OLD WAVE

サイケおやじの生活と音楽

インストも凄かったスパイダース

2010-08-11 16:49:40 | 日本のロック

ダイナマイト / 田辺昭知とザ・スパイダース (クラウン)

いゃ~~、暑いですねぇ~~~。

実は今、以前の常勤地だった雪国に来ているのですが、とても冬は寒冷地と思えないほど、暑いです……。

なにしろ愛用のデジカメが動かなくなるほどなんですよ。

まあ、かなり使い込んだ安物ですし、直射日光の下に置いていたのも間違いらしいのですが、必要なデータが一部、取り出せないのは困ったもんです。尤もそれはほとんどが、このプログ用なんですけどね。

ということで、本日の1枚に使った写真はケイタイに付属のカメラで撮りましたんで、ちょいとピンボケ&粒子が粗いのはご勘弁いただくとして、レコードそのものは長年の探索対象になっていたスパイダースの4曲入り、33回転のコンパクト盤です。

 A-1 ダイナマイト
 A-2 ワイプ・アウト
 B-1 悲しき願い
 B-2 ラブ・ポーション No.9

発売されたのは昭和40(1965)年10月頃ですから、スパイダースは田辺昭知(ds) をリーダーに、堺正章(vo)、井上順(vo)、かまやつひろし(g,vo)、井上孝之(g)、大野克夫(st-g,org)、加藤充(b) という黄金の7人が揃っていた時期でありながら、実はこのレコードに収められているのは全曲がエレキインスト!

言うまでもなく、当時はベンチャーズによって本格的に火がつけられたエレキブームの真っ最中であれば、既にボーカルがメインのロックバンドを指向していたスパイダース本人達には後戻り的な企画だったのかもしれません。

実際、サイケおやじが初めてスパイダースの生演奏に接した昭和39(1964)年末には、他に登場した幾つかのバンドがエレキインストばっかりだったのに、スパイダースは外国の歌入り曲をやっていたほどです。

しかし本格的なノリでロックをやれる演奏能力は、当時から高い評価を得ていたと言われていますし、未だジャズやカントリー&ウェスタンに根ざしていた他のバンドとは一線を画すものという証明が、この4曲で圧倒的に楽しめます。

まずは初っ端の「ダイナマイト」はクリフ・リチャードのヒット曲ですが、ノッケからエグ味の強いギターのアンサンブルとヘヴィなビートを叩きつけてくる演奏からは、スパイダースが屈指のロックバンドであったことが知れるでしょう。ギターソロの順番は大野克夫のスティールギター、そして井上孝之、かまやつひろしと続きますが、それ以外のパートでも三者がそれぞれに役割分担したリフやリズムの刻み等々、今でも全く古びていないどころか、圧倒されての聴き惚れ状態♪♪~♪

もちろん低い重心でドライヴする加藤充のベースとダイナミックな田辺昭知のドラミングも熱いですよ。

それはサーファリスというよりもベンチャーズでお馴染みの「ワイプ・アウト」で炸裂する田辺昭知のドラミングのカッコ良さ! さらにギターアンサンブルの凄まじさ! 当然ながら井上孝之が奮闘するギターソロ、かまやつひろしのパンクなエレキ、思わず唸る大野克夫の寺内タケシ流スティールギター♪♪~♪ アップテンポのビートをがっちり支える加藤充のペースもR&Rがど真ん中です。

あぁ~、もう、このあたりは同時期の欧米のバンドと比べても、そのガレージ度や興奮性感度は全く劣っていないと痛感されるはずです。

そしてB面ではアニマルズというよりも、尾藤イサオの日本語バージョンが大ヒットしていた「悲しき願い」のインストなんですから、哀愁滲む曲メロのキモを活かすべく、大野克夫のチープなオルガンが良い味出しまくり♪♪~♪ また、かまやつひろしのサイドギターがリフやオカズに遊び心を入れているのも特筆もので、こういう部分が生真面目に弾く井上孝之と絶妙のコンビネーションを作り出し、思わずニヤリでしょうか。

その点、サーチャーズのヒット曲をカバーした「ラブ・ポーション No.9」では、明らかにベンチャーズを意識したアレンジと演奏態度が実に好ましく、しかし同時に冒頭から驚かされるエキセントリックなギターの一撃は、かまやつひろしの稚気というには、あまりにもロックし過ぎているかもしれませんね。もちろんバンドが一丸となった強靭なロック魂も痛快だと思います。

ということで、当然ながらバンドの看板だった堺正章と井上順は参加していませんが、その分だけ、どれほどスパイダースが卓越した演奏能力を持ったバンドだったか、あらためて認識させられるはずです。

ご存じのように、スパイダースは大ブレイクを果たして以降のテレビ&映画出演では、かなりオチャラケをやりながら、その歌と演奏は実にしっかりしていました。当たり前のようですが、ビートを芯を外さないバンドアンサンブルは、一朝一夕に出来るものではなく、流石はプロと言えばそれまでなんですが、しかし、そのあたりを過小評価されているGSは意外に多いのです。

その意味でインスト専門バンドではなかったスパイダースが、こうした純正インスト演奏を残してくれたのは幸いでした。

ちなみにスパイダースには、今でも権利関係が定かではない音源が多数残されているらしく、リアルタイムでのソノシートや妙なオムニバスアルバム等々で世に出たそれらの中には、さらに凄いインスト演奏が残されているそうです。

願わくばコンプリートな発掘ボックスでも発売されませんかねぇ。

あっ、でも、その前にデジカメを買わないとなぁ……。

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そっくりもぐらのご対面

2010-08-10 16:48:21 | Rock Jazz

Matching Mole (CBS)

なんとも愛らしいモグラのご対面♪♪~♪

もう、このジャケットデザインだけで和んでしまいますが、中身は極めてロックジャズな英国流プログレなんですから、たまりません。

と言っても、それは決してギスギスしたものではなく、ジャケットどおりのホノボノフィーリングもありますし、湿っぽくて幽玄なブリティッシュロックの味わい、さらに妥協を許さない緊張感が見事な化学変化を聴かせてくれる秀作だと思います。

メンバーはロバート・ワイアット(vo,ds,key)、デイヴ・シンクレア(key)、フィル・ミラー(g)、ビル・マコーミック(b,g,etc)、デイヴ・マクレア(key) という顔ぶれからも皆様ご推察のように、マッチング・モウルというグループは当時、イギリスのロックジャズバンドでは確固たる地位を確立していたソフト・マシーンに在籍していたロバート・ワイアットのソロプロジェクトが、そのスタートでした。

ご存じのようにソフト・マシーンは1960年代中頃から活動している老舗であり、ジミヘンのアメリカ巡業に前座同行してブレイクを果たしながら、悪いクスリや仲間割れ等々が重なり……。その音楽性はサイケデリックをベースにした浮遊感ロックからフリージャズまでも包括した、実に奥深いものでした。しかも独得のポップなフィーリングを持ち合わせていたのですから、リアルタイムで作り出されたアルバムは、なかなか高評価だったのです。

しかし前述のような経緯からオリジナルメンバーのロバート・ワイアットが、ついに独立を画策し、まずは1970年に最初のソロアルバムを発表し、その流れからソフト・マシーン脱退後の1972年に結成したのが、このマッチング・モウルだったようです。

ちなみにマッチング・モウルとは、ソフト・マシーンのフランス語発音をそのまんま、英語に置き換えたと言われていますが、こうした稚気も憎めませんねぇ~♪

 A-1 O Caroline
 A-2 Instant Pussy
 A-3 Signed Curtain
 A-4 Part Of The Dance
 B-1 Instant Kitten
 B-2 Dedicated To Hugh, But You Weren't Listening
 B-3 Beer As In Braindeer
 B-4 Immediate Curtain

まず、何んと言っても冒頭「O Caroline」の和みのメロディ、ホノボノとしたサウンドの妙にグッと惹きつけられます♪♪~♪ フワフワしながらハートウォームなロバート・ワイアットのボーカルと多分、メロトロンで作り出したであろうフルートの響きがジャストミートの良い感じ♪♪~♪

既に述べたように、ロバート・ワイアット=ソフト・マシーンというフリージャズな先入観からは、全く正反対のイメージなんですが、実はロバート・ワイアットはソフト・マシーン在籍時から、こうした美メロ&和みのポップスフィーリングの源になっていた存在だった事を後に知るほど、「O Caroline」がますます好きになるのです。

そしてここから続く「Instant Pussy」におけるフィールソーグッドなフュージョン趣味、そして「Signed Curtain」の美しくもせつないメロディ展開の心地良さは、決して気抜けのビールではありません。

ロバート・ワイアットの変幻自在なドラミング、デイヴ・シンクレアのキーボードは素直なアコースティックピアノも含めて、これ以上無い味わいを醸し出し、ついにハードで幽玄な「Part Of The Dance」へと見事な流れを構成していくのです。

もちろんそれはキング・クリムゾンやイエス、あるいはピンクフロイドあたりとは完全に異質な世界であり、特に「Part Of The Dance」で強靭に蠢くエレキベースは如何にもジャズっぽく、ですからギターやキーボードのアドリブと演奏全体の雰囲気が同時期のウェザーリポートに近くなるのも当然が必然でしょうか。

あぁ、それにしてもこのA面は何度聴いてもテンションが高いですねぇ~♪

冒頭のホノボノフィーリングを最後のクライマックスでここまで過激に変質させてしまうなんてっ!?!?!

こういうものは絶対にLP片面毎の構成が必要だったアナログ盤で楽しむべきでしょうねぇ。そしてCD鑑賞だったら、この4曲を聴き終えたところで、プレイヤーを一端は止めるべきだと思います。

そうでないとB面冒頭からフェードイン気味に始まる、「Part Of The Dance」の続篇的な演奏の「Instant Kitten」が、単なる勿体ぶった儀式にしか感じられないでしょう。

う~ん、このあたりのメロトロンやファズオルガンとでも形容するしかないキーボードの多重層的絡み合いは、イアン・マクドナルド在籍時のキング・クリムゾンに匹敵する濃密さが感じられると思います。そして同時に切れ目なく続いて行く「Dedicated To Hugh, But You Weren't Listening」におけるフリージャズ指向が強い導入部から、熱いロックジャズのアドリブ合戦と集団即興演奏の凄みは流石の一言!

ちなみにこの曲はソフト・マシーンで同僚だったヒュー・ホッパーに捧げられたことが、そのタイトルの皮肉っぽさからも明らかですが、それは無暗矢鱈にフリージャズへと猛進していたと言われる当該人物への問題提起だとしたら、それはあまりにも尊大でイヤミじゃないでしょうか?

とにかく、危険極まりない演奏ですよ。

ですから、これも切れ目なく続いていく「Beer As In Braindeer」が、完全なる電子フリージャズに聞こえたとしても、それはそれでロバート・ワイアットの思惑に捕らえられたと、まさに自業自得の悪因悪果!?

そしてついにオーラスの「Immediate Curtain」で明らかになるのは、ここまでのB面の連続演奏が、全てはこの幽玄な世界に辿りつくための一本道だったという真相でしょう。おそらくはロバート・ワイアットが弾いているとされるメロトロンの響きが、如何にも当時のプログレど真ん中♪♪~♪

もう、ここまで来ると、身も心も疲れ果てることが否定出来ない雰囲気になるんですが、それは当然、心地良い疲労感だと思います。すうぅぅぅ~っと何がが消えていくような最後のフェードアウトが絶妙ですよ。

ということで、親しみ易いA面にアヴァンギャルドなB面の構成も考え抜かれた名盤だと思います。尤も「名盤」とするには、あまり売れたとは言い難いかもしれませんね。

それでも我が国では通称「そっくりもぐら」と呼ばれるほど、一部では親しまれているんですよ。サイケおやじにしても、初めてこれを聴いたのはプログレ系のロック喫茶で、それは1975年のことだったんですが、その時には既に人気盤の仲間入りを果たしていたほどです。

ちなみに当時の我国では「プログレ」というジャンルが、ハードロックと並ぶほど人気が高く、レコードも相当にマイナーなバンドまで日本盤が出るという状況になりつつありましたから、ロック喫茶では専門店のようなところもあったのです。

そしてサイケおやじが忽ち夢中になったのは言わずもがな、ソフト・マシーンは知っていたものの、このアルバムセッションで大活躍のデイヴ・シンクレアというキーボード奏者が、同じイギリスでキャラヴァンというロックジャズバンドをやっていたことを知り、ますます深みに……。

今日では、こうした一派を「カンタベリー」と称しているようですが、もちろんそれは後の造語でしょう。少なくとも1970年代の日本では、ソフト・マシーンをキーワードに聴かれていたと思いますし、それは「プログレ」で括られていたように記憶しています。

またレコードの発売状況は、珍しい作品も出るには出ていたのですが、基本的に売れていないので中古も出ないという悪循環……。結局、ここでも経済的な事情に圧迫され、どうしても聴きたければ新譜での発売時期にリアルタイムで買うか、執拗に中古盤屋を巡るかという二者択一だったように感じています。

しかし、そうやって蒐集していくレコードって、けっこう何時までも愛着が離れないんですよねぇ~♪

このアルバムも個人的には棺桶に入れて欲しい1枚になっているのでした。

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川奈ミキもエレキ歌謡だった

2010-08-09 17:00:52 | 歌謡曲

愛のおもかげ / 川奈ミキ (コロムビア)

昭和40年代に流行った所謂エレキ歌謡は、日本語ロックのひとつの形態と分類することも出来ますが、やはり所詮は歌謡曲!

まだまだ当時は反体制とか、ロック魂なんてものを正面から出すことは、例え長髪のGSであろうとも、やるべきことではありませんでした。

つまりエレキは不良が一般常識だった当時にしても、そのエレキが売れセン狙いに使われるのは大いに歓迎されたのが、ひとりGSと称されるジャンルとして、特に女性歌手に適用されることで、大ヒットや隠れ名曲がどっさり残されたのです。

と、本日もまた、ノッケから屁理屈三昧のサイケおやじをご容赦願う他はないんですが、ここにご紹介するシングル曲は、まさにそうした昭和43(1968)年末に発売された代表作かもしれません。

歌っている川奈ミキは、ジャケ写からもご推察のとおり、ボーイッシュなイメージと明るいキャラクターで局地的な人気もあった元祖アイドルのひとりだったんですが、このデビューから2作目となる「愛のおもかげ」は、グッと粘っこいグルーヴとエレキ歌謡本来の魅力が見事に融合した名唱・名演として忘れ難い印象を残すと思います。

イントロから炸裂するキャッチーなエレキギターのフレーズとテンションの高いストリングスの使用は、ちょいとブルーコメッツを想起させられますが、覚えやすい演歌調の曲メロを歌う川奈美樹のボーカルのエグイ節回しは絶品!

本物のロックビートを体現するコブシの使い方は、まさに正調エレキ歌謡というか、この時期の歌謡曲でなければ絶対に作り出せなかったものと、サイケおやじは確信するほどです。

ちなみに作詞は橋本淳、とくれば作編曲は鈴木邦彦という黄金コンビ♪♪~♪

もう、ヒットする条件は完璧に揃っていたはずなんですが、結局、彼女もこの歌もブレイクすることはなく……。

まあ、このあたりは如何に当時の歌謡界が充実していたかの証明でもあるでしょう。一説によれば、川奈ミキは伊藤ゆかりの対抗馬的な売られ方もしていたほど見事な歌唱力があり、またルックスもこの頃はポッチャリした愛らしさがあって、ちょいとピンキーこと今陽子とキャラがダブった感じも裏目だったかもしれません。

実際、この曲の歌いっぷりは、ピンキーに似通ったところもあるんですよ。

そしてサイケおやじは、初めてこの曲をラジオで聴いた時、ピンキー?

と思ったのが正直な気持でもありました。

ということで、まだまだエレキ歌謡は奥が深く、またこれほど楽しい奥の細道もありません。

そのあたりは以降も、少しずつご紹介していく所存です。

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黛ジュン絶頂期の名盤シングル

2010-08-08 16:50:44 | 歌謡曲

雲にのりたい c/w 愛がほしいの / 黛ジュン (東芝)

連日のギラギラ太陽と強烈な青空、そこに浮かぶ白い雲を見ていると、必然的に思い出すのが、本日の1枚です。

ご存じ、黛ジュンが昭和44(1969)年6月に出した日本歌謡史に残る傑作シングル盤といって、過言ではないでしょう。

まずA面はジャケットにも記載があるとおり、当時の芸能雑誌「平凡」で一般募集した歌詞に鈴木邦彦が曲をつけたもので、当然ながら作詞には、なかにし礼のフォローが入っているものの、なかなか夢のあるフォーク歌謡調の仕上がりは大ヒットの条件を全て満たしています。

そして黛ジュンの歌唱は決して爽やかさ優先モードではなく、微妙な粘っこさの隠し味が本当に素敵♪♪~♪

一方、B面がこれまた素晴らしく、こちらはイントロから炸裂するニューロックなエレキギター、さらにヘヴィにドライブしまくったエレキベースを核とした力強いビート溢れる演奏をバックに、黛ジュンがストレートな愛の欲求を吐露する、実に熱い歌謡ロック! エグ味の強いリズムギターと既にしてニューソウルなストリングも良い感じですし、なによりも東芝特有の重低音が効いたサウンド作りも凄いと思います。

ちなみにこちらの「愛がほしいの」も作詞:なかにし礼、作編曲:鈴木邦彦というヒットメーカーの手になるものですが、これまで幾度も述べてきたとおり、その頃の我国歌謡界はGSブームが下火となり、歌謡フォークや演歌、あるいはアングラと言えども、ひとつ進んだニューロックという、なかなか多用な表現が求められていた時期でしたから、有名歌手であるほどに、そうした時代の流れには積極的になっていたのでしょう。

結論から言えば、それで失敗して、全くヒットしなかったリアルタイムでの駄作も、相当数ありました。

しかし流石は黛ジュン!

当時の彼女は「天使の誘惑」でレコード大賞に輝いて以降の全盛期にあり、何を歌ってもヒットしたという状況ではありましたが、そこには黛ジュンだけの魅力的な歌の世界がありました。

特にどんな曲を歌っても、そこに強いビート感を付随させる上手さは天下一品でしょう。

ということで、フォーク歌謡なA面にニューロック歌謡のB面という、なかなか時代性が強く出ているあたりに、昭和歌謡曲真っ盛りの面白さが集約されているように思います。

そして個人的にはリアルタイムでB面ばかりを聴いていたのが本当のところで、もちろんテレビではA面の「雲にのりたい」しか歌ってくれない黛ジュンでしたから、今となっては生歌で「愛がほしいの」を聴きたかったなぁ~、と未練が残っています。

さて、最後になりましたが、ここ2週間ほどのサイケおやじは仕事と出張、さらに法事が重なって、ゴッタ煮状態のテンテコ舞いでした。

それゆえに拙プログもストックにちょいと手を加えたものばかりでしたが、それでも連日の皆様のご訪問には心から感謝する次第です。

夏もいよいよ本番なのが、これから!?

おもわずノホホンと雲に乗って過ごしたい心境ではありますが、お金も愛も時間も欲しいのが、また本音なのでした。

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ジャケ買いリンダの決定盤

2010-08-07 16:32:30 | 歌謡曲

ミニミニデート / 山本リンダ (ミノルフォン)

アイドル時代の山本リンダが昭和42(1967)年夏に出したシングル曲ですが、なんといってもジャケ写とデザインが秀逸♪♪~♪

曲はタイトルどおり、その頃から流行となったミニスカートをテーマにした歌ということで、山本リンダも大サービスというか、如何に最先端のファッションと言えども、これは当時の常識では相当に過激な衣装とポーズでした。

ただし、ご存じのとおり、彼女はローティーンの頃からファッションモデルとして売れっ子であり、ハーフ特有の面立ちとスタイルの良さがありましたから、こういう仕草もフェロモン過剰と批判されるよりは、イヤミの無い雰囲気でした。また歌手としてデビューする以前から既に特定の人気があったことも幸いしています。

それでも、今回はお叱りを覚悟で書いておきますが、昭和40年代頃までの我国では「混血」という存在が、現在からみれば想像も出来ないほど侮蔑の対象であり、彼女も子供時代は苛められていたと告白しているほどです。

ところが同時に「混血」には、一般的な日本人には逆立ちしても敵わない雰囲気のカッコ良さやスマートな印象がありましたから、山本リンダにしても十代になって素晴らしく目立つ容貌を活かさないのは、逆にバチアタリだったと思います。

その意味でアイドル歌手やモデルとしての活躍は、天職といって過言ではないでしょう。

それはこのジャケ写が本来、縦位置で撮影されたものを斜め横に使うという、実に分かっているデザインにもジャストミート♪♪~♪

楽曲そのものは、例の舌ったらずな水気の多い口調で歌い回すという初期の「リンダ節」なんで、個人的には好きではないのですが、とにかくこのジャケットで全てを許してしまいますし、リアルタイムでは買えなかったところを後に中古盤をゲットした情熱も、それに準拠します。

ちなみに昭和40年代には彼女の他にも青山ミチ小畑ミキ泉アキ小山ルミ等々、多くの女性「混血」タレント&歌手が登場し、日本男児を惑わせる人気を得ているものの、そういう人気者達を「ハーフ」と呼称するようになったのは、おそらくはゴールデンハーフ以降じゃないでしょうか。

まあ、それはそれとして、山本リンダは昭和41(1966)年秋に出したデビュー曲「こまっちゃうな」のウルトラメガヒットゆえに、この「ミニミニデート」も含めて、常に王道アイドル路線を強いられていたわけですが、しかし彼女の存在があればこそ、少し後のハーフ第二世代とも言うべき辺見マリや前述のゴールデンハーフ、ケイ・アンナ等々が堂々とブレイク出来たように思います。

そして彼女はその頃、アイドルから驚愕のセクシー路線へと転身し、昭和47(1972)年には社会現象ともなった「どうにもとまらない」を大ヒットさせ、以降もヒットを連発♪♪~♪ またしても同系歌手&タレントの先駆として芸能史に名を刻んだのは、皆様がご存じのとおりです。

もちろんデビューから今日まで、山本リンダは公私ともに波乱万丈というか、山あり谷ありでした。ヘアヌード写真集で世間を騒がせたのも、記憶に新しところでしょう。

しかし山本リンダという存在には、絶対に否定出来ない何かがあると、サイケおやじは思うばかりです。

告白すれば、前述の写真集もしっかりゲットしていますし、レコードも歌よりはジャケットが魅力で、けっこう集めたりもしています。

ということで、彼女については、いずれまたご紹介する所存です。

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遊びに行けない夏の楽しみ

2010-08-06 16:47:21 | 歌謡曲

太陽と遊ぼう / 青山ミチ (クラウン)


たまたま仕事で海水浴場の近くへいったら!?

夏、楽しんでますかぁ~~?

なぁ~んて、ノーテンキな質問をしてきたレポーターに遭遇しました。

あのねぇ、こっちは仕事で来てんのよ、このカッコでわかんないの?

と、思わず激怒モードの返事が出かかかりましたが、グッと我慢して!

まあ、相手のバカ女が巨乳だったんで、じっくり凝視しつつ、笑って許して、ごまかして♪♪~♪

ということで、帰りの車の中では個人的サマーソングの編集CD-Rを鳴らしましたが、やっぱり和物では、本日ご紹介の青山ミチがダントツ!

ジャケットの水着姿もリアルタイムで豊満な肉体が注目されていた彼女ならではの魅力ですが、実は楽曲自体はB面というあたりが絶妙でしょう。

発売は昭和42(1967)年初夏!

ということはエレキ歌謡がど真ん中!

しかもパンチの効いたダイナミックな歌唱とビート感は、これぞっ、青山ミチの専売特許とも言うべき、決定的な若さと情熱を発散しています。それは「ヴァケション」等々のカパーポップスを歌っていたデビュー期の魅力をダイレクトに反映させたものでしょう。

また、バックの演奏が完全にエレキギター主体となっているのも凄いことで、それはイントロのミステリアスな雰囲気から一転、アップテンポでブッ飛ばす曲の流れを見事にリードしていきますし、ちょいと白々しいようなストリングやエレキベースの浮きあがり方は不思議なほどなんですが、それもダイナミックに弾ける青山ミチのボーカルがあればこその確信犯じゃないでしょうか。

実際、彼女の歌のドライヴ感は強烈なソウルグルーヴさえ滲むもので、これでバックがノーザンピートだったら、純粋な和製R&Bになっていたでしょう。

しかし、それじゃ~、暑苦しいんですよねっ!

ゆえに、これはこれで大正解♪♪~♪

軽快な曲メロと若い情熱に満ちた歌詞、さらにエレキなアレンジメント♪♪~♪

ちなみに作詞:湯川れい子、作曲:叶弦大、編曲:小杉仁三という組み合わせはA面の「淋しさでいっぱい」も同じですが、それは些かリズム処理が古臭い感じ……。メリハリが効きすぎた曲展開とのミスマッチがある分だけ、今となってはB面の「太陽と遊ぼう」が不滅に輝くという、皮肉な結果になっています。

う~ん、しかし青山ミチは何を歌わせても最高ですねぇ~♪

様々な問題から自業自得のフェードアウトが、本当にせつなくなるほどです。そして、願わくばこの凄い歌手も、全ての音源を纏めて復刻することが絶対必要だと思っています。

最後になりましたが、掲載した私有盤のジャケット上部が欠けているのは、もちろん中古でゲットした事情によります。

まあ、現在ではCD化もされていますから、なんら鑑賞には問題無しとはいえ、やはりこういう商品はジャケットがあっての存在意義も強いですよね。

その意味で最近の女性歌手は甘やかされていると思うのは、サイケおやじだけでしょうか?

そして夏を楽しむのは、何もどっかへ遊びに出かけるばかりじゃないでしょう。

独りで、こういうレコードを聴くのも、夏の楽しみと思っています。

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ジョンを聴くのに勇気はいるか?

2010-08-05 16:58:42 | Beatles

Power To The People / John Lennon (Apple / 東芝)

さてさて、猛暑の中で尚更に熱く、目眩がしそうなジョン・レノンの11枚組CDボックスの話題は、これ如何に!?

またしても「最新」をウリにした旧作音源&ソロアルバムのリマスターに加え、数曲の未発表テイク&バージョンが入るというのですから、穏やかではありません。

しかも完全限定!?

と言われれば、自分のような者は買うしかない状況追い込まれるんですよねぇ……。

ちなみにジョン・レノン関連の未発表音源集としては、以前にアンソロジー箱が出て、所謂ホームレコーディングとされるデモ音源、あるいは公式楽曲のミックス違いやアウトテイクが纏められたはずなのに、まだまだこんな出し惜しみが残されているんですから、もう、絶句する他はありません。

一説によれば、ビートルズ関連の音源は、この先の百年ほど後まで、そのリリース計画が出来上がっているらしいので、ジョン・レノンについても、同様かもしれないのです。また、オノ・ヨーコが膨大なそれらの未発表音源を私蔵しているのは周知の事実!

結局、自分が生きている間には、その全てを聴くことが出来ないという未練が残ります。

しかし、こうした企画ボックス物の購買層は、はっきり言えば中年者以上が大半でしょう。

実は告白するとジョン・レノン、あるいはビートルズに限らず、例えばザ・フーの「マイ・ジェネレーション」、キング・クリムゾンの「宮殿」、そしてストーンズの「ならず者」等々のサービス過剰気味の箱物をしっかりゲットしているサイケおやじは、そのシールドを破ることが出来ません。

なにしろ中身は知り過ぎるほどに聴きまくったものばかりですし、リマスターや新発掘音源とされるメーカー側のウリにも、ウンザリ……。

ただ、それでも、持っていないと安心出来ないという精神衛生上の問題が大きくて、お金を払ってしまうんですよね。

さらにいけないのは、それでも少~しは中身を本当に聴きたいという欲望もありますから、ストーンズの「ならず者」なんか、通常盤CDを買ってしまうという情けなさです。

このあたりは周辺からみれば、本当の愚か者でしょう、サイケおやじは!

もう、自嘲することも憚られる行動だと思います。

それは「聴く」よりも「所有する」の比重が大きいという、なんとも哀しい学習行為……。

しかし、そんなサイケおやじだって、純粋に音楽を聴きたくてレコードを買っていた時期が確かにあって、本日ご紹介のシングル盤はビートルズの解散騒動に揺れながら、メンバー各人がソロ活動に邁進していた頃、ジョン・レノンがプラスティック・オノ・バンドを率いて昭和46(1971)年春に発売したガチンコのアジテーションロック!

ちなみにB面はオノ・ヨーコの作品なんで割愛しますが、それでもちゃ~んとジョン・レノンがギターで参加していますし、なによりも当時はシングル盤オンリーの楽曲として、これを買わなければ聴くことが出来なかったのです。

いや、シングル盤オンリーなんていう言い訳以前に、とにかくジョン・レノンの歌を聴きたいというストレートな欲望がありましたですね。

あぁ、あの頃のイノセントな情熱が懐かしいなぁ。

と、猛暑の中でジョン・レノンから勇気を頂戴したいと切望するのでした。

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スティーヴィ・レイ・ヴォーンの汗だく拡張盤

2010-08-04 16:51:15 | Rock

Couldn't Stand The Weather Legacy Edition
                                                  / Stevie Ray Vaughan
(Epic)

近年大流行の拡張再発盤は大歓迎のサイケおやじですから、そこに死ぬほど好きなスティーヴィ・レイ・ヴォーンの「Couldn't Stand The Weather」が出たとなっては、ノー文句で買う他はありませんでした。

それはCD2枚組の3面見開きデジパックという嬉しい仕様もさることながら、やはり中身の充実も大いに魅力です。

☆Disc One / The Origenal Album
 01 Scuttle Buttin'
 02 Couldn't Stand The Weather
 03 The Things That I Used To Be
 04 Voodoo Chile
 05 Cold Shot
 06 Tin Pan Alley
 07 Honey Bee

 08 Stang's Swang
 まず以上が注釈どおり、オリジナルLPのリマスター復刻なんですが、基本的には現在出回っているボーナストラック付きのCDとそれほど変わるところはないと思います。
 う~ん、しかし、やっぱり惹きこまれてしまう狂熱がありますねぇ、この頃のスティーヴィ・レイ・ヴォーンにはっ!

☆Disc One / Bonus Tracks
 09 Empty Arms
 10 Come On (Part.Ⅲ)
 11 Look At Little Siste
 12 The Sky Is Clying (Previously unreleased 1984 version)
 13 Hide Away
 14 Give Me Back My Wig
 15 Boot Hill (Previously unreleased 1984 version)
 16 Wham!
 17 Close To You
 18 Little Wing
 19 Stang's Swang (Previously unreleased 1984 alternate take)
    ※from「The Sky Is Cling (1991)」
    ▲from「Couldn't Stand The Weather (1999 CD)」
 以上のボーナストラックは基本的にこのアルバム制作時期のアウトテイクや関連音源なんですが、上記したように※印は1991年に出た追悼盤「The Sky Is Cling」から、また▲印は1999年に出たこのアルバムのリマスターCDのボーナストラックからの転用です。
 ただし、ひとつの流れを構成するにあたり、音質&音圧を調正したようですね。まあ、それほど拘る必要もないと思います。
 しかし大いに気になるのが、完全未発表という3曲でしょう。
 まず「The Sky Is Clying」は前述の同名アルバムに収録されたのは1985年の演奏でしたが、こちらはそれ以前の1984年バージョンで、粘っこいチョーキングの多用やじっくり構えたバンド全体のグルーヴ等々、方法論はそれほど変わるところは無いでしょう。ただしこちらはキーボードが入っていない分だけ、リアルなギスギス感がたまりませんよ♪♪~♪
 次に「Boot Hill」もまた前述「The Sky Is Clying」に収録の1989年バージョンとは異なるテイクで、それも重厚なエネルギーに溢れていた粘っこい演奏だったんですが、こちらは別の意味で荒っぽく、過激でストレートな演奏が楽しめます。もちろん両バージョンともにエルモア流のスライドギターが、やっぱり凄い!
 そして「Stang's Swang」はLP時代からちょいと珍しがられた4ビート演奏の別テイクとあって、最初から相当に出来上がっていた雰囲気が濃厚かもしれません。しかしこちらは本テイクにあったサックスか入っていませんから、よりナチュナルなスイング感が良い感じ♪♪~♪ このあたりは、まあ、好みの問題かもしれません。

☆Disc Two / Live In Montreal
 01 Testife
 02 Voodoo Chile
 03 The Things That I Used To Be
 04 Honey Bee
 05 Couldn't Stand The Weather
 06 Cold Shot
 07 Tin Pan Alley
 08 Love Struck Baby
 09 Texas Flood
 10 Band Intros / Encores
 11 Stang's Swang
 12 Lenny
 13 Pride And Joy

 こちらはオフィシャルでは完全未発表のライプ音源で、ちょうど新譜として発売した「Couldn't Stand The Weather」のプロモーションも兼ねた巡業ツアーから、1984年8月17日のステージが蔵出しされています。
 メンバーはスティーヴィ・レイ・ヴォーン(vo,g) にトミー・シャノン(b)、クリス・レイトン(ds) からなるお馴染みのダブルトラブルですから、何の問題もない白熱のライプが楽しめるんですが、なにか、もっと過激な爆発を期待してしまうのは贅沢でしょうか?
 いやいや、やっぱりこれだけの強烈なブルースロックを演じられるのは、スティーヴィ・レイ・ヴォーン以降は皆無ですからねぇ。予定調和の一言で片づけられない狂熱と歓喜には、素直に感涙して然るべきでしょう。
 まあ、そんな理屈なんて、この音源の前には不要なんですけどねぇ~♪
 スティーヴィ・レイ・ヴォーンのギターは狂おしく、時にはジミヘンに傾倒する本音をストレートに出してくるあたりが、全く憎めません。
 ただしダブルトラブルのふたりの姿勢が剛直なんで、決してジミヘンのバンドのような柔軟で宇宙的な広がりへは踏み込んでいけないところに、賛否両論があるかもしれません。このあたりはスティーヴィ・レイ・ヴォーンの夭折によって、今日では如何様にも想像解釈出来る部分ではありますが、おそらくは今後も発掘され続けるであろう未発表音源のあれこれによって、楽しみは増えるばかりだと思います。

ということで、これは先日発売されたばかりのホヤホヤの最新発掘音源集です。

日本盤の発売状況はちょいと分からないのですが、コアなマニアはもちろん、初めてスティーヴィ・レイ・ヴォーンを楽しまれようとされる皆様にもオススメですよ。

なにしろライプ音源のプログラムは前半が新譜だった「Couldn't Stand The Weather」、後半がデビューアルバムからの人気曲がメインですから、当時のベスト盤という意味合いすら楽しめるんですねぇ♪♪~♪

当然ながら、ライプの音質も良好です。

本来ならば、涼しい音楽でも聴きたい最近の厳しい猛暑ですが、こういう逆効果のブルースロックで心身ともに汗だくとなるのも悪くないと思います。

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歌もギターも上手かった中村洋子

2010-08-03 16:37:43 | 歌謡曲

風船 / 中村洋子 (クラウン / PANAM)

日頃の言動からして、どうやらサイケおやじは歌謡フォークやニューミュージックが嫌いらしいという事になっていますが、いえいえ、決してそのようなことはありません。

女性歌手に限っても、例えばユーミンだってきっちり聴いていますし、チェリッシュの悦っちゃんや岩渕リリ等々、好きなボーカリストは大勢います。

そして本日ご紹介の中村洋子も、なかなか魅力的なひとりとして外せません。

活動していたのは昭和40年代中頃の一時期だけだったようですが、和製ジョーン・バエズと称されたほど歌もギターも抜群の上手く、しかも清楚でありながら、自然体でフェロモンが滲み出る雰囲気の良さは、全くサイケおやじ好み♪♪~♪

掲載したシングル盤は彼女のデビュー曲として昭和45(1970)年春頃に発売されたものですが、このジャケ写とデザインの良さが、まずは特筆物でしょう。

ちなみにサイケおやじが彼女の存在を知ったのは、ラジオの公開放送に出演し、ギターの弾き語りで海外のフォークソング数曲を歌った番組を聴き、それからほどなく、あるイベントで実演ライプに接したことによります。

とにかく、このジャケットどおりの歌声と音が出せる人だったんですよねぇ~♪

もちろんデビュー曲の「風船」も歌ってくれましたから、サイケおやじは小遣いを貰ったばかりという境遇の良さもあって、その場で1枚お買い上げ! 見事に釣られてしまったというわけです。

ちなみに「風船」という楽曲は、ミッキー・カーチス率いるアシッドフォークの人気バンドだったサムライズが昭和42(1967)年に出したオリジナルのカパーということを後で知り、聴き比べたんですが、サイケおやじは絶対に中村洋子のバージョンが好きです。

ギターとベース、そしてタンバリンで作りられたリズムセクションのシンプルなバックを基本としながらも、せつなさを増幅させるストリングや口笛の彩りが良い感じ♪♪~♪

もちろん中村洋子の素直な歌いまわしと多重録音によるコーラスハーモニーは、本当に何の衒いも無いストレートな魅力に溢れていますよ♪♪~♪

ですから当時のラジオの深夜放送でも密かな人気曲となり、小ヒットしています。

ただし彼女のフォーク系のレコードは、おそらくこれだけだったようで、以降は歌謡ポップスやテレビドラマのテーマ曲を歌う等々、ちょいと芸能界どっぷりの路線に入ったのは、サイケおやじにすれば些か残念でした。

それでも残された楽曲は、全てが素晴らしいといって過言ではないものばかり!

告白すればサイケおやじが所有する彼女のレコードは、この1枚きりなんですが、熱狂的な中村洋子マニアの友人から頂戴したカセットには、いろいろと珍しい音源も入っていたりしましたから、ぜひとも纏まった復刻を望みたい歌手のひとりです。

ということで、既に述べたように中村洋子はそれほど長く芸能活動を続けたわけではなく、件の友人からの情報によれば結婚による引退の後は、滝本洋子として文筆業や書道家の道を歩んでいるとか!?

う~ん、人に歴史ありというか、未だ昭和40年代に留まっているサイケおやじは、今日もまた完全なるオールドウェイヴを自覚するのでした。

コメント (1)
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有沢とも子の素敵なデビュー曲

2010-08-02 16:39:21 | 歌謡曲

抱きしめて / 有沢とも子 (RCA)

有沢とも子、と言うよりも、太田とも子の歌手デビューシングルが、これです。

ご存じのように彼女は梶芽衣子の実妹としても有名ですが、芸能界入りのきっかけは荒木一郎のスカウト!? そして昭和44(1969)年2月、この書き下ろしの名曲を歌うことになりますが、果たして荒木一郎は彼女が梶芽衣子の実妹と知ってスカウトしたのでせうか?

まあ、それはそれとして、楽曲そのものは正しく荒木一郎ならではのメロディが全開♪♪~♪ イントロからのタンバリンとドラムス、さらにシンプルなペースとリズムギターが作り出す軽快なビートは実にキャッチーですし、そこへゴージャスに滑り込んでくるオーケストラの響きのスマートさは、この時期から冴えまくりの仕事を続ける川口真のアレンジによるものです。

そして有沢とも子の声質は当然ながら姉にそっくりのところもありますが、ここではかなり基本に忠実というか、荒木一郎ならではの「泣き」のある曲メロを活かす、せつなさを滲ませた表現と伸びのある歌い回しは、作者直々のレッスンによる成果だと思います。

今となっては歴史ですが、当時の我国大衆音楽の状況は大ブームだったGSが衰退期に入り、その主流は歌謡ポップス&フォーク、あるいは保守本流の演歌系が再び盛り返していた頃です。

その中で若手女性歌手は必然的にポップスフィーリングが求められ、従来の歌謡曲と後のアイドルポップスの橋渡し的な位置付けとなる隠れ名曲が次々と世に出ていましたが、この「抱きしめて」も、残念ながらヒットはしませんでしたが、それでもラジオを中心にオンエア率は高く、一度聴いたら絶対に忘れられないヤミツキの名唱♪♪~♪

サイケおやじもリアルタイムではレコードを買えませんでしたが、しっかりラジオからテープに録音し、楽しんでいました。そして高校生の時に入れてもらっていた同好会のバンドで、この「抱きしめて」を演奏した思い出があります。

実は演奏そのものがオーケストラのパートを除いては、それほど難しいことはやっていないんですよ。

ちなみにその頃には中古でシングル盤をゲットしていて、そこで初めて分かったんですが、ステレオバージョンだとリズム隊とオーケストラのバートが著しく分離し、かなりチープな印象が免れません。

しかしこれがAMラジオ等のモノラルで聴くと、最高に素晴らしいサウンド効果となって、ボーカルを引き立てるのですから、奥が深いです。

既に述べたように荒木一郎は作詞作曲の他、なんとプロデュースまでも自ら手掛けるという力の入れようでしたから、今日でも古びていないのは当然が必然! ヒットに結び付かなかったのは、あまりにも時代に先んじたスマートさがあったからでしょうか……。

結局、有沢とも子は翌年にレコード会社を移籍し、太田とも子となって再デビュー! ここからは女優としての活動も始め、例えば実姉の梶芽衣子が主演した「野良猫ロック / マシン・アニマル」にも実名の歌手役で出演したり、テレビドラマでも数々の印象的な演技を披露したのは、皆様の記憶にも残っているんじゃないでしょうか。

また肝心の歌手としても、「とおく群衆をはなれて(作詞:阿久悠 / 作曲:宇崎竜童)」と「恋はまっさかさま(作詞:ちあきてつや / 作曲:宇崎竜童)」という2大隠れ名曲を残していますが、前述した「野良猫ロック / マシン・アニマル」では、その歌声も楽しむことが出来ます。

ということで、本当に昭和40年代はヒットしなくとも素敵な歌がどっさりあったなぁ、というのが本日の結論です。なんというか、業界全体がひとつの歌、1枚のレコードに賭ける情熱が物凄かったように感じるんですよねぇ。

まあ、このあたりのエネルギーは今日でも相当なものでしょうが、当時は今と違ってジャンルそのものが分散していなかった所為もあり、尚更にそう思うのかもしれません。

最後になりましたが、レコード会社が異なっているので難しいかもしれませんが、なんとか有沢とも子&太田とも子の音源コンプリート復刻を切望しているのでした。

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