ふくい、Tokyo、ヒロシマ、百島

100% pure モノクロの故郷に、百彩の花が咲いて、朝に夕に、日に月に、涼やかな雨風が吹いて、彩り豊かな光景が甦る。

8月6日の大義。

2019年08月06日 | 百伝。

今日8月6日、アメリカのトランプ大統領が、中国を「為替操作国」と批判していました。

米中の関係は、これから一体どうなるのかな?

加えて、日韓関係も、どうなることやら?

正直、アメリカ人は、アジア人に対して、優越感を持っているのは、事実です。

その一方で、正直に言えば、日本人が、アメリカ人よりも劣っているとは考えていないはずです。

他国の民族も同様なのです。

インド人、ロシア人然り、中国人も韓国人も、他国の民族が、自分の民族よりも優れていると考えているはずがありません。

だから、人間関係同様に、プライドを傷つけられると、衝突になります。

和解への道筋を探るのが国際外交、政治家の仕事なのに、言い争ってどうなるのか?

・・・言い争っても勝負無し。

和解よりも、喧嘩となり・・・衝突、戦争へとエスカレートするのが人類史の方式。

歴史が証明しています。

今からちょうど50年前の1969年の夏、アメリカが、月に向けて、アポロ11号を打ち上げました。

人間が地球を飛び出して月に到着、そして、月の上(面)を歩いて、人類の足跡を残したのです。

思い起こせば、ぼくは、中学1年生の夏でした。

百島から眺めていた「月の輝き」が、よい意味で忘れられません。

真夏のクラブ活動の練習で水を飲むなという時代・・・月を眺めながら「人間」や「宇宙」ということを考える始まりの一歩でした。

しかし、50年後の今、人間は、月よりも遠くへ、未だに旅立っていないのです。

人類は、この50年間、地球上で延々と「自国第一の豊かな人間生活」を目標に勤めています。

単純なことを言うと、人間がスムーズに生きていくのに最大の財産となるのが、「健康」と「人がらのよさ」、その次が「お金」です。

それでも、時には、巨大な自然天災、悲惨な戦争犯罪、テロ、人災に巻き込まれるのが、人類の運命です。

これまでの人類の歴史において、戦争が終結するたびに繰り返して「平和の尊さ」を問いかけたのが、人間のはずです。

せめて、人災を根絶するぐらいの「人智の進歩」は、ないものか?

今日8月6日は、ヒロシマ原爆忌74年周年。

36度の熱風の暑さにも、悲鳴を上げる日本列島。

今朝は、日が昇る前、お墓掃除に参りました。

お墓掃除からの帰り道、福井市市街地を振り返りました。

もし、核兵器が落ちれば、一発でこの街は壊滅・・・そうなってはダメなのです。

一瞬に溶けてしまう6000度の熱風、爆風、放射線の地獄を有り様を知りながら、核軍縮どころか、核拡散する人類世界は、この先、どうなるのか?

帰宅後、今日の地元福井新聞のコラム(若水越山)を読んでいると、とても考えさせられる文面でした。

詩人、谷川俊太郎さんの作品「大小」の一遍を紹介していました。

「小さな戦争やむをえぬ 大きな戦争防ぐため」

「小さな不自由やむをえぬ 大きな自由守るため」

「一人死ぬのはやむをえぬ 千人死ぬのを防ぐため」

「千人死ぬのもやむをえぬ ひとつの国を守るため」

「大は小をかねるとさ 量は質をかねるとさ」

 

人間の・・・大義とは、何だろう?


8月5日。

2019年08月06日 | 空木宝剣

8月5日の広島は、摂氏37度。

明日は、令和元年の平和記念式展。

74年前の1945年の、せめて8月5日に時間を戻せたら、広島から全員少しでも遠くに逃げなさい‼️と叫ぶだろう。

 

「戦争は人間の仕業」ローマ法王の言葉を、原爆ドームが物語る。

 

広島市庁舎の資料館と原爆投下直後の死体置き場のテレビ画像。

袋町国民学校。

被爆後、行方不明者への伝言板。

明日、原爆記念日だが、戦争は、どのようなリーダーのもとに、どのようなシチュエーションで起こったか、判然とさせなければ、戦死者は浮かばれない。