■可愛いひとよ / ローズマリー (フィリップス)
1970年代中頃からのベイ・シティ・ローラーズ=BCRの世界的大ブレイクは以降、数多くの亜流バンドを輩出するに至りましたが、昭和51(1976)年に本日掲載のシングル盤を出した我国のローズマリーも、そのひとつでしょう。
ただしローズマリーは決して新人バンドではなく、オックスの正統を継ぐ名門グループとして幾枚かのレコードを既に残していたキャリアがあり、拙プログでも以前に「センチメンタル急行」をご紹介しています。
しかし、それでもあえてBCRスタイルに転身したのは、ローズマリーとしては売れていなかったからで、当然ながらメンバーチェンジがあった事は、掲載のジャケ写に一目瞭然の現実でした。
中でも注目されたのは、既にアイドルシンガーとして「青い麦」等々のヒットを放っていた伊丹サチオ(vo)、そして今日では生沢佑一として活躍している弾ともや(vo) の参加であり、他に岡田志郎(g)、堀としゆき(key)、福井利男(b)、夕己ハルオ(ds) という顔ぶれも現場主義の実力者揃いですから、本当は侮れないグループであったと思います。
ところが、やっぱりBCRの後追いというイメージが、ルックスからもミエミエでしたからねぇ~~、ガチガチのロックを求めていた向きには軽く見られていた事は言うまでもありません。
もちろんサイケおやじも、そのひとりでありました。
さて、ちょうどその頃のサイケおやじは、これまでにも度々書いてきたとおり、気儘な学生時代に入れてもらっていたバンドで、ちょっぴりアルバイト的にお金を頂戴する事もあったんですが、夏休みの合宿名目でバンドメンバーの友人の実家が営んでいた某海浜ホテルで2週間ほど演奏する事になり、勇んで十八番の西海岸系ロックをやったものの、全くウケず……。
結局は往年の懐メロヒットあたりを強要され、その流れでBCRもリクエストされたりと、まあ、ど~にも世の中の厳しさを痛感させられたんですが、そんな時に売店でバイトしていたJKから教授されたのが、この新生ローズマリーが演じるところの「可愛いひとよ」だったんですねぇ~♪
そしてこれが一発でサイケおやじの心を鷲掴みにする、せつない味わいのロッキンソウル歌謡でしたから、たまりません♪♪~♪
黒人音楽の黄金律的コード進行に基くイントロから弾んだリズムアレンジの楽しさが絶品ですし、作詞;阿久悠&作曲:大野克夫の狙いも、そこらあたりにあるとしか言えない素晴らしさです。
また、深町純のアレンジが如何にも当時流行のフィリーソウルとシティミュージックを懐かしのGS風味に融合させたような、今となってはAOR歌謡のバブルガム的解釈かもしれませんが、とにかくキャッチーさが抜群!
早速、バンドメンバー協力一致の練習に熱が入ったというわけです。
ちなみに、この「可愛いひとよ」にサイケおやじがグッと惹きつけられたのは、どっかで聞いたことがあるような……、という耳馴染みがあったからで、実はご存じのとおりも、これはローズマリーのオリジナルではなく、既に昭和45(1970)年、クック、ニック&チャッキーと名乗るイカシたダンス&ボーカルトリオで局地的に流行っていたソウル歌謡の隠れ名曲だった真相があったわけでして、もちろんサイケおやじがそれを知り得たのは、ローズマリーのバージョンに接してから数年を経た頃でした。
そして件のオリジナルバージョンが入ったレコードもゲットしてありますので、クック、ニック&チャッキーについても含め、何時かはご紹介する所存です。
ということで、最後になりましたが、当時はツインリードのボーカルが何故か流行りで、ローズマリーの他にもチャコヘルとか、日本では未だホール&オーツが大ブレイクする前だった事を鑑みれば、例のピッグやウォーカー・ブラザースあたりからの流れだったんでしょうかねぇ~?
あっ、翌年には「あずさ2号」のデビュー大ヒットを出した狩人も、そうですねっ!
そんなこんなの疑問を思い起こしてみるのも、楽しいですし、併せて歌謡ロック万歳♪♪~♪
この方が売れていた時期を、リアルタイムで知っております。。姉の読んでいた「セブンティーン」等の少女誌では、ほんの一時期ですが、郷・西城・野口、お三方並の取り上げ方をされていたと記憶します。
「青い麦」はアイドル歌謡名曲のひとつ。この歳になると
何の屈託もないこんな歌に癒しを感じ、時々口ずさんでおります。伊丹さんは、すっかり恰幅も良なり、今でも元気で営業を続けておられる様ですよ。
BCR路線のローズマリーは知りませんでした。メンバーの半数ぐらいにヘン顔が混じってますね。微笑ましい印象です。
これからも機会があれば、あいざき進也さん等、男性アイドルを採り上げていただけると、嬉しいです。
コメント、感謝です。
往年の男性アイドルは、そのイメージの継続が案外と女性アイドルよりも難しいんじゃ~ないでしょうかねぇ~。
城みちる、あいざき進也あたりも現在、頑張っているようですし、アイドルど真ん中時代に残した伝説の数々も、耳にしたことが沢山ありますので(笑)。
ワタクシがGSにのめりこみはじめた記念すべき
年であります!
「あの日の若者」と銘打たれてリリースされたオックスのライブ盤に完全にノックアウトされたワタクシでしたが
ローズマリーというグループがオックスの流れをくむというのはこの時に初めて知ったのであります!
ローズマリーはこの曲をひっさげてNHKのレッツゴ―ヤングにも登場!
MCの鈴木ヒロミツさんが福井さん、ゴダイゴで出演していたミッキー吉野さんを呼び寄せ、元GSの夢のスリーショットが実現!
GSファンには堪らない粋なシーンで今でも脳裏に焼き付いております!
コメント、ありがとうございます。
後追いでもシビれるGSの魅力は、まさに日本のロックの醍醐味だと思います。
ブームが去った後のデビューとはいえ、ローズマリーは評価されるべきですし、オックスやモップスも所謂日本語のロックという観点から聴かれるべきじゃ~ないでしょうか?
なんか、急に鈴木ヒロミツの歌声が聴きたくなってきました(笑)。
そのあと仲良くなったとか!
ナイスなエピソードですよね!
この頃のローズマリ―は生で目撃しました!
今は亡き広川太一郎さんがMCを担当していたラジオの
公開番組でした!
ギターは岡田のシロ―さんではなく仲原の克ちゃんでしたね!
リハーサルで弾ともやさんが歌った「ホテルカリフォル二ア」が印象に残っています!
営業バンドとしてのローズマリ―のライブを見たかった
ですね!
コメント、ありがとうございます。
ロック系のバンドは営業だと洋楽のカバーをやらされる事も多かったみたいですが、ローズマリーはどうだったんですかねぇ~~。
私もライブに接してみたかったですよ。
ちなみにカルメン・マキはロックをやり始めた頃、昔の歌謡フォークをリクエストされていたそうですよ。
分かりますけどねぇ……(苦笑)。
にお邪魔したことがありました!
幸いにも福井さんはお店にいらっしゃいました!
ワタクシが「何故,BCRルックにしたのですか?」
と尋ねると「(BCRを)一世を風靡するバンドだと思った」とのお答えが帰ってきました!
BCRに自分が創ったオックスがオーバーラップしてきたのではないでしょうか?
「失神」に関してはオックスの方が大先輩ですものね!
コメント、ありがとうございます。
元GSのメンバーから直接のお話、本当に貴重ですよねぇ~~♪
ちなみにビートルズをプロデュースしていたジョージ・マーティンは愛娘にBCRとビートルズは、どっちが凄いか?
と質問され、躊躇なくBCRと答えたそうですよ。
思わず納得です(微笑)。
ブログの主様、ありがとうございました。