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保守系さんへの回答と質問 その2  ‥千里眼‥

2007年05月11日 12時32分38秒 | Weblog
この投稿では、「盧溝橋事件 共産党謀略説」の第二の論拠について述べていく。
 前回投稿で引用した産経新聞の記事を思い出してほしい。そのなかに、「盧溝橋事件直後に中国共産党司令部宛ての『成功せり』という緊急電報が届いていることを日本軍が傍受したという事実がある」という部分がある。今回は、この電報なるものを取り上げる。

 この電報を中国共産党謀略の論拠として最初に取り上げたのは、岡野篤夫氏の著書「盧溝橋事件の実相」である。「七月八日にこの電報を延安から全国に発信したとすると、まずその手回しのよさと電文の行きとどいていることに一驚を喫せざるを得ない」として、次のように書く。「この通電はあらかじめ準備されていたのではないかと思わざるを得ない。とすると盧溝橋の一発もあらかじめわかっていたのではないか。打ち合わせ通り実行したという通知があり次第、それっとばかりにかねて用意の電文を発信できたのでないか」と。

 この文章の「打ち合わせ通り実行したという通知があり次第」という筆者の推定が、いつの間にやら、これが電文の内容にすり替えられていくのだ。そのすり替えの最初の実行犯人は今のところ、私にはつかめていない。が、保守系論客はこの電文の内容を「実行した」、または「成功した」とすり替えて中国共産党謀略説の根拠に使う。しかも、原資料の電文そのものに当たることなく、また岡野氏の著書に電文が引用されているのにそれに目を通すこともなく、すり替えた電文が、いかにも真実であるかのように書き立てる。それに目を通す私のほうが恥ずかしくなるのに。

 彼等の神経を疑う。彼等にとっては真実など、どうでもよいのであろう。自らの結論に役立ちそうなことなら、デマであろうが、虚偽であろうが、なんでも利用する。そういういやしい執筆態度としか思われない。産経新聞も平気でそう書くのだ。

 では、電文の内容はどのようなものなのか、岡野氏の著書によると次の通りである。長くなるが、そのまま引用する。

「武装して北平・天津を防衛しよう!
 華北を防衛しよう!
 寸土たりとも日本帝国主義の中国占領を許さない!
 国土防衛のためには最後の血の一滴まで捧げよう!
 全国の同胞・政府・軍隊は団結して民族統一戦線の堅固な長裁を築きあげ日本侵略者の侵略に抵抗しよう!
 国共両党は親密に合作し、日本侵略者の新たな攻撃に抵抗し、日本侵略者を中国から追い出そう!
                                         中国共産党中央委員会
                                          一九三七年七月八日」

 盧溝橋の発砲事件のあった7月7日の翌日の電文である。岡野氏はこんなすばやく上記のような電報が発信されたということは、事前に盧溝橋の発砲事件が起こることを知っていたに違いないと推定し、とすれば、この発砲は中国共産党の仕業に違いないと推定したのだ。これが、岡野氏の論文の大要である。

 それに対して、秦氏は「この通電がどんな手順で発出されたかは不明だが、事件の詳細がはっきりしない早い時点だったため、従来から中共謀略説の有力な傍証として、しばしば引用されてきた。だが、通電の主旨は以前から中共党が主張してきた路線の延長上にある」として、それ以前の電文との対比をしたうえで、「通電の早さと過激性から第一発の犯人に結びつけるのは、いささか無理というものだろう」と、結論付けている。

 この秦氏の結論に、私が追加するものは何もない。中国共産党謀略説の第二の論拠も崩れた。第三の論拠については次回にまわす。
コメント (2)
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我が内なる親米と反米   楽石

2007年05月11日 09時00分13秒 | Weblog
アメリカのイラク政策は世界的に孤立している。
イギリスのブレアさんも、ついにイラク政策の失政から辞任。
そんな中で、日本だけは、アメリカのブッシュ政権支持は変っていない。
反ブッシュのデモも国民的な規模で起こらない。
なぜでしょう?

こんな疑問に答えてくれる本が「親米と反米」(岩波新書)です。
著者は、日本のなかの「アメリカ」に関心をもったのが、
東京ディズニーランドがオープンした80年代。
そして、
①こうした消費としての「アメリカ」と暴力・軍事基地としての「アメリカ」の問題。
②第二次大戦後の日本における「アメリカ」を韓国・台湾・フィリピンなど
東アジアのなかで考えること。
(アメリカの冷戦戦略が、日本本土を、経済基地、沖縄・韓国・台湾などを
軍事基地として役割分担させることによって構築されていた)
③アジアのおける「アメリカ」の問題を、アジアにおける日本の植民地主義の連続性に関連させて考えること。
この3つの観点から、親米・反米を考えた本です。

    

日本が戦前からの植民地主義を清算してこなかった。
フランス・イギリスなど、ヨーロッパ先進国が、反植民地闘争の洗礼を受けたのと異なり、
アメリカは新しい植民地主義の覇権国家として20世紀の後半、世界に君臨。
この時、没落するフランスはアメリカという他者を明確に意識して自らの眼差しを持った。

日本は戦争責任の問題に正面から向き合うことなく、
アメリカの覇権のもとに成長を遂げた。
このなかで、いつのまにかアメリカと同じ眼差しで世界を見る癖がついた。
三種の神器など、戦後のライフスタイルが、アメリカのライフスタイルを
モデルに築きあげられていったことで、この眼差しは国民全体のものになっていった。
無意識に。自覚のないまま。
著者はこれを「戦後の政治的無意識」という。

   

世論調査では、イラク戦争を支持しない人のほうが多い。
しかし、ヨーロッパのように反ブッシュのデモにならないのは、なぜか?
頭と身体の分離。
この遠因は、無意識にアメリカと同じ植民地主義の眼でイラクを見ているからではないのか?
敗戦によって、植民地主義者ではなくなったと思っている。
しかし真面目にこの問題に向き合ったことはない。
だから植民地主義者と同じ眼を持っていることに気づいていない。
大義なき戦いに、頭では、反発するが、身体は動かない。
危機と感ずる別の眼差しを持っていないからでは?

    


私もこうした戦後の政治的無意識のなかに溺れかかっている一人か?
我が内なる「親米と反米」。もう少し意識的になる必要がありそうです。






コメント (8)
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