たんぽぽの心の旅のアルバム

旅日記・観劇日記・美術館めぐり・日々の想いなどを綴るブログでしたが、最近の投稿は長引くコロナ騒動からの気づきが中心です。

星組『霧深きエルベのほとり』『エストレージャス』_二度目の観劇でした(6)

2019年03月06日 22時57分16秒 | 宝塚
第4場 ハンブルクの丘

マルギット「いいえ、私はただの家出娘です」

カール「じゃあ、順番からいったって、おい、お前、家出したんだろう。その次には、酒場で 俺と会ったんだ。その次は、酒場で出会った男にひどい目にあう。これが順番じぇねえか」

マルギット「でも、でも私が家出をしてきたのは・・・」

カール「親父さんが頑固者だ。お袋さんが判らず屋だ。お小遣いをちっともくれねえ。この中 のどれかだ」


マルギット「いいえ、ちがいます」

カール「それとも許嫁が気に入れねえ」

マルギット「それもちがいます」

カール「とにかく自由になりたい」

マルギット「自由になりたい・・・それだけは本当です・・・」

カール「おい、自由ってのはな、自分の思う通り振る舞うことだ。
但し、後始末は自分でつけなきゃいけねえ。おう、マルギットって言ったな。
おいマルギット(差し招く)お前だったらきっと、自分のしたことには自分で後始末をつける奴だと思うよ。な、どんなひどい目にあったってさ」


マルギット「・・・(身をかわす)」

カール「あ・・・ひどい目なんていうけどねえ、これは本人の考え方次第でよ。
これが、その時にまごころってものがありゃお前、その時だけでも心底惚れてりゃな、マルギット、こりゃひどい目じゃねえんだよ。いや、その、なんだ、幸福(しあわせ)ってものになるんだよ」

二人は銀橋へ。日暮れて星が出始める。
カールが歌いだす。
歌の中で、二人は手をつなぐ。

********************
(舞台写真はツィッターからの拾い画です)。



 悲しい物語なのに思い出すとあったかい気持ちになれる舞台。

 一度目に観劇したとき、言葉が古くモノクロ映画をみているような感覚なのに違和感がないのに驚いた場面でした。時代にあうように手直しすることもありだったのかもしれませんが、モノクロ映画のような台詞をそのままに舞台化したのは上田久美子先生の裁量なのかな。半世紀以上前に書かれた台詞を平成最後の年に違和感を感じさせることなく舞台にのせている星組トップコンビの役者ぶりと呼吸が素晴らしいと思います。二人のマジック。コクッと首を傾けて紅カールの話をきいている愛里さんマルギットの可愛らしいこと、可愛らしいこと。「ただの家出娘です」といって全く違和感なく、無知で無垢な良家のお嬢さんとして観客の心にすんなりと入りこんでくるなんて、たぶん愛里さんにしかできないですね。努力だけで醸しだされるものでもない素に役者としての力が絶妙にのっかっている感じかな。素が可愛いので当たり前みたいにみえてしまいますがなんなくやっているようにみえてすごい力だと思います。紅カールは、かっこいい宝塚の男役が演じるにはカッコ悪い役、かっこいい男役がカッコ悪い男をカッコ悪く演じてかっこいい男だという余韻を観客に残す。この方にしかできない魂の舞台。

 マルギットはなぜ家出をしたのか、一度目にはよくわかりませんでした。自分を産んだ母が自分から家を出て行ったとは知らず、父が家から追い出したとずっと思い込んできてそんな父への反発心からだったのかと二度目にわかりました。シュラック家の結婚披露パーティで二人の会話を聴いていたカールはどんな気持ちだったのか、マルギットの家出の理由がわかってきた時どんな気持ちだったのか。思い出すと心がいたくなって涙が出そうな作品なのにあったかい気持ちになれるのは、ショーの最後で二人が幸せに満ちたデュエットダンスを魅せてくれるからかな。歴史に残りそうな美しい場面。


25aヴァンサンカンの舞台写真がいいところを見事に捉えていて素晴らしいものばかり。
公式も素晴らしいですがさらに素晴らしい。
星組と作品内容を熟知しているカメラマンさんだと思います。
(アドレスを載せようとするとなぜか不正ってなってしまうので載せられず・・・)



SNSの写真を拝見しながら、もう少しマシに撮れたはずなのになあ、と思っています。




夜の大劇場。








歌劇の殿堂の画像も少し。
























大草原は明日に持ち越し。ごめんなさい。夜分に失礼しました。

家族ってなんだろうね

2019年03月06日 17時23分00秒 | 祈り
「2005年5月15日(月)

昨夜は疲れているはずなのに眠れなかった。
Iちゃんとカウンセリングの話をしたせいか、
妹の死の姿がなんども頭の中をよぎって動揺した。
Y先生にTELして自分の今のいろんな気持ちを話したいが、先生に時間を割いていただくのは申し訳ないし、
自分も疲れているので思いとどまった。
手紙を書く気力もなかった。
結局疲れ果て、身の回りの片付けや用事で土日は終わってしまった。
(通信教育のPSW養成講座)レポート5本、ここまできたのだから自分を奮い立たせてやるしかないではないか。

母の日、おかあさんありがとうといえない、
そんな親子関係だって世の中にはある。
家族はあたたかいものと誰が決めたんだ。
最後はひとりだ。
距離をおかないと自分がみななくなってしまう。
そんな関係だってあるのだ。
私はこれでいい。」

 明日云十何回目の誕生日、誕生日は自分を生んでくれた人に感謝する日だという人もいるようですが私はどうなんでしょう。今自分がこの世からいなくなっても困る人はいない人生。生まれてきたよかったのかなとか思ったりします。苦労の方が多いけれど心の底から幸せだと思える瞬間もあるから生まれてきてよかったんだよね、。苦労のない人生を歩む人なんていないよね。友人の一人がLINEで教えてくれました。先日亡くなった樹木希林さんに言わせるとどの状況も面白がるんだそうな。私は未熟でそこまで達観できていないので、なかなか面白がることができません。

 家で誰とも会わないまま一人で考えこみ始めると、気持ち、どんどん追いつめられるばかり。最近足を延ばしている自転車で15分ぐらいのファミレスに今日もやってきました。体にいいとは思いませんが、安いしドリンクバーで何時間でもいられるの、あるだけありがたいです。考えこんでいても仕方ありません。どう受け取るかは向こうの問題なので出すだけ出そうと思います。昨日ハロワのあと、駅ビルの〇ロントで作文にしかなっていない小論文及び手書き書類の下書きをパソコンで最終化。先ほどコンビニでプリントアウト。みながら手書き書類を仕上げました。一式揃ったので明日の午前中にコンビニで全部コピーして郵送しようと思います。人はこうして一連の作業をがんがんやれるものなのでしょうか。私はこの4年間で何回これをやってきたのかわからないこともあり、一回一回自分が削られる感覚があります。そんなに何回もやれません。資格も経験も関係ない、朝9時開始の求人が公開されたらしいのでこちらも書類を送ろうかと思います。朝9時開始。ここだけ。今は頭がぱつんぱつんなので明日の午後内容を確認。誰でも応募できるのでのろのろしていると締め切られる可能性が大きいですけどね、次々とはやれないです。一昨日送った一通目も明日送ろうとしている二通目も正確には私応募条件を満たしていません。求められている国家資格が違うし、車を運転できないといけないらしい。駐禁の所も多いようですがそこは地方都市なのでしょうか、どれにも運転免許って書かれています。免許持っているけどペーパードライバーの私は使えない奴。そこを上回るだけの経験なりがあれば考慮の余地はあるということのようです。面接に呼ばれれば朝の通勤不安が大きいことをまず話した上で折り合いがつけばいいのかもしれなし、折り合いがつかなければ仕方ありません。

 どうしてもこれがやりたいっていう仕事はない自分がいけないのかもしれませんが、一人であーだこーだと考えていても仕方ないので送るだけ送るの。失業保険はあと一回。確定申告をすれば払い過ぎている税金が戻ってくるはずですがそこまで。あとは働くしかありません。社会から孤立し続けるのはつらいし、一部の才能ある人をのぞけば外に出て働かないかぎり収入は得られないから働くんですよね、みんな。それでいいじゃないですかって思います。前職の経験を生かすなら命の危険にさらされることもあり得ることを覚悟しながらやれなければならないきついことになります。普通に生活していると出会わないこと満載なのでどうきついか弟に理解されません。マイナス思考過ぎるって怒られるだけ。仕方ないです。私が日中家にいることで電気代が倍になっているし、これ以上無職で家に居続けることはできません。どうしても通勤不安と私の中で折り合いがつかなければ、また壁薄い部屋のために家賃を払う生活に戻ることも考えないといけないのかな。せっかくのデカい家だけれど田舎生活に慣れなくって、車社会とバスは一時間に一本しかないプレッシャーに押しつぶされそうになっている私。こうしてもたもたしていると4月1日付はないでしょう。当初は行くつもりなかったですが、3月31日の月組大劇場日帰りバスツアー行こうかな。残り一席とのことなので一応おさえました。その前に居場所の確保ね・・・。

 芝土の家の説明文がみつかったので家に帰ったら旅日記に追記予定。これから雨、屋根のある所が少ないので自転車の身には大変。ここにもありません。レインコートと自転車のかごカバーをそろそろ買わねばです、まだ買ってないの。〇ロントも空いている、そもそも大都会とは人口がけた違いだから、さびれているように感じてしまうけれどこんなもんだったのかな、人生の半分以上家を離れていたの、ここまで大きいとは。家を離れてずいぶんあがいたけれど家族ってなんだろう、の答えはみつかりませんでした。答えなんてないのかな・・・。

 今日も長々とつまらないひとり言、失礼しました。