Sixteen Tones

音律と音階・ヴァイブ・ジャズ・ガラス絵・ミステリ.....

核燃料サイクル という迷宮

2025-01-17 10:03:56 | 読書

山本義隆「核燃料サイクル という迷宮 - 核ナショナリズムがもたらしたもの」みすず書房 (2024/5).

出版社による紹介*****
日本のエネルギー政策の恥部とも言うべき核燃料サイクル事業は、行き場のない放射性廃棄物(核のゴミ)を無用に増やしながら、まったく「サイクル」できないまま、十数兆円以上を注いで存続されてきた。本書は核燃料サイクルの来歴を覗き穴として、エネルギーと軍事にまたがる日本の「核」問題の来し方行く末を見つめ直す。

日本では、戦前から続く「資源小国が技術によって一等国に列す」という思想や、戦間~戦中期に構造化された電力の国家管理、冷戦期の「潜在的核武装」論など複数の水脈が、原子力エネルギー開発へと流れ込んだ。なかでも核燃料サイクルは、「核ナショナリズム」(疑似軍事力としての核技術の維持があってこそ、日本は一流国として立つことができるという思想)の申し子と言える。「安全保障に資する」という名分は、最近では原子力発電をとりまく客観的情勢が悪化するなかでの拠り所として公言されている。

著者はあらゆる側面から,この国の「核エネルギー」政策の誤謬を炙り出している。地震国日本にとって最大のリスク・重荷である原発と決別するための歴史認識の土台、そして、軍事・民生を問わず広く「反核」の意識を統合する論拠が見えてくる労作。*****

1/13 日付で紹介した「プル子よさらば」の序文で,著者は反語的ではあるが,愛国心を標榜している.その底にあるのは,核ナショナリズム...疑似軍事力としての核技術の維持があってこそ,日本は一流国として立つことができるという思想であろう.

この「核燃料サイクル...」には石破茂の発言が紹介されている.「原発を維持すると言うことは,核兵器を作ろうと思えば一定期間のうちに作れると言う <核の潜在的抑止力>になっていると思います.逆に言えば,原発を無くすということはその潜在的抑止力を放棄することになる」2011 年 10 月「SAPIO」.ノーベル賞を受賞した被団協代表が首相との面会で,核禁条約への姿勢を批判していたが...

このように本書の論拠は,誰にも手に入る新聞雑誌記事である (ただし戦前にまで遡る例もある).特に新しいことが書いてあるわけではない.でも地球温暖化への原発の効用 (がないこと) あたり,教科書的にも役に立ちそう.
核エネルギーという沈没必至の泥舟に日本が乗っていることについて,具体的な解決策が示されていないことに共感した.

学生時代に 16 トンが薫陶を受けたのは,高木仁三郎,水戸巌,古川路明 (敬称略) といった方々であって,山本氏は優秀なアジテータという認識であった.それ以来氏の著書も敬して遠ざけていた.もっと読みたいかと聞かれると,読みやすくはないな と躊躇する.文章に往年のタテカンを思い出させる部分があるのがご愛嬌.

ひさびさの みすず書房の本はやはり美しい.

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プル子よさらば

2025-01-13 21:02:40 | 読書

山中与三郎「プル子よ さらば : プルトニウムとともに生きた男の戦いと挫折」牧歌舎 (2010/3).

著者は大学サークルの先輩で,先日訃報に接した.6年の差があり,著者の謦咳に直接 接する機会はなかった.山中...はペンネーム.軽水炉プルトニウム燃料の国産化のいきさつを,現場の技術者の立場で書いている.企業名や登場人物の名前は変えてあるようだが,ぼくには判らない.プルトニウムはプル子と表記されていて,Tさん,Q子などと本書に現れる女性たちと同列に扱われている.予期に反し全体量の 1/3 くらいは女性と家庭の話であった.

著者は「もの作り」すなわちブルとニウム燃料を製造することで,日本のエネルギー自給の推進に挑戦する.この戦いの結果は,途中までは勝ち,最後は負けであった.これは,日本からその得意とする製造技術を取り上げ,国際競争力を低下させようとする世界戦略に負けた結果である...と説く.

主な舞台は動燃であって,著者に代表される職人主義・現場主義と,それを憎悪するお偉い (著者がいうところの) 評論家軍団の対立がテーマと言っても良い.後者がプルトニウム燃料の国産中止のお先棒を担いだのだ.こうした例は,日本のあらゆる分野で見られ,現代の技術の空洞化と地盤沈下を招いたのだろう.

下世話だが,動燃内部の出世競争と足の引っ張り合いが面白い.東大対京大,大学出対高卒も対立軸である.
全体に自慢話が鼻につくが,そこがご愛嬌でもある.
高速増殖炉の可否,各エネルギー利用の可否といった高邁な議論には無縁.プル子という芯がなかったら,単なるサラリーマン小説に終わっていたところ.

大先輩の著書に勝手なことを申し上げました.お許しください.

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梅崎春生ミステリ短編集

2025-01-02 20:58:58 | 読書

「十一郎会事件」梅崎春生ミステリ短編集,中公文庫 (2024/12).

梅崎春生,梅が咲いて春というペンネーム?が好きだが,本名はわからない.

4部構成で,第1部はシリアス系の短編.冒頭の「失われた男」は,16 トンが苦手とするジャンルで閉口したが,残り5篇はそれほどでもなかった.「師匠」は江戸川乱歩に請われて雑誌「宝石」に発表された作品.著者は会心のできとは反対で,評判も良好でなかったと言っているが,乱歩はサキなどに一脈通じる「奇妙な味」と持ち上げている.

第2部はユーモア系.表題作「十一郎会事件」を含む.ぼくが過去に読んだことのある梅崎作品は「ボロ屋の春秋」だが,あの系統.本書の「ミステリ短編集」というサブタイトルはちょっと違うが,第2部はそれでも広義のミステリと言えなくもない作品が集まっている.純文学者のミステリはつまらないものが多いが,梅崎の目指すところはちよっと方向が違い,それゆえ成功したようだ.でも4篇を続けて読むと同工異曲の感無きにしも非ず.

第3部は奇妙な味/実録物.見方によってはこの本で一番面白いかも.池上冬樹の解説によれは,ここに収められた「不思議な男」の主人公による「柾它希家の人々」なる長編があり,竹本健治・皆川博子が称賛しているとのことだ.
他に「コラムより」として 1-2 ページのエッセイがまとめられている.

 

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太田朱美(fl)土井徳浩(cl)ご夫妻ご登場

2024-12-31 09:07:05 | 読書

ジャズ研 OG でプロとして活躍中の太田朱美(fl)さんと,そのご夫君土井徳浩(cl)さんご夫妻が,お子様と Jazz on Boulevard に参加されるご意向だが,午後の新幹線で帰京のご予定.朱美さんおなじみの おぎゃたバンドのシニアメンバーと一緒に演奏していただきたいので,この際ついでにプログラムにセッションタイムを挿入する案が浮上した.

プログラムの最初の2バンドの順序を入れ替え,1SYJQ,2 おぎゃたバンドとし,2 最後に予定されているナンバー On the sunny side… から,なし崩し的に 30 分のセッションタイムに入る という趣向 ?

昨日アップしたプログラムは早くも修正された !!

動画はご夫妻共演だが,なんだか改まった雰囲気.しかし,セッションにスペインもいいなぁ!

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名作を聴く

2024-12-11 17:45:45 | 読書

ネットの青空朗読で,今まで読んだことがなかった有名作品をいくつか聴いた.

北条民雄「いのちの初夜」1936
青春エロ映画の原作くらいに思って敬遠していたが,舞台が昭和10年代の癩病院でびっくりした.癩病の記述は大迫力.現在とはまったく状況が異なる,と思う.
タイトルは罹病し入院したばかりの主人公が,ある夜「いのち」についてある夜,悟るというほどの意味.
入院中には聴かないほうがよかった.

新美南吉「おじいさんのランプ」1942
聴いてよかった! 今の自分には童話がちょうどいい⁈

ランプ屋の主人公は一時は電灯文明に反発するが,観念して本屋に転向する.現在,紙の本はデジタル文明の前にやや旗色が悪そうだが…
ストーリーに女性は不在.この時代の童話はこんなもの? 主人公の妻に出番が作れなくもないと思うけど.

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坊ちゃん

2024-12-09 08:21:25 | 読書

NHKラジオの朗読で,漱石の坊ちゃんを再読ではなく再聴.


新入社員が社内抗争に巻き込まれるサラリーマン小説.ただしここではそこに中学生たちが絡むのがおもしろい.社内ならぬ学内抗争の主体は,赤シャツと山嵐で,坊ちゃんはストーリーでは脇役である.
人物の性格が思い切り類型的なのが潔い.坊ちゃんとばあやの関係はちょっと変だが,他には女性は登場しない.マドンナも点景みたいな存在.

奸物制裁には鉄拳が必要.だから戦争は無くならない と言った趣旨の文があったと思う.

初読時は戦後食糧難の記憶が鮮やかだったので,卵をぶつけるのはもったいないと思ったのを覚えている.

これだけ馬鹿にされても,なおかつこの小説を宣伝に使う松山市は逞しい!

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太宰治「おさん」

2024-11-18 12:58:01 | 読書

また青空朗読で太宰治「おさん」.

どうしようもない夫と健気な妻の組み合わせは「ヴィヨンの妻」と同じ.おさんの名は,浄瑠璃「心中天の網島」の貞淑な妻から,らしい.
この夫は妻と3人の子どもを残し,どこかの女と心中する.

1947(昭和22)年10月号「改造」に発表.太宰の玉川上水での情死は翌 1948 年6月13日.情死は予定の行動だった?

小説のラスト(妻の一人称)を引用すると
*****気の持ち方を、軽くくるりと変えるのが真の革命で、それさえ出来たら、何のむずかしい問題もない筈です。自分の妻に対する気持一つ変える事が出来ず、革命の十字架もすさまじいと、三人の子供を連れて、夫の死骸を引取りに諏訪へ行く汽車の中で、悲しみとか怒りとかいう思いよりも、あきれかえった馬鹿々々しさに身悶みもだえしました。*****

本文中で「革命」を示唆するのは,ラジオから流れるラ・マルセイエーズを聞いてダメ夫が涙する場面.でも,妻も読者もなんのことか解らない.

とにかく自己を客観視し,妻の眼をとおしてクールに自己自身の卑怯ぶりを描いているのは確かだが,ここまで解っているのになぜ?

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太宰治「ヴィヨンの妻」

2024-11-17 16:44:46 | 読書

有名作品を青空朗読で初読,ではなく,初聴.

梗概*****
大谷は外で飲み歩き何日も家に帰らないことが多く借金を重ね、その妻である「私」と幼い子供に貧乏暮らしをさせていた。
彼は入り浸っている小料理屋の金を勝手に持ち出す.「私」は小料理屋で働くことになり,大谷は店に顔を出し続ける.そして私は次第に幸せを感じるようになる。
*****

大谷の正体が,一応の詩人・文筆家らしいことを読者は,大谷が書いた文章を掲載した電車広告を「私」が見ることで知る.文章のテーマは15世紀のフランスの詩人フランソワ・ヴィヨン.
ヴィヨンが犯罪的放蕩詩人という点で大谷と共通する.そこで作者は大谷の妻のことを「ヴィヨンの妻」に喩え,タイトルとしたらしい.

意外に明るい結末でほっとした.
ぼくの時代すでに「走れメロス」は教科書に出ていた.太宰とはああいう作風と摺り込まれたと思う.「ああいう作風」と大きく離れてはいないと思った.

カットは新潮社公式文豪グッズのひとつだそうだ.550 円!

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江戸川乱歩「一人の芭蕉の問題」「一人二役」

2024-11-17 11:25:24 | 読書

また青空朗読より,江戸川乱歩の2作.

「一人の芭蕉の問題」は 1947 年の評論.1935 年ごろの甲賀三郎と木々高太郎との探偵小説芸術論争とやらがまくらにされている (この論争はぼくにはよく解らない).
この「…芭蕉…」では乱歩は次のように言う.

*****私は一應普通文學と探偵小説とを分けて考へてゐる。人生の機微に觸れんとする時には探偵小説に之を求めないで、普通文學に親しむ。探偵小説に求むる所のものは普通文學に求め得ない所のものである。これを假りに謎と論理の興味と名づける。探偵小説に求むる所は謎と論理の興味であつて、人生の諸相そのものではない。探偵小説にも人生がなくてはならない。しかしそれは謎と論理の興味を妨げない範圍に於てゞある。*****

ここでは芭蕉は最後のページに登場する.芭蕉がその業績で俳諧を文学と認めさせたように,誰か優れた探偵小説家が出て、探偵小説を文学と認知させてくれ!ということ.
今では書店でのミステリの存在感は俳句をはるかに凌駕しているが,これは乱歩の期待に沿ったものだろうか?


さて「一人二役」は 1925 年の乱歩の小説.後年はもっぱらエログロ変格小説と少年探偵団の乱歩だがこの頃は「2銭銅貨」などの,歴史に残る本格物を次々と書いていた.
妻との生活に飽きた放蕩高等遊民 T は,別な男Sとして妻の前に現れ,ついには T を社会的に抹殺し S として妻と幸福な新生活を始める.男は妻を騙しおおせたと信じているが,妻は実は最初からお見通しだったというストーリー.

T は一度も妻と同衾したことがなかった? 小説の前提ではそうではない.さすれば別人として妻を騙しおおせることなど不可能に決まっているから,結末は意外でもなんでもない.独身男の考えること?もしかしたら乱歩は執筆時独身だった?調べたら既婚だった.
あるいは,当時の読者は礼儀?として書かれたことをそのまま受け入れたのだろうか?

ぼくはこの小説は謎と論理の探偵小説としては大愚作と思う.でも普通小説の素材と見たらどうだろう.T の視点からは S すなわち自分自身に対する嫉妬など,おもしろく書かれている.妻の視点から見たら,馬鹿みたいな夫にどこまで付き合うか,どこで知っていると勘付かせるか…人生の機微に触れることばかりのはずである.「妻と夫はお釈迦さまと悟空のようなもの」で,あっさり終わりはもったいない.
でもこの素材で普通小説を書くことは,乱歩にはできなかったのだな!

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陰翳礼讃

2024-11-13 12:42:33 | 読書

病室の友,青空朗読.試しに長いのもと思って,2時間強の谷崎潤一郎「陰翳礼讃」.何度も寝落ちしては聴き返した.

この作家は苦手で小説もほとんど読んだことがない.「陰翳…」も聴く前には,小説か評論かエッセイか,知らないつもりだったが,聴き出したら聞いたことがあることばかりと思ってしまった.あちこちで原文が引用されてるせいだろう.
でも,達意の文章で,聴いただけでよくわかった.リズムがよく,確かに朗読向き!

和洋の比較例としてトイレと浴室が優先して取り上げられる.でもトイレという言葉は,当然だが使われない.西洋式腰掛便器はもちろん蚊帳の外.しかし陶磁器(プラスチック)と肉体に囲まれた陰空間で動作するウオッシュレットは,執筆が現代だったら礼賛の対象になりそう!

 

もう一編.太宰治「メリイクリスマス」が収穫だった.戦争をはさんで再会した母娘,と思ったら,母は広島空襲で亡くなっていた.原爆という字が出てこないところが太宰らしい? それとも 1947 年という発表の時点では,広島 イコール 原爆 という短絡が今ほど一般的ではなかった?

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