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掌編小説 「日本精神エレジー」   文科系

2018年10月04日 12時30分10秒 | 文芸作品
 これも、訳あって何度も載せたい小説だから、また。



掌編小説 「日本精神エレジー」   文科系


「貴方、またー? 伊都国から邪馬台国への道筋だとか、倭の五王だとか・・・」
連れ合いのこんな苦情も聞き流して、定年退職後五年ほどの彼、大和朝廷の淵源調べに余念がない。目下の大変な趣味なのだ。梅の花びらが風に流れてくる、広縁の日だまりの中で、いっぱいに資料を広げている真っ最中。
「そんな暇があったら、買い物ぐらいしてきてよ。外食ばっかりするくせにそんなことばっかりやってて」
「まぁそう言うな。俺やお前のルーツ探しなんだよ。農耕民族らしくもうちょっとおっとり構えて、和を持って尊しとなすというようにお願いしたいもんだな」

 この男性の趣味、一寸前まではもう少し下った時代が対象だった。源氏系統の家系図調べに血道を上げていたのだ。初老期に入った男などがよくやるいわゆる先祖調べというやつである。そんな頃のある時には、夫婦でこんな会話が交わされていたものだった。
男「 源氏は質実剛健でいい。平氏はどうもなよなよしていて、いかん」
対してつれあいさん、「質実剛健って、粗野とも言えるでしょう。なよなよしてるって、私たちと違って繊細で上品ということかも知れない。一郎のが貴方よりはるかに清潔だから、貴方も清潔にしてないと、孫に嫌われるわよ」
 こんな夫に業を煮やした奥さん、ある日、下調べを首尾良く終えて、一計を案じた。
「一郎の奥さんの家系を教えてもらったんだけど、どうも平氏らしいわよ」
男「いやいやDNAは男で伝わるから、全く問題はない。『世界にも得難い天皇制』は男で繋がっとるん だ。何にも知らん奴だな」
妻「どうせ先祖のあっちこっちで、源氏も平氏もごちゃごちゃになったに決まってるわよ。孫たちには男性の一郎のが大事だってことにも、昔みたいにはならないしさ」
 こんな日、一応の反論を男は試みてはみたものの、彼の『研究』がいつしか大和朝廷関連へと移って行ったという出来事があったのだった。

 広縁に桜の花びらが流れてくるころのある日曜日、この夫婦の会話はこんな風に変わった。
「馬鹿ねー、南方系でも、北方系でも、どうせ先祖は同じだわよ」
「お前こそ、馬鹿言え。ポリネシアとモンゴルは全く違うぞ。小錦と朝青龍のようなもんだ。小錦のが  おっとりしとるかな。朝青龍はやっぱり騎馬民族だな。ちょっと猛々しい所がある。やっぱり、伝統と習慣というやつなんだな」
「おっとりしたモンゴルさんも、ポリネシアさんで猛々しい方もいらっしゃるでしょう。猛々しいとか、おっとりしたとかが何を指すのかも難しいし、きちんと定義してもそれと違う面も一緒に持ってるという人もいっぱいいるわよ。二重人格なんてのもあるしさ」
 ところでこの日は仲裁者がいた。長男の一郎である。読んでいた新聞を脇にずらして、おだやかに口を挟む。
一郎「母さんが正しいと思うな。そもそもなんで、南方、北方と分けた時点から始めるの」
男「自分にどんな『伝統や習慣』が植え付けられているかはやっぱり大事だろう。自分探しというやつだ」
一郎「世界の現世人類すべての先祖は、同じアフリカの一人の女性だという学説が有力みたいだよ。ミトコンドリアDNAの分析なんだけど、仮にイブという名前をつけておくと、このイブさんは二十万年から十二万年ほど前にサハラ以南の東アフリカで生まれた人らしい。まーアダムのお相手イヴとかイザナギの奥さんイザナミみたいなもんかな。自分探しやるなら、そこぐらいから初めて欲しいな」
男「えーっつ、たった一人の女? そのイブ・・、さんって、一体どんな人だったのかね?」
一郎「二本脚で歩いて、手を使ってみんなで一緒に働いてて、そこから言語を持つことができて、ちょっと心のようなものがあったと、まぁそんなところかな」
男、「心のようなもんってどんなもんよ?」
一郎「昔のことをちょっと思い出して、ぼんやりとかも知れないけどそれを振り返ることができて、それを将来に生かすのね。ネアンデルタール人とは別種だけど、生きていた時代が重なっているネアンデルタール人のように、仲間が死んだら悲しくって、葬式もやったかも知れない。家族愛もあっただろうね。右手が子どもほどに萎縮したままで四十歳まで生きたネアンデルタール人の化石もイラクから出たからね。こういう人が当時の平均年齢より長く生きられた。家族愛があったという証拠になるんだってさ」
妻「源氏だとか平氏だとか、農耕民族対狩猟民族だとか、南方系と北方系だとか、男はホントに自分の敵を探し出してきてはケンカするのが好きなんだから。イブさんが泣くわよホントに!」
男「そんな話は女が世間を知らんから言うことだ。『一歩家を出れば、男には七人の敵』、この厳しい国際情勢じゃ、誰が味方で誰が敵かをきちんと見極めんと、孫たちが生き残ってはいけんのだ。そもそも俺はなー、遺言を残すつもりで勉強しとるのに、女が横からごちゃごちゃ言うな。親心も分からん奴だ!」

 それから一ヶ月ほどたったある日曜日、一郎がふらりと訪ねてきた。いそいそと出された茶などを三人で啜りながら、意を決した感じで話を切り出す。二人っきりの兄妹のもう一方の話を始めた。
「ハナコに頼まれたんだけどさー、付き合ってる男性がいてさー、結婚したいんだって。大学時代の同級生なんだけど、ブラジルからの留学生だった人。どう思う?」
男「ブ、ブラジルっ!! 二世か三世かっ!?!」
一郎「いや、日系じゃないみたい」
男「そ、そんなのっつ、まったくだめだ、許せるはずがない!」
一郎「やっぱりねー。ハナコは諦めないと言ってたよ。絶縁ってことになるのかな」
妻「そんなこと言わずに、一度会ってみましょうよ。あちらの人にもいい人も多いにちがいないし」
男「アメリカから独立しとるとも言えんようなあんな国民、負け犬根性に決まっとる。留学生ならアメリカかぶれかも知れん。美意識も倫理観もこっちと合うわけがないっ!!」
妻「あっちは黒人とかインディオ系とかメスティーソとかいろいろいらっしゃるでしょう?どういう方?」
一郎「全くポルトガル系みたいだよ。すると父さんの嫌いな、白人、狩猟民族ということだし。やっぱり、まぁ難しいのかなぁ」
妻「私は本人さえ良い人なら、気にしないようにできると思うけど」
一郎「難しいもんだねぇ。二本脚で歩く人類は皆兄弟とは行かんもんかな。日本精神なんて、二本脚精神に宗旨替えすればいいんだよ。言いたくはないけど、天皇大好きもどうかと思ってたんだ」
男「馬鹿もんっ!!日本に生まれた恩恵だけ受けといて、勝手なことを言うな。天皇制否定もおかしい。神道への冒涜にもなるはずだ。マホメットを冒涜したデンマークの新聞は悪いに決まっとる!」
一郎「ドイツのウェルト紙だったかな『西洋では風刺が許されていて、冒涜する権利もある』と言った新聞。これは犯罪とはいえない道徳の問題と言ってるということね。ましてや税金使った一つの制度としての天皇制を否定するのは、誰にでも言えなきゃおかしいよ。国権の主権者が政治思想を表明するという自由の問題ね」
妻「私はその方にお会いしたいわ。今日の所はハナコにそう言っといて。会いもしないなんて、やっぱりイブさんが泣くわよねぇ」 
男「お前がそいつに会うことも、全く許さん! 全くどいつもこいつも、世界を知らんわ、親心が分からんわ、世の中一体どうなっとるんだ!!」
と、男は一升瓶を持ち出してコップになみなみと注ぐと、ぐいっと一杯一気に飲み干すのだった。


(当ブログ06年4月7日  初出。そのちょっと前に所属同人誌に載せたもの)
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モウリーニョとグァルディオラ(2)  文科系

2018年10月04日 12時07分43秒 | スポーツ
 これも、訳あって旧稿の再掲です。このエントリーに付けた二つのコメントも末尾に掲載しました。この二人の名監督のその後などを観ていくと、世界サッカーの流れがよく分かると自負しています。
 この下記エントリー自身も、今年9月9日に旧稿を再掲したものですが、前日8日にその1があります。


【 モウリーニョとグァルディオラ(2)  文科系

 昨日のこのエントリーが好評だったので、その2を載せることにした。この名監督2人が初めてチャンピオンズリーグで出会った時の観戦記である。モウリーニョ・インテルが奇跡の優勝を遂げた時の準決勝2戦のそれを、旧稿の再掲として載せる。


『 バルサが負けた、1対3で!  文科系  2010年04月21日 | スポーツ

 本未明、ヨーロッパ・クラブ・チャンピオンズリーグ準決勝戦の第1戦で、スペインのFCバルセロナが1対3で破れた。相手はイタリアはミラノのインテル・ミラノ。

 前半早く20分ほどでペドロの得点があって、「やはりバルサの勝利かな」と思ったもの。インテルが多くチャンスを作っていたのに、バルサが数少ないチャンスを生かしてあっさりと得点してしまったからだ。バルサ左サイドバックのマクセルが敵陣右側深くに回り込み侵入をした折り返しから生まれた得点だった。インテル側右ゴール近くまで入り込んだそのスピードの鮮やかなこと! ところがところが、その後のインテルの反撃が凄かった! 10分後にスナイデルの得点。後半には、マイコンとミリートだ。インテルの勝因、その印象を語ってみよう。

 ボールポゼッションはバルサが6割を越えていたはず。しかし、インテルの守備が固い。ラインがガッチリしていて、球際に強いのである。まず、なかなかゴール前へ行けない。たまに、フリーでシュートか!と思っても必ず足が出てくるので、バルサがなかなかシュートに持ち込めない。なお、準々決勝でアーセナルを負かした立役者・メッシが徹底的に押さえられていたのも印象に残った。彼の特徴である速いドリブルに入る前に止められていた感じだ。こうして、シュート数はインテルのほうがかなり多かったと思う。
 この、インテルの得点力は、こんな感じ。バルサ陣営近くへの走り込みが速く、そこへのスルーパスが非常に鋭かった。これが、何本も何本も通る。スピードに乗って上手く抜け出すのだが、それへの縦パスの速く、上手いこと。もっとも結果として、オフサイドも圧倒的にインテルの方が多いのだが。

 第2戦はバルセロナ・カンプノウ競技場での闘いだが、僕は2戦合計でインテル勝利と見た。このチームを0点に抑えることは無理であると思うからだ。ちなみに、本年度グアルディオラ・バルサが3点も取られたゲームはないそうだ。去年全体でも1ゲームだけとか。
 インテルは強い。そして、監督のモウリーニョはやはり凄い。この監督のチャンピオンズリーグ実績を見れば余計にそう思う。ポルトガルのチームで1度ここで優勝し、イングランドのチェルシーでは2度もこの決勝戦まで進んでいる。』


『 バルサのCL敗退を観た  文科系 2010年04月29日 | 小説・随筆・詩歌など

 昨夜、否、今朝未明、バルサ・インテル戦を観た。3対1でインテルが勝った第1戦とほぼ同様のゲームだった(4月21日の拙稿参照)。が、あれ以上にバルサ「攻勢」、インテルの守りと、一種地味だが、まー凄まじいゲームだ。ゲームの数字を観ると、保持率は73対27、シュート数は11対1(だったかな?)。まーほとんどインテル陣内で競り合っているのだが、危ない場面が意外に少ない(こういうのを、日本の守備陣に学んでほしいものだなー)。それも前半30分ほどからのインテル、10人で戦ったのである。レッドカードでモッタが退けられたからだ。
 結果はバルサの1対0で、2ゲーム合計2対3。バルサ敗退! ただ、今回のバルサ1得点は、明らかに得点者ピケのオフサイドだったと思う。一度オフサイドラインを破っていて、ちょっと戻って出直したときにもなお割っていたのだが、それを審判が見誤ったのだと僕は確信している。


 90分間のほとんどが、こんな実況放送になろう。
①バルサがインテル陣営に3分の1ほど入って横にボールを回している。インテルはゴール前に1列、その前に1列と、計8~9名でおおむね2本のライン・ディフェンスだ。バルサのボール保持者には、インテルの誰かが必ず前に出て来て、プレッシャー。バルサ保持者が替わるたびに、インテルの違う選手が後ろから急いで走り出てくるといったやり方である。

②バルサの縦パスが、ほとんど入らない。縦前方の味方が常にきっちりマークされているらしい。メッシがたまにドリブル縦突破を試みるが、これはインテル前ラインを中心とした2~3人に囲まれて後ろラインにすら届かずに、まず沈没、アウトだ。ただメッシの動き出しの早いこと、緩急の差の大きいこと。これを抑えるインテル選手は全員足も速いのだろうが、多分、メッシを抑えるべく動いていく位置、コースがよいのだと思う。
 以上の結果として、バルサはこうなる。結局ボールをサイドに流すしかない、と。

③そのサイドもなかなか中へは入れない。基本のマンツーマンが厳しくて、最終ラインに届かない。下手に大きな、あるいはトリッキーなドリブルなどに出ると、ちょこんと足が出てボールを掠め取られる。また、②、③どちらの場面でも、バルサが裏を狙うことはまずない。これはバルサのポリシーなのか、インテルのオフサイド・トラップが上手いのか。第1戦と並べて考えると多分、バルサのポリシーなのだ。「美しいサッカー」の感じ方? 
 こうして、横から破った際どいシュートというものさえもが、ほとんどない。前半のシュート数が7対0だったが、枠に飛んだのは確か1本だったはず。

 結論である。グアルディオラ・バルサの完敗だと思う。インテルのカウンターが冴えた第1戦。1、2戦ともに鉄壁のインテル守備陣。全員守備なのだが、特にボランチを中心とした中盤守備陣をば、あのバルサが怖がっているようにさえ見えた。これは僕の気のせいではないと思う。

 誰がこんな結果を予想したろう。世界の識者たちもほとんどバルサ勝利を信じていたはずだ。ポルトガル人、ジョゼ・モウリーニョ監督。勝利の瞬間には端正な容姿を直立させ、スタジアムの一角に上向きの眼光を投げて、長くフリーズ。頭上に突き出した両手はVの字を作り、2本の人差し指がまた「1」になって天を突いている。事実上の決勝戦に勝利した歓喜を、体全体で静かに表しているようにも見えた。が、その目、眼光が違った。あれは「イッテイル」者の目。一種狂気になっていたのだと見た。物凄い野心家なのであろう。

 決勝戦は、久しぶり同士。ドイツはバイエルンとである。ロッベン、ファンボンメル、オリッチでも、この鉄壁は破れないと見たがどうだろう。深夜3時半からシングルモルト・ボウモアを注文したのに、1000円だけでこれだけ楽しませてくれたスポーツバー、グランスラムにも感謝。決勝戦もここに来ることになる。』】



【 その後、攻めの時代へ・・ (文科系)2018-09-22 11:36:45 
 このエントリーにあるように、2010年ちょっとまでの世界は、モウリーニョの天下であったと言える。モウリーニョと言えば、守備とカウンターの名監督。それが、急に時代が変わっていったらしく、勝てなくなってきた。まず、グアルディオラ・バイエルンに。次いで、イギリスに行ってもチャンピオンンズリーグなどが思わしくない。
 こういう近年の歴史に、ドルトムント旋風とその影響があったのだと、ここにもそういう変化を書いてきたわけだ。守備から攻撃への速い転換から得点する方法。これである。

クロップの事 (文科系)2018-09-22 17:13:56
 チャンピオンズリーグでも一時ドルトムント旋風を起こしたご本人、ユルゲン・クロップが大変身を遂げていると、僕は観ている。現在のリバプールは、5ゲームで5勝してグアルディオラ・シティと同率首位というだけでなく、チャンピオンズリーグでもネイマールなどを大金かけて集めてきたパリ・サンジェルマンとの第1レグに勝利を納めた。

 また、プレミア1位の内容が、クロップ的ではないという意味で目立っている。得点11で3位、失点2は1位なのだ。従来のクロップのチームは、失点も多い代わりに得点がダントツ1位で勝ってきたのだから、よい意味でどうしちゃったんだろうというわけだ。5勝の対戦相手にはトットナムとか、レスターもいた。

 今年のリバプール、とても楽しみだ。ガルディオラやモウリーニョ相手でも、失点を少なくできるのだろうか。】
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