【社説・08.07】:岸田首相と8・6 核なき世界への針路、再考を
『漂流する日本の羅針盤を目指して』:【社説・08.07】:岸田首相と8・6 核なき世界への針路、再考を
「核兵器のない世界」の実現を繰り返し唱えても、厳しい国際情勢との乖離は広がるばかりだ。岸田文雄首相はきのう広島市であった平和記念式典などに出席したが、被爆地の思いとの乖離(かいり)も鮮明になった。
式典後の記者会見の発言には驚かされた。米国が核兵器を含む戦力で日本防衛に関与する「拡大抑止」について、「国民の命や暮らしを守るため大変重要」と評価した。さらに、その評価が核なき世界を目指す道筋に逆行しないとの認識も示した。東アジアの安全保障環境は確かに厳しい。しかし、米国の差し出す「核の傘」をありがたがっていて、核廃絶に向けた議論を主導できるのだろうか。
被爆者7団体が連名で首相に提出した要望書は怒りに満ちていた。
昨年の先進7カ国首脳会議(G7広島サミット)でまとめられた核軍縮文書「広島ビジョン」が、核抑止論を肯定していることに落胆が収まらないと表明。5月に米国が実施した臨界前核実験に抗議しないのは核なき世界を目指す姿勢と矛盾すると指摘した。
被爆者の不満の背景には、日本が米国の核政策に従属していることがある。「主張すべきは主張する主体性」を求めたのは当然だ。
首相は、来年3月にある核兵器禁止条約の第3回締約国会議へのオブザーバー参加にも「核保有国を動かさないと現実は動かない」と否定的な立場を繰り返した。首相が掲げる核保有国と非保有国の「橋渡し」に国際社会の期待は小さくない。しかし、条約に背を向けたままで具体的な成果が得られるとは思えない。
禁止条約の代わりに、首相は核兵器の材料となる物質の生産を禁じる兵器用核分裂性物質生産禁止条約(FMCT)の交渉開始を目指す。
きのうは、核保有国の米英仏各国を交えたハイレベルのFMCT友好国(フレンズ)会合を今秋に開くと明らかにした。首相なりに核保有国も受け入れられる形を模索したのだろうが、日本を含め12カ国しか参加していない。どこまで現実味があるのだろう。
広島市の松井一実市長の平和宣言と広島県の湯崎英彦知事の式典あいさつは、首相と違って明確だった。
松井市長は、混迷する世界情勢の下で核抑止力に依存する為政者に政策転換を促そうと国際社会に呼びかけた。湯崎知事は、核廃絶に向けて資金や人材をもっと投じなければならないと訴えた。
首相の自民党総裁任期は9月末まで。この日は再選を目指すかどうか態度を明かさなかった。内閣支持率は低迷しており、総裁選に立候補しても厳しい戦いが見込まれる。
ウクライナやパレスチナ自治区ガザで戦闘が続き核兵器が使われるリスクは現実味を帯びている。惨禍を繰り返さないために、首相は核なき世界への針路を再考すべきだ。
その第一歩は禁止条約への参加にかじを切ることだろう。来年は被爆80年。高齢化し、残された時間が限られる被爆者の思いに応える行動を求めたい。
元稿:中国新聞社 朝刊 主要ニュース 社説・解説・コラム 【社説】 2024年08月07日 07:00:00 これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。