3.省エネ社会
「温暖化を2度以内に」の目標を追求するなら、日本はエネルギー構造を大きく転換し、CO2排出を大幅に減らすモデル社会とならなくてはならない。
そこでは、火力発電所や原子力発電所などの巨大施設で発電する集中型の従来方式を抑制し、分散型のエネルギーを増やす戦略が柱になる。
CO2減らしに役立つ太陽光などのエネルギー源はパワーが小さめだ。これを積極活用するには地域や企業、家庭などの小さな単位で調達するスタイルの方が理にかなう。
集中型は電力を量産できる半面、捨てている排熱なども大量だ。一方、分散型だと排熱を給湯や地域暖房などに使える利点もある。集中は効率が良く、分散は非効率とばかりはいえない。
最も望ましい分散型は自然エネルギーだ。とくに太陽光発電は、日本が得意とする固体素子づくりの技術に支えられている。太陽光パネルは世界シェアの約半分を日本企業が占める。
ところが05年末、日本は太陽光発電の累積導入量でトップの座をドイツに奪われた。太陽光パネルをとりつける家庭への政府補助は、05年度までで打ち切られた。政府はこの技術の潜在力をきちんと評価して、もっと国内外の市場にうって出る姿勢が必要ではないか。
新エネルギー利用特別措置法は、電力会社に一定量の発電を自然エネルギーから得るよう義務づける。だが、14年度の達成目標は160億キロワット時で、全発電量の1.63%に過ぎない。
これでは自然エネルギーの技術開発や普及は進むはずがない。達成目標を高め、助成措置や免税制度などの手法を総動員して、抜本的にテコ入れすべきだ。
むろん、自然エネルギーが成長してエネルギー供給の柱になるには時間がかかる。それまでのCO2削減を支えるのは省エネルギーだ。
自然エネルギーと同様、省エネの威力もよく理解されていない面がある。
国立環境研究所などの共同チームが最近まとめた「日本低炭素社会」のシナリオでは、省エネ技術の開発などによって、今世紀半ばには日本のエネルギー需要を40~45%減らせるという。
驚くべき「パワー」ではないか。これとエネルギー源の転換を組み合わせれば50年までに国内総生産(GDP)を00年の1.5倍~2倍にしても、CO2の排出を70%も削減できるという。
最近、ノルウェーが50年までにCO2の排出をゼロにする方針を打ち出して話題になった。そこまではいかなくとも、日本も野心的な目標を掲げることができるはずだ。
もう一つ、移行期の分散型エネルギーとして期待できるのは都市ガスなどの形で供給される天然ガスだ。燃やすだけでなく、水素ガスをとり出して燃料電池に使える。家庭やビルごとに発電でき、排熱は給湯などに生かせる。
CO2は出るものの、火力発電と比べ約4割削減できるとされる。地域ごとに小さなエネルギー供給網を築けばよい。
政府は、CO2抑制を一つの理由に「原子力立国」の旗を掲げる。現在の発電量に占める原子力の割合は約3割だが、「30年以降も30~40%以上に」という。比重を増やす方向性だ。私たちは逆に、それ以下にと提言したい。
なぜ原子力を抑制的にすべきなのか。日本では大規模な原子炉事故が起こっていないが、その危険性は無視できないからだ。廃棄物の処理にも困る。原子力施設の集中立地は、分権社会の潮流にもなじまない。あくまで過渡期の電力源であり、頼りすぎは好ましくない。分散型のエネルギーを増やし、その足らざる部分を補うという位置づけでいこう。
集中から分散へ。これを省資源社会づくりの土台とすべきだ。
4.原子力と核
世界では今、日米欧の先進国で原発の増設計画が語られる一方で、アジアや中東などでも原発をつくりたいとの希望が増えている。暮らしや経済を支えるため、安定した電力がほしいのは理解できる。そして、もう一つの理由が地球温暖化対策としてである。
やっかいなのは、原発には大事故の危険や廃棄物の問題がつきまとうと同時に、核兵器を持ちたいという政治指導者の野心とつながる場合があることだ。
軍事転用は決して認めない。近隣国や国際社会が安心して見守れる平和利用に限定する。この原則を後回しにしては、温暖化防止どころの話ではない。
適正な規模で原発を利用しつつ、同時に核軍縮・不拡散を進める。核廃絶と温暖化防止の二兎(にと)を追うべきである。
冷戦終結で、米ソ核戦争の危険は遠のいた。だが、核が大きな脅威であることは変わらない。核のない世界を目指すという目標は追求していかねばならない。それには核不拡散条約(NPT)を軸にした拡散防止体制を強めることだ。
NPTは米国、ロシア、英国、フランス、中国の核保有を認め、それ以上には核を持つ国を広げないことを旨とする。この不平等性にもかかわらず大多数の国がNPTを支持したのは(1)核保有国が増えれば世界が不安定になる(2)保有5カ国に核軍縮を誠実に交渉する義務を課した第6条に基づき、やがて核廃絶への道筋が描ける――と考えたからだ。
そのNPTへの信頼が近年、大きく揺らいでいる。インド、パキスタンはNPTに加わらないまま98年に核実験した。同じく未加盟のイスラエルは事実上の核保有国と言われる。加盟国でも、北朝鮮はNPTを脱退して06年に核実験をしたし、イランは疑惑が膨らんでいる。
こんな穴を早くふさがなければならない。同時に、NPTへの信頼を回復するには核軍縮、つまり核のない世界に向けて近づいていく実績と実感が必要だ。保有5カ国の核を放置せず、具体的な削減を迫っていくべきだ。
そもそも、核兵器への依存には限界が見えてきている。米国の国務長官をつとめたヘンリー・キッシンジャー、ジョージ・シュルツ両氏らが今年1月、連名で「核兵器のない世界を」との提言を発表した。
今後、核が拡散していけば、核の存在がかえって米国や世界の安全を脅かす恐れがある。核を廃絶した方が国益にかなう。そんな考えから、資料1のような提案を示した。
核による抑止論の主唱者でもあったキッシンジャー氏らの方向転換は、時代の変化を象徴する。すぐに核兵器をなくせるわけではないが、提案の中身はすぐにでも着手すべきものばかりだ。
日本の果たすべき役割は大きい。
第一に、核保有国に大幅な軍縮を促すことだ。まず米ロが思い切って削減し、その後、英仏中などを加えて包括的な核軍縮に進む。
米国の核の傘に入っている日本が、そんな働きかけをできるのかという疑問があるかもしれない。だが、被爆体験を持ち、非核を国是とする日本だからこそ、訴えが力を持つ。核への依存を減らせる地域的、国際的な安全保障制度を整えていくことも大事だ。
第二は、濃縮ウランとプルトニウムをつくる施設の規制だ。ウランについては、国際的な核燃料バンクを創設して安定供給を保証し、濃縮施設を持つ国を増やさない。プルトニウムを使用済み核燃料から取り出す再処理施設は、国際管理下に置くことを検討すべきだ。
非核国で大規模な再処理施設を持つのは日本だけだ。独自のプルトニウム利用にこだわるのではなく、多国間の枠組みで核不拡散体制を強化する先導役を担っていくべきだろう。
第三は、インドとの協力のあり方だ。米国は、NPTに入らない国とは原子力協力をしないのが原則だが、インドを例外扱いする方針である。民主主義国インドの経済成長を助け、同時に温暖化対策にも役立てようとの戦略だ。中国を意識してインドとの関係を緊密化する狙いもある。
だが、NPTに背を向けたインドの核保有を認め、原子力分野で協力していくというなら、NPTの下での義務を受け入れた加盟国の不平等感はいっそう高まるだろう。核軍縮、核実験禁止などでインドから明確な約束がない限り、日本はインドへの原子力協力に賛同すべきではない。
核と気候の脅威に立ち向かう。二兎を追うために、外交の腕を磨いていこう。
5.化石燃料
波乱含みの中東情勢、原油価格の高騰、石油の権益確保に走る中国、資源大国として影響力を強めるロシア――。世界のエネルギー情勢を見渡すと、不安をかき立てられる動きが少なくない。
石油供給の9割を中東地域に依存する日本は大丈夫なのか。石油資源の開発競争に後れをとってはならぬ。そんな議論もかまびすしい。
エネルギー源をどのようにして確保していくか、長期的に考えるのは大事なことだ。だが、このところの世界の動きにいたずらに不安を募らせるのは得策ではない。
たとえば、急成長する中国やインドの需要増が原油価格の高騰をもたらしたという見方がある。実際はどうか。国際エネルギー機関(IEA)などの統計を見ると、ここ5年ぐらいで世界の石油需要が急に増え始めたという状況はない。
投機的な資金が流れ込んだことが高騰を招いたと見るべきだろう。必要以上にあおられてはいけない。
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将来の石油危機を避ける最良の戦略がある。省エネを徹底して、消費量を抑えていくことだ。省エネで節約すれば、その分の油田を日本で掘り当てたのと同じようなものだ。70年代のオイルショック後、日本経済は世界でもトップクラスの省エネ構造に転換したが、さらに挑戦を続ける必要がある。
石油への依存を少なくすれば、それだけ危機に強くなる。日本発で省エネが世界に広がれば、全体のエネルギー需要を抑えられるし、温暖化防止にも役立つ。
危機に備えて、日本が独自に石油を採掘する自主開発を増やそうという声が高まっている。「日の丸油田」の象徴だった国策会社のアラビア石油が00年以降、中東での採掘権を相次いで失ったことも背景にあってのことだ。
そうした供給源を持つことに意味はあるけれど、それほどの量が期待できるわけではない。それに危機が起きた時、遠く中東やアフリカ沖、カスピ海などから実際に「日の丸原油」が日本まで届くという保証はない。
ここは自主開発の発想を変えて考えていきたい。日本の資金で石油を掘るという狭い意味にとらわれず、産油国への投資、交流の拡大と広く位置づけるのだ。
省エネや石化プラントの共同事業、人材開発支援など、油田開発以外にも協力の分野はたくさんある。日本の資本と技術を、現地の経済や労働力、そして石油に強く結びつけていく。
産油国側にも感謝されるし、そうした結びつきを通じて、いざという時に頼りにできる関係を築いておく。油が出るか出ないか分からないプロジェクトに、次々と国家資金を投入するのは無駄が多すぎる。費用対効果をきちんと吟味しなければならない。
日本には現在、政府と民間施設を合わせて半年分ほどの備蓄がある。中東から石油を運ぶタンカーの大半は、ペルシャ湾の出入り口であるホルムズ海峡を通過するが、これまでの紛争でも数カ月以上に及ぶ輸送の中断はなかった。
これをさらに発展させて、中国や韓国などアジアの消費国にも備蓄を促し、足りなくなった時には融通し合う仕組みを整備すべきだ。
共存共助の仕組みづくりは、地域協力を広げる格好の舞台になる。東シナ海での中国との権益争いなども、そんな取り組みのなかで解決策を見いだしていく。
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天然ガスをもっと使うようにすべきだ。石油より環境への影響が小さいし、供給国も地理的に偏っていないので、特定地域に依存するというデメリットが少なくてすむ。
ここでも、アジア諸国と協力できる。日本は液化天然ガス(LNG)の技術が得意だから、それをテコにたとえば多国間でLNG備蓄基地をつくり、互いに融通する。石油と同様に、アジアの安定と地域協力、日本の国益に役立つ。
欧州のように、ガス・パイプライン網を張り巡らせることで相互依存を強めれば、多国間のエネルギー安保にもつながるだろう。
経済発展の著しいアジアでは、将来のエネルギー不足が深刻になるのではないかと心配されている。それを逆に利用して地域の連携を強め、安定と発展の土台を固める。そうした協議の場づくりを日本がリードしたい。
消費国側が協調すればその分、産出国側に石油、天然ガスの価格、供給量の決定権を握られるリスクを減らせる。その戦略的視点も忘れてはならない。この地域のエネルギー大国であるロシアにも、建設的な参加を促していくべきだ。