「本をつくる 書体設計、活版印刷、手製本 -- 職人が手でつくる谷川俊太郎詩集」河出書房新社(2019/2).
図書館で借りたのだが,おもしろくて,読みかけのミステリを後回しにした.
表紙には 書体設計士:鳥海 修,嘉端工房:髙岡 昌生,製本工房:美篶堂 の3つの名前がある.嘉端 (かずい) 工房は組版と活版印刷が専門.美篶 (みすず) 堂からは3人の技術者が登場するので,まとめて社名ですませたのだろう.なお鳥海の所属は字游工房.本書の取材・文 永岡 綾とあり,この方が実質的な著者かもしれない.
また表紙には 企画・監修 本づくり協会 の文字もある.発端は本づくり協会の機関紙の編集会議で,「一編の詩のために文字をつくる」ことが企画されたこと.こうして作られた文字のために谷川俊太郎が詩を書き,それが英訳とともに活版印刷され,谷川俊太郎「私たちの文字」という本になる過程がこの本で示される.
書体設計,組版・活版印刷,製本の三部構成.それぞれで作業の記述と,担当する技術者へのインタビューが交互に現れる.
書体設計のページの比重が大きい.本のためにひらがなとカタカナが新しく作られる.一応の下書きをもとに硯で磨った墨を筆につけて書いた文字が出発点になる.三つの原案から選んだ一つを洗練させていき,完成までは墨入れから半年.
漢字の字体の設計にまでは踏み込まないが,それでいいのだろうか...詩に現れる漢字の数は限られるのだから,漢字も設計すればいいではないか...というのが素人の感想.
こうして設計された文字を金属活字化することは今の日本ではもはや不可能.ここでは樹脂版が用いられる.組版の段階で漢字・かなの大きさの比率が最適化される.欧文の組版はこの工房の専門とするところのようで,Baskerville という活字が選ばれる.あのシャーロック・ホームズのバスカヴィルだ...関係ないけど.
このようにできた製本は蛇腹綴じで,英部と和文が裏表.表紙が和紙のものが450部,皮のものが50部つくられた.ここで話題にしている河出新社本と,詩集の2冊がひとつの箱に入って,定価8000円だそうだ.本ができる過程を知ってしまえば,この定価は高くないと思う.でも,この本は買わないな.
蔵書家のお宅でこの詩集を美術品として鑑賞したいとは思う.しかし谷川俊太郎の詩が個人的に好きかと言われると,そうでもないので,大金 ! を投じて購入する気にはなれないのだ. 本書の「おわりに」に「もしあなたが「私たちの文字」を手にしたら,きっと読み始めた瞬間から,鳥海さんのことも,髙岡さんのことも,美篶堂のことも忘れ,詩の世界に没頭するだろう」という文章がある.谷川の詩に自分は没頭できるかな? と思ってしまう.
谷川俊太郎は本書に登場するが,それを英訳したひとが本書ではまったく無視されているのが不満.