「八犬伝の世界 - 伝奇ロマンの復権」中央公論新社 (中公新書 1980/11)
「完本 八犬伝の世界」筑摩書房 (ちくま学芸文庫 2005/11).
書棚にあるのは中公新書版.文庫版に対する Amazon のレビューに曰く
*****新書版は作者の意向により絶版となったとのこと.文庫版「完本」では,新たに加筆・改訂された分量の方が原著そのままの部分よりもはるかに多く,章立てまでも変わっている.別の本といってもいいくらい印象が違う.新書版を読んだ方が買って損はない.むしろ新書版を愛読した人こそ,まず買うべきといってもいい.*****
曲亭馬琴 1767-1848 が八犬伝を書いたのは 1814-1842,47 歳から 75 歳までの 18 年間.南総里見八犬伝は,発端 / 犬士列伝 / 管領連合軍と里見軍の大戦 の3部構成だが,ぼくがかって講談社の子ども用ダイジェストで読んだのは,犬士列伝のハイライトだった.
(「富士に立つ影」の) 白井喬二による八犬伝の現代語訳が河出文庫にある.Wikipedia によれば,この訳は前半はほぼ全訳だが,後半に行くほど省略が進み,終わりの方はガス欠に陥ったと見え,ほとんど筋書きに近いという.そのため原典は岩波文庫で 10 巻なのに,河出文庫 上下2巻 (2003) である.
山田野理夫訳 全8巻 (太平出版社 1885) は全訳だが,Wikipedia は児童書だと言う.原作のエロ場面がどうなっているか興味がある.入院の徒然に,図書館で借りるつもり.
江戸の読み本では作者が原稿とともに挿画の下絵も描いて絵師に渡したと言う.馬琴の詳細な下絵を「明治文学の彩り」
の中で島崎藤村などの下絵とともに見た覚えがある.新書版「八犬伝の世界」は,馬琴による八犬伝初輯 (しょしゅう) 口絵「八犬士髻歳白地蔵之図」に対する著者の問題意識から始まる.残念ながら新書版の絵はどれも小さくてよく分からない.
忠実な現代語訳を出版するとすれば,挿画も収録すべきだろう.その際,現代人に解りやすく描きなおしてくれればありがたい.
高田 衛によれば,伏姫をヒロインとする「発端」が以後の八犬伝のストーリーを拘束している.登場人物の名前・行動は全てといっていいくらい,馬琴が研究した古今東西の文献と関係づけることができる.
「BOOKデータベース」の「完本 八犬伝の世界」の項にあるように
*****伏線は錯綜し、仕掛けは曲折して、作品全体がいわば一個の巨大な図解宇宙誌の観を呈する。謎は多く、秘密は深い。読者に最高度の学識と想像力を要求するこの種の作品を堪能するには、手練 (= 高田 衛) の周到な読みを俟つにしくはない。*****
ということになる.
どこか 中野美代子「西遊記―トリック・ワールド探訪」 (岩波新書) を思わせる.
もちろん「犬士列伝」では執筆に際しおもしろくするために馬琴は趣向を凝らしたはずである.芳流閣の決闘,庚申山の妖猫退治などは,馬琴が比較的自由に書いた部分であり,そうした部分だけが現在も愛読されているのかもしれない.
中里介山「大菩薩峠」は 1913-1941 の執筆 28 年でついに完成しなかった巨編だが,そこでは登場人物が作者の束縛を離れ,勝手に動き回ってストーリーを作っていった感がある.国枝史郎はもっとでたらめだ.
馬琴は初期条件も境界条件も決めて完成までそこから逸脱しなかった.大正 - 昭和の小説では,著者は初期条件しか決めない.馬琴の時代に比べると,自由と言おうか無責任と言おうか...
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