シュレーディンガーの猫

『死刑　人は人を殺せる。でも人は、人を救いたいとも思う。』　森達也著
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先日観た映画『休暇』にも描かれた死刑制度をめぐるノンフィクション。
今年５月６日、文化放送で５３年前の執行時の録音テープがＯＡされて大きなニュースになったけど（死刑に関する秘密主義のタブーを破ったラジオ放送）、従来日本の死刑の実態はほとんど国民に知られていない。情報がまったくといっていいほど開示されていないからだ。つい昨年までは執行の事実や執行された死刑囚の氏名さえも非公開だった。
いうまでもないことだが、死刑制度を維持しているのは国民の税金であり、国民の“総意”を代表する政府が決めた刑法という法律による。
それなのに、国民は死刑囚がいったいどんな生活をしてどのように執行までの時を過ごし、どんな風に処刑台を上るのかをいっさい知らされない。
これはどう考えてもフェアじゃないんじゃないかと、ぐりは思う。間もなく導入される裁判員制度だが、死刑のシステムも知らない国民が死刑判決を出す裁判に参加するなんておかしな話だ。裁判員は要は合法的な殺人に加担させられるというのに。

ぐりは個人的には死刑制度はどちらかといえば必要なんじゃないかと思っている。
世の中には何をどうやったって更生できない犯罪者もいる。そういう人を何年も国民の税金で刑務所に入れておくことにどういう意味があるのかはよくわからない。死刑判決を受けたことで芽生える贖罪意識もあるだろう。
でも死刑制度のデメリットももっともだと思う。まず冤罪だった場合、死刑では取り返しがつかなくなる。死刑制度に犯罪の抑止効果がないことはこれまでにあらゆるデータがさんざん証明しているし、最近頻発している「死刑になりたいから人を殺した」という、自殺の代替行為としての犯罪を死刑制度そのものが誘発している可能性も否定はできない。死刑制度存続の根拠によく挙げられる被害者感情だって、被害者や遺族それぞれに違っている。誰もが応報感情を抱くわけではない。
もっと素直ないい方をするなら、もし今後ぐりが裁判員に選ばれて、もし死刑を求刑されるような裁判に参加することになったとしても、おそらくぐりは死刑判決に賛成はできない。そのときになってみないと本当のところはわからないけど、今想像する範囲では、ぐりは誰も死んでほしくないし、死なせたくない。どんな理由があっても、死ななきゃいけない人はこの世の中にひとりもいないんじゃないかと思う気持ちを、どこかで否定しきれないからだ。

著者は死刑廃止派の立場をいったん脇に除けておいて、死刑裁判に多く携わった弁護士や、死刑をテーマにしたコミックを描いた漫画家、元死刑囚や被害者遺族、死刑に立ち会った元刑務官など、死刑制度の周辺の人々をひとりずつ訪ね歩き、それぞれに死刑についてインタビューしている。
そのスタンスは自ら「死刑をめぐるロードムービー」という通り、死刑そのものを中心に見据えつつやや距離をおいて、細密画ではなく風景画を描くように、死刑に対峙するべき人の姿勢を説いている。それでいて結論は究極にミニマムなレベルにまで達する。理屈がどうとか情報がどうとかいう以前に、読み手に対して、あなたはほんとうに人を殺したいのか？と問いかけている。

この議論に一朝一夕には結論なんか出ない。
けど、少なくとも、今現在の日本の死刑制度には大きな問題点がありすぎるということだけは事実だろう。そしてその問題点だらけのシステムがほとんど国民に情報開示されてないってのはもっと大きな問題点だと思う。
そこに、日本の死刑制度の矛盾が象徴されてるような気がする。理不尽すぎますて。