歴史は簡単にあるべき道を踏み外す。
第二次世界大戦直後から始まった東西冷戦のために日本はさまざまな戦争責任を免れ、冷戦の代理戦争として同じ民族同士が血で血を洗った朝鮮戦争の恩恵で、飛躍的な復興を果たした。日本人の輝かしいばかりの不屈の精神の賜物の下で、すぐ隣国の人々がどれほど残虐な暴力の嵐にさらされていたか、当時の日本人は知っていたのだろうか。いまとなってはもうほとんど誰も知らないのではないだろうか。
だからこそ、日本経済は、戦中戦前から明治初期にまで遡る公害という負の歴史を、無反省に繰り返したのだ。
その犯罪行為はいまだに終わらない。そればかりか東京電力福島第一原発事故という史上最悪レベルの公害事件まで起こしてしまった。「起きてしまった」のではない。国も東京電力も、この国に暮らす人たちの健康と安全をまもるために払うべき当然の義務を怠っていた。その必然として多くの人々が故郷を追われ、一生拭うことのできない苦悩を負わされた。亡くなった人も大勢いるが、もちろん国も東電も因果関係なんか絶対に認めない。
ちなみに東日本大震災の死者行方不明者は福島県で1,993人(2021年3月10日現在・警視庁)。福島県の関連死はそれを超える2,329人(2021年9月30日現在・復興庁)。全国の関連死者数の6割以上が福島県の人だ。
いうまでもないが、福島の人は東京電力福島第一原発の電気をいっさい使っていないのに。
グローバル経済の発展は、同時に公害もグローバル化させた。富める国が貧困国の人々を平気で搾取し、環境を破壊し、彼らの命も暮らしも文化も蔑ろにしている。
その先にいるのは、グローバル経済でひたすら経済成長だけをまっしぐらに目指し続ける政府や、そのお溢れで巨万の利益を手にするエスタブリッシュメントだけではない。
ただただ便利な世の中を当たり前に生きている人─私を含めて─すべてが、世界中で複雑怪奇に張り巡らされた暴力的な経済のサイクルにつながっている。好むと好まざるとに関わらず、そのサイクルから誰も逃げることはできない。
であるならば、誰ひとり、水俣病を遠い過去の出来事として見過ごすことは許されないのではないだろうか。
少なくとも、世界はいままさに、破滅か存続かの分水嶺のど真ん中にはまりこんでいる。
これからどうしたいかという答えは、この世界に生きている人間一人ひとりの手の中にある。
この本は、過剰なまでに発達した近代社会が、いかにして人々と環境を蹂躙し続けたか、そしてそれらを償うことなく罪を重ね続けている、その責任の所在がどこにあるかを、読者一人ひとりの心に問うているのではないだろうか。
数年前にアイリーンさんと会ったとき、私はボランティアとして、全校児童108人中74人の命が奪われた石巻市大川小学校の津波被害のご遺族の活動にほんの少し関わっていた(過去記事アーカイブ)。
アイリーンさんはジョニー・デップとともに映画『MINAMATA』の準備中で、私は、水俣で起きたことと大川小で起きたことの原因はそっくりで、起きた後に国や企業がしたことも、地域社会で起きていることもよく似ているという話をした。
日本は、全然変わっていない。進歩なんかしていない。むしろ後退している。
それではいけない、ちゃんとまっすぐ前に進めるはずだと声を上げる人たちはいる。たくさんいる。その声に、もっと多くの人が真剣に耳を傾けてくれたらと、いつも願っている。
2020年12月6日放送「MINAMATA~ユージン・スミスの遺志~【テレメンタリー2020】」。
水俣病患者の中でも最もユージンの心をとらえた田中実子さんへの切実な思いを語る肉声を聞くことができる。必見。
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