『ダーウィンの悪夢』
<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=htsmknm-22&o=9&p=8&l=as1&asins=B000PIT0RQ&fc1=000000&IS2=1<1=_blank&lc1=0000FF&bc1=000000&bg1=FFFFFF&f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe>
世の中には決して取り返しのつかないことがある。
時間の歯車は逆にはまわらない。
起きてしまったことを、後から「あああれがいけなかったのだ」と悔いたり責めたりしても意味がない。
大切なのは、今、目の前にある事実をどうすべきなのか、ということなのだ。
この映画の主人公「ナイルパーチ」の最大の輸入国は日本(映画では1位はEUとされているが、単独国での輸入量となると日本が1位)。
淡白でやわらかい白身の切り身はスーパーの鮮魚コーナーや惣菜・冷凍食品コーナーに並び、あるいは給食やファストフードやファミレスや弁当屋の人気メニューに使われている。日本に住んでいれば誰もが口にしたことがあるはずだ。
だがこの魚を産出するタンザニアの人たちの口には、決してこの切り身は入らない。
彼らは、切り身をとったあとのアラを食べているのだ。
この映画が公開されてフランスでナイルパーチのボイコット運動が起きたり、映画に出た人が嫌がらせを受けたりしたというが、そういう反応はまったくの見当違いだと監督はいっている。
ぐりもそう思う。
白身のフライはおいしい。ぐりだって好きだ(脂っこいので普段はあまり食べないけど)。おいしいものが世界中でひろく食べられるのはいいことだ。
問題は、物事の良い方、自分にとって都合のいい方しかみないことじゃないかと思う。
故意による無知ほど罪深いものはない。
ナイルパーチを運ぶ飛行機がアフリカの紛争地域に武器を密輸しているという事実と、おいしい白身のフライは無関係ではないということを、食べてるみんなが知るべきだ。
白身のフライの“都合の悪い方”は武器密輸だけじゃない。
獰猛な巨大肉食魚の放流による食物連鎖の崩壊。地元経済の急激な活性化が引き金になって生まれたスラム。貧困から広がる売春とHIV感染、ストリートチルドレンの増加。
その現実は、東京のコンビニでフライ弁当を買って食べている人間には到底想像もつかないほど絶望的だ。
それでもタンザニアの人たちは生きていかなくてはならない。
魚を運んでいるロシア人たちだって生活がかかっている。
彼らに道は選べない。
目の前にある現実を受け入れ、日々の糧に必死でしがみつき、奪いあう以外に、命を繋いでいく方法がない。彼らにとって、「生きる」とはそういうことだ。
作中でエリザという若い娼婦が歌っていた歌が、耳について離れない。
タンザニア タンザニア
私はあなたを心から愛します
あなたの名前はとても美しい
眠るとき 私はあなたを夢にみて
起きているときはあなたを誇りに思う
(『ナクベンダ タンザニア』劇場用パンフレットより)
そんな地獄に彼らをたたき落として、得をしている人間たちがどこかにいる。彼らには、貧困の中でなすすべもなく朽ち果てていくタンザニアの人たちのことなんか眼中にない。
それは間違いない。
でも西欧社会では誰もそのことを正面からみつめようとはしていない。誰も糾弾しない。
この映画でも、結果的にはそこまでは到達してはいない。
だが結末にはある到達点がみえる。
そこまで辿り着くのも大変だったろうと思う。そのプロセスにどれだけ時間がかかったか、どれほど困難な過程を要したか、それも想像がつかない。
あくまでも淡々としたトーンの映画だけに、逆に語り手たちの必死の息遣いが伝わってくるような気がした。
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世の中には決して取り返しのつかないことがある。
時間の歯車は逆にはまわらない。
起きてしまったことを、後から「あああれがいけなかったのだ」と悔いたり責めたりしても意味がない。
大切なのは、今、目の前にある事実をどうすべきなのか、ということなのだ。
この映画の主人公「ナイルパーチ」の最大の輸入国は日本(映画では1位はEUとされているが、単独国での輸入量となると日本が1位)。
淡白でやわらかい白身の切り身はスーパーの鮮魚コーナーや惣菜・冷凍食品コーナーに並び、あるいは給食やファストフードやファミレスや弁当屋の人気メニューに使われている。日本に住んでいれば誰もが口にしたことがあるはずだ。
だがこの魚を産出するタンザニアの人たちの口には、決してこの切り身は入らない。
彼らは、切り身をとったあとのアラを食べているのだ。
この映画が公開されてフランスでナイルパーチのボイコット運動が起きたり、映画に出た人が嫌がらせを受けたりしたというが、そういう反応はまったくの見当違いだと監督はいっている。
ぐりもそう思う。
白身のフライはおいしい。ぐりだって好きだ(脂っこいので普段はあまり食べないけど)。おいしいものが世界中でひろく食べられるのはいいことだ。
問題は、物事の良い方、自分にとって都合のいい方しかみないことじゃないかと思う。
故意による無知ほど罪深いものはない。
ナイルパーチを運ぶ飛行機がアフリカの紛争地域に武器を密輸しているという事実と、おいしい白身のフライは無関係ではないということを、食べてるみんなが知るべきだ。
白身のフライの“都合の悪い方”は武器密輸だけじゃない。
獰猛な巨大肉食魚の放流による食物連鎖の崩壊。地元経済の急激な活性化が引き金になって生まれたスラム。貧困から広がる売春とHIV感染、ストリートチルドレンの増加。
その現実は、東京のコンビニでフライ弁当を買って食べている人間には到底想像もつかないほど絶望的だ。
それでもタンザニアの人たちは生きていかなくてはならない。
魚を運んでいるロシア人たちだって生活がかかっている。
彼らに道は選べない。
目の前にある現実を受け入れ、日々の糧に必死でしがみつき、奪いあう以外に、命を繋いでいく方法がない。彼らにとって、「生きる」とはそういうことだ。
作中でエリザという若い娼婦が歌っていた歌が、耳について離れない。
タンザニア タンザニア
私はあなたを心から愛します
あなたの名前はとても美しい
眠るとき 私はあなたを夢にみて
起きているときはあなたを誇りに思う
(『ナクベンダ タンザニア』劇場用パンフレットより)
そんな地獄に彼らをたたき落として、得をしている人間たちがどこかにいる。彼らには、貧困の中でなすすべもなく朽ち果てていくタンザニアの人たちのことなんか眼中にない。
それは間違いない。
でも西欧社会では誰もそのことを正面からみつめようとはしていない。誰も糾弾しない。
この映画でも、結果的にはそこまでは到達してはいない。
だが結末にはある到達点がみえる。
そこまで辿り着くのも大変だったろうと思う。そのプロセスにどれだけ時間がかかったか、どれほど困難な過程を要したか、それも想像がつかない。
あくまでも淡々としたトーンの映画だけに、逆に語り手たちの必死の息遣いが伝わってくるような気がした。