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中日新聞紙面批評(2)  文科系

2018年10月10日 12時20分37秒 | 文化一般、書評・マスコミ評など
 9月24日の同じ題名のエントリーに付けたコメントをご笑覧に供することにした。掲載順に載せる。デフォルメされ、強調して書いているが、これは問題を分かりやすくするため。以下の批判を持ちながらも、この新聞への僕の実際の評価は結構高い。毎日新聞とか、次は朝日新聞とかを取っていた時期も長かったのだから。以下の転載に当たって、補足修正した部分もある。


『 スポーツ哲学が弱い (文科系)2018-10-06 11:01:21
 本日6日「スポーツ哲学が弱い日本」というエントリーを書いた。このエントリーの岡田武史や古田敦也の表現を使えば、アマチュアリズム体育と「芸能のようなプロスポーツ」しかない日本と言い換えても良いだろう。新聞も同じように見える。文化・芸術としてのスポーツ、国民皆スポーツ、生涯スポーツの観点がない。

 文化、芸術を鑑賞するというだけの観点は、芸能を観ているようなもの。それを見せる人は興行主だ。新聞社がやっているテレビでも、芸能としての野球の興行主という方針、自覚が大部分なのだろう。相撲のようにやる人が僕らの学生時代などに比べてずっと少なくなっているスポーツはやがては廃れるのに、やる人がこれよりもずっと多いスポーツが全く軽視されている。国民皆スポーツ、生涯スポーツという公共性に欠ける。』

『 アスリートは早死にするが・・・ (文科系)2018-10-07 11:45:22
 スポーツ鑑賞の視点ではなく、やるスポーツ、国民皆スポーツ、生涯スポーツという観点から一言。
 標記の言葉、知識は、循環器などの医者の間では既に常識になっている言葉。
 特に、無酸素運動専門のような人が、活性酸素対策を教えられていないようなケースで、この言葉が当てはまるのではないか。僕のジムにも多くいる、走らないで筋肉を鍛えようというだけのウエートトレーニング専門の方々がこれに当たるだろう。脂肪が剥がせないから、太い筋肉も鋭角的には見えず、若いのにはっきり言ってただのデブである。10キロ程度走れるようになるのはそんなに難しいことではないのに、方法が分からないから諦めているように見える。
 相撲取りは流石に筋肉(と脂肪)の塊、ただのデブでは到底ないのだが、引退後対策をきちんとしている人がどれだけいるのか。だからこそ、相撲取りはみんな早死にとは、誰でも知っていることである。
 と、こんなスポーツをこの現在あるがままで若い人に勧めるのは罪だとさえ、僕は言いたい。今時にタバコを教えているようなものではないか、とさえ。国民皆スポーツ、生涯スポーツの時代なのだから、特にそう言いたい。

 例えば、マスコミが大相撲記事を載せる時、相撲の勧進元のような興行的観点ではなく、上のような「公共的観点」をも書いて欲しいものだ。
 そしてもう一言、生涯スポーツという公共的観点から言えば、相撲人口とサッカー人口とを公平に見ながら、それらの記事配分を考えて欲しいものだ。

 他の事だが、僕は日本芸能の家元制度が大嫌いである。尺八吹きの名取りの友人が、こんなことを言われていた。「師匠の第一の高弟である」と自負するお方だが、「師匠が死んだらあの2世を「我が師」と呼ぶのかナー!?」と。
「和楽器の大元締めは能楽師。大変な権力である」。
 いずれもぜんぜん芸術の世界らしくない、嫌な行事、所作、状態ばかりを連想させるものだ。
 日本の芸能マスコミはこんな点をどう考えているのだろうか? 何の信念、哲学もないように思える』

『スポーツマスコミの地方性 (文科系)2018-10-09 03:52:12
 中日新聞を読んでいると、「スポーツの地方性」なるものをいつも考えざるを得なくなる。野球はドラゴンズで、サッカーはグランパスの記事しかないと言って良いから。このファンが圧倒的に多い事は分かるが、それも関わって中日新聞がこれを後援しているからだという側面があると考えた。つまり、「投資している分、その元金も取らなきゃ」という「共存共栄」の感じがする? が、これは自社利益というだけのこと、公共的観点ではない。愛知県記事4面、國際記事1面とちょっとというのと同じ考え方だ。

 さて、ドラゴンズやグランパス応援じゃないサッカーそのもの好きには、全く面白くないスポーツ面だ。そもそもドラゴンズの勝ち負けが全ての新聞になっている。野球好きだけでスポーツ好きは切り捨て、それもドラゴンズ好きだけで野球好きは切り捨てということになってはいないか。そもそもこれは、失礼である。

 ちなみに、こんな視点で五輪の記事はどう書くのだろう。愛知県出身の、東海地方出身の選手に焦点を当てる?

 以上につき、僕にはこんな感じさえする。 
 相撲には、「西○○。××県出身」って、野球にはないよね。「3番長島。千葉県出身!」なんてね。それと同じ事を新聞がやってるんじゃないか。相撲のこれは、各藩があった徳川時代の名残なのではないか。 

 まとめとして、国民皆スポーツとか、生涯スポーツとかの観点が皆無だから、こんな事になっているのではないか?』

『事ほど左様に・・・ (文科系)2018-10-09 04:46:45
 以上書いたように、こんなに旧態依然な哲学、編集方針では、新聞は斜陽になるはずだ。

 斜陽になれば、重視していない部分の金を削るだろう。「地方性には金をさくから、国際性は倹約する」とか、「古典芸能や相撲、ドラグラは変わらぬ体制で・・・」とやっているから「文化、スポーツをやる人、やる記者」等新分野が軽視されているのではないか。これではじり貧だと思うがどうだろう。相撲、能楽のような狭い趣味とか、宗教の古いお説教趣味も持った年寄りだけの新聞。ネットに負けるはずだ。

 僕と同じ千種区に住んで家庭を持っている、二人の子どもも新聞は取っていない。こんなに新聞を隅々まで読む僕の子らなのに。ただし40代初めの彼らは、ネット検索は凄くやっている。』

コメント (8)
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