【安倍元首相銃撃事件】:拘置所へ支援金殺到も反応薄く…山上徹也被告の「心の闇」は初公判で明かされるのか
『漂流する日本の羅針盤を目指して』:【安倍元首相銃撃事件】:拘置所へ支援金殺到も反応薄く…山上徹也被告の「心の闇」は初公判で明かされるのか
◆謎だらけの事件
「韓鶴子(世界平和統一家庭連合=統一教会)総裁の殺害計画を諦め、安倍(晋三)元首相にターゲットを替えて実行するまでに3年近くの歳月を要している。その間、誰にも相談せず単独で準備を重ねたとは思えず、共犯もしくは支援者がいるのではないかと思って調べたのですが、見つかっていません」
安倍晋三殺害事件を追い続ける在阪の社会部記者がこう漏らす。
約半年という異例の長期鑑定留置を経て、山上徹也容疑者(42歳)が殺人罪などで起訴される。「騒動の鎮静化を待つ」という検察の思惑は当たり、統一教会がすべての元凶であるかのような報道は、昨年末に被害者救済新法が成立したことでひと段落した。今後、検察側と弁護側が論点整理をし、争点を絞ったうえで年内にも行われる裁判員裁判での初公判に臨む。
この間、大阪拘置所での山上の様子は、接見を許された妹が元弁護士の伯父に語り、対外窓口となった伯父の口からメディアに伝えられるだけだった。山上は、「塀の外」の喧噪をさほど気にする様子もなく、全国から100万円を超える支援金が集ったことを聞いても反応が薄いという。
2022年7月8日午前11時31分、筒状の銃身を粘着テープで巻いた手製の銃で安倍元首相に向けて2発の銃弾を発射した山上は、直後、警察官に仰向けで押さえつけられ、抵抗することなく空虚に目を見開いていた。
2019年10月6日、愛知県常滑市で開催された統一教会のフェスティバルに火焔瓶を持って乗り込もうとして果たせず、韓総裁から安倍元首相へと切り替えたという“飛躍”を含め、この事件には謎が多い。
ネット上では「山上の発射角度と安倍入射角度の違い」から第三者による発砲説が流れているし、冒頭のように誰にも頼らず相談せず、冷静に事を運べるだろうかという疑問から、支援者の存在を疑う向きもある。
半年を経て新たな事実が出てこない以上、いずれも「想像の範囲」でしかないが、そうなれば統一教会に全財産をぶち込み自己破産した母親に人生を狂わされて以降、20数年間も怒りを内包し、それが日本で最も著名な政治家を銃撃するという単独犯としての“狂気”につながったというしかない。
この計算外、常識外の行動は、「統一教会という特異なカルト集団が引き起こした2世信者問題」という一般論に閉じ込めてはなるまい。すでに一般論は、野党、被害者弁護団、脱会・2世信者、マスメディアなどの共闘でさまざまに論じられ、救済新法として不十分ながら政治決着した。
今後は、公判などを通じて山上が抱える「心の闇」に迫ることで、山上の個別事情を社会が抱える構造問題の解明へと“昇華”させるべきだろう。
◆無縁社会とロスジェネ世代
山上は、バブル崩壊後の就職氷河期に直面したロストジェネレーション(失われた)世代である。その頃世界は、ソ連崩壊で自由な民主主義社会の勝利を確信し、それは株主価値が全てに優先する新自由主義につながった。効率的な経営形態として非正規雇用が推奨されて環境が整備され、落ちこぼれは自己責任原則のもと無視された。
父の自殺と母の統一教会への入信による家庭崩壊で、奈良県有数の進学校に通いながら大学への進学を断たれた山上は、自衛隊での自立を選択したものの自殺未遂を犯し、軌道修正は果たせなかった。測量士補、宅地建物取引主任者、ファイナンシャルプランナーなど、“地頭”の良さを生かして免許や資格を取得するのだが、正社員への道は遠く8回も転職を繰り返している。
ロスジェネ世代という共通項に加えて統一教会2世という個別事情。さらに時代は、昭和から平成へと移るうちに無縁社会化していった。孤独と孤立が進行する社会である。
天皇制のもと思想宗教教育などがすべて統制されていた太平洋戦争の終結後、国民は与えられた民主主義を謳歌、戦後復興で企業は勢いを取り戻し、そこでは権利擁護の労働組合が強い力を持った。伝統宗教に飽き足らない人たちが新興宗教に走り、部落解放同盟のような人権団体も運動を強化した。
一方で戦前から続く地域コミュニティーは祭や町内会活動として継続し、家父長制や男女格差は女性に参政権が与えられても残っていた。つまり国民は、家庭や地域、会社や組合、方向性を同じくする運動団体や宗教団体の構成員として、いずれかに所属していた。それはしがらみを生じさせ自由を阻害したが、「血縁」「地縁」「社(会社)縁」という“絆”に守られるものでもあった。
農村から都市への人口移動が終わり、経済成長も止まって核家族化が進行すると、家庭や地域や会社の縁も薄まっていった。それは自由をもたらしたが、代償として能力的にも性格的にもうまく立ち回れない一群の人たちを孤独と孤立に追いやった。それはロスジェネ世代を生んだ新自由主義の流れと時期を同じくしている。
山上は無縁社会を生きるロスジェネ世代だった。しかも無縁といっても、「地縁」「社縁」が薄くなっても「血縁」だけは切れないなか、父の自殺、母の入信、兄の自殺と家庭が崩壊していった山上にとって、今も信仰を止めない母との「血縁」は、疎ましいものでしかなかっただろう。
「縁」を持たない山上の心情を知るには、19年10月に開設され、事件直前の22年6月末に閉じられた山上のものとされるツイッターを辿るしかない。
1363のつぶやきは統一教会への批判を繰り返しているのは当然として、対象範囲は国際情勢、国内政治、経済情勢、安全保障、皇室、社会事件と幅広く、知的レベルの高さを感じさせるものだった。
一方で、保守的でネット右翼的な発言は多いが、安倍元首相への評価と批判が交錯する部分があり、殺害動機が見えてこない。集団的自衛権を容認、憲法改正に賛成する山上は安倍路線に共感するはずだが、統一教会を政治に呼び込んだ祖父・岸信介以降の安倍家三代を許すことができない。その“揺らぎ”が、自民支持だが非主流派の石破茂を評価するなど一貫性を欠いたものとなっている。
端的に心情を知る手がかりは映画『ジョーカー』に対する共感だろう。
ピエロを職業とする白人男性・アーサーが、社会から孤立して困窮、母親のウソに気付いて母への信頼を失い、ふと手に入れた拳銃で殺害を繰り返し群衆の暴動を扇動していく。アーサーの孤独を知る山上は、「ジョーカーという真摯な絶望を汚す奴は許せない」と綴った。アーサーの暴力肯定は、堕ちていった者の再生を阻む社会への怒りと重なり、襲撃に正当性を与えたのかも知れない。
◆「誰もわかってくれない」
SNSはコミニュケーションツールだが、山上のツイッターにフォロワーは数人しかおらず、言葉をやり取りする場ではなく、孤独な意見表明の場だった。その長く蓄積された孤独は深い孤立を生み、容易には解消しない。山上は拘置所生活を淡々と受け入れていたようで、殺害をやり切った達成感も今後を憂慮しての絶望感も伝わってこない。
孤独・孤立の研究に取り組み、『孤立の社会学』『孤立不安社会』などの著作がある早稲田大学文学学術院文化構想学部の石田光規教授は、山上の状況をこう推し測る。
「(襲撃事件に)世間は騒ぎ、統一教会にも2世問題にも注目は集った。しかしそれが彼の満足につながったかどうかはわからない。そもそも自分の内面を外に出すことを遮断してしまっている。それは『誰もわかってくれない』という諦めの境地からです。むしろ『自分に構ってくれるな』と思っているのではないでしょうか」
それだけ絶望は深い。鑑定の専門医の質問に「うんざりしている」と漏らしているのも、「何を話してもわかってもらえない」という“投げやり”の裏返しでもあろう。
新自由主義経済によって分断が進み、「縁」が薄れて索漠とした時代になることの危険性は、20年以上前からヨーロッパで認識され、ソーシャルインクルージョン(社会的包摂)という形で対策が取られてきた。貧困を始めさまざまな理由で社会から落ちこぼれる層を抱え込むことにより、社会を安定化させようという取り組みだ。
イギリスでは2018年1月、孤独担当相を設置し、孤独・孤立に放置される層をなくそうとしている。日本も危機は認識しており、21年2月に世界で2番目の孤独・孤立担当相を置いた。
21年12月、「死ぬときぐらい注目されたい」という検索履歴を残していた谷本盛雄は、自身が通っていた大阪・北新地の診療クリニックに火をつけて、見知らぬ26人を道連れに「拡大自殺」を実行した。
縁なく職なくカネもなく、失うもののない「無敵の人」は怖い。山上もまた統一教会という特殊性を除けば、谷本と同じ「無敵の人」であり、その予備軍は少なくない。
小倉将信・孤独・孤立担当相のもと内閣官房に置かれた孤独・孤立対策担当室の有識者会議メンバーでもある石田教授は、具体策について次のように述べる。
「簡単に解決できる問題ではありません。ただ問題の認識と解決は早いほどいい。山上容疑者がそうであるように、諦めの時間、沈黙の時間が長いほど、解きほぐすのは容易ではない。必要なのは、孤立を抱えた人が24時間いつでもどこでもつながる場所や相談相手を確保することです」
分断を生む社会体制の修復と人を孤立に追い込まないための体制の確立。公判を通じた事件の解明と、再発防止のための方策の双方が求められている。
元稿:現代ビジネス 主要ニュース 社会 【事件・担当:伊藤博敏 ジャーナリスト】 2023年01月12日 07:03:00 これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。