たんぽぽの心の旅のアルバム

旅日記・観劇日記・美術館めぐり・日々の想いなどを綴るブログでしたが、最近の投稿は長引くコロナ騒動からの気づきが中心です。

美しい涙

2019年03月13日 23時15分55秒 | 宝塚
 宝塚を心から愛し、どんな作品であろうと常に最高のものをみせようと命をけずりながら一回一回の舞台をつとめるふたりのさゆみさん。そんな一瞬一瞬に出会える自分、幸せなんだと心から思える。


紅ゆずるさん、2002年初舞台。2019年10月13日付で退団。

寿退団への質問について、

「私は宝塚で綺咲と結婚しましたし、大切なファンの方もいる」








明日海りおさん、2003年初舞台。2019年11月24日付で退団。

寿退団への質問に対して

「台湾で手相をみていただいたときに、「結婚線が何本かある」って言っていただいたんです。これだけ宝塚にいる間に、かわいいお嫁さん(相手役)を何人ももらってしまったので、全部消費してしまったのではないかと思っています。」











おもい年月、お見事だと思います。

それぞれ相手役さんと歴代の相手役さんたち、そしてそれぞれのファンへの心遣いが素晴らしい。

昨年のタカラヅカスペシャルの時点では公になっていませんでしたが、それぞれこれが最後だという想いで舞台に立っていたということになります。あのツッコミとボケのかけあい、一期一会でした。

(写真はツイッターからの拾い画です。)



もう少し待ってみるしかありませんが・・・

2019年03月13日 19時55分35秒 | 日記
 一通目の書類を送って一週間。なんのおさたもなく先の動きが全く決められません。たしかに募集内容をみると書類選考の結果を10日後に郵送か電話で通知するとなっていますが、こんなに待たされるとは思いませんでした。いつなにがどうっていう詳細は一切書かれていないのでわからないんですね。こんなもんなんでしょうか。ぜひ力を貸してほしいと言われて先般の採用試験は落とされてあっという間に一か月。2月は短いですがボケボケしている間にあっという間に時間が過ぎてしまいました。仕事内容はある程度イメージできます。だからこそ朝一時間に一本のバスしかないプレッシャーが重くのしかかり過ぎて脳みその八割を占めています。もし面接に呼ばれたらそのあたりを正直に話して折り合いのつく余地もあればやってみようかなど思っていたのですが、必要なら早々に連絡ありますよね。そんなことないですかね。ハロワで言われたことともなんかニュアンスが違うような。

 連絡もらったので書類を送ってみたとはいえ、そもそも応募要件と資格が違うし、ペーパードライバーだし、そこダメですからって今さら書類を返されてもなあ。そっちの資格をもっていないとできない仕事かといえばそうではなく、むしろ経験の方が大きいと思うのですがド田舎故、車の運転はポイント高い。必ずしも運転が必要でなくても免許をもっていることを条件にうたっていたりもするようだとわかってきました。そんなこんなを消去していくと選択肢がほとんどない?そもそもの数が都心とはケタ違い。選ばなければとかよく言いますが選びますよね。今さら事務と称してオヤジたちの世話もしなければならないような仕事はやっぱり耐えがたい。いつまでも無職のままでは弟に対して発言力ないし、観劇もできないし、保険料だって払えなくなる。二か月の壁さえなければせっかく都心でのせっかくの縁が続いたのかな、今さらそんなこと考えても仕方ないですが、あー、駅から遠い。自分で想定していたよりもはるかにド田舎に適応できない。車社会、ごめんこうむりたい。はー、ため息。情けない・・・。

 またもや弱気のグチ発言、失礼しました。

第四章OLという存在-①「OL」は大変だ

2019年03月13日 18時30分21秒 | 卒業論文
「OL」から一般にイメージするのは事務職従事者である。高度経済成長期に急増した女性の事務職従事者は1977年以降、男性を上回った。第一章の女性労働者の分布で記したように、1997年(平成9)時点で、823万人と女性労働者全体の約3割を占める。さらに熊沢誠の記述に従ってみたところ、正社員比率は80%近いが75%は年収300万未満であった。一般事務職従事者が行っていることとしてイメージされるのは、高い専門性を必要としない、誰でもできる単純作業であろう。第三章で見たように、高度経済成長期に急増した女性の事務従事者の大部分は、短期間で習熟できる単純、未熟練労働に従事する者として短期勤続を強要された。背景としては女性労働者の学歴の向上が考えられる。新規学卒者の中心は中卒から高卒に移行し(1970年には約3分の2)、女性労働者全体でみても高卒が最多(46.2%、71年)となった1) 。高卒の女性たちは、大企業の事務部門においては常用雇用者として吸収されていった。彼女たちは和製英語OL(Office Lady)と呼ばれ、お茶汲みをはじめとする雑用や補助的作業が大半であり、長期勤続を期待されてはいなかった。

事実、OLが毎日オフィスの中で、実際にやっていることは、実に様々で細々とした「雑務」が多い。企画や経営方針決定に参与できる機会は稀で、多くのOLたちは上司や幹部候補の男性社員の仕事の必要に応じて、書類の作成や整理、コピー取りなどの補助的作業を担当し、部屋の掃除やお茶汲みなどの職場環境を整える役割を担い、時には煙草やお弁当を買いに行く、使い走りまでの雑用を期待される場合がほとんどといっていい。いずれもたいした技術を必要とせず、また成果が形に残るわけでもない補助的ない仕事である。男性は仕事、女性は家事を担うという性別役割分業が徹底していた日本型企業社会においてOLに求められてきたのは、基幹的な作業を担う男性や上司の補助をする「女房的役割」だったのである。そのため、OLの職業活動は、社会の中で積極的に意味のあることを自分のため、世の中のためにやっているのだという働く人間としての実感と納得が得られにくい。

女性が職業を求めるのは経済的理由ばかりではない。女性も外で仕事をもつことで社会に貢献し、社会と結びついているという意識を持つことができる。しかし、仕事を持つことがそのまま社会的心理的満足につながるわけではないのである。急速な技術革新に伴い生じた単調な反復作業や先の見込みのない仕事には多くの場合女性が従事する。経営の論理を体現する男性は、誰かがやらなければならない面白くない仕事を女性はさほど苦にせずコツコツとこなしてくれるとして、「女性の特質・感性を生かした」結果、女性を下位職域に留め置く。こうした仕事に従事する人々は、ほとんど「決定」に参加できず、仕事を通して社会的な意義を感じるゆとりもなく、不満は鬱積していくのである。個人の潜在的能力に関係なく、女性は「女性に適した仕事」に留め置かれる。さらに「私の仕事の質が低いからこんなに賃金が低いというよりは、主に女がする仕事だから低く評価され、こんなに賃金が低くなっている」2) のである。

序章でも少し触れたが作家の唯川恵は、「普通のOL」をしていた経験を記した『OL10年やりました』の中で、正真正銘のOLの生活を次のように記している。いわゆるOLの姿を過不足なく記述していると思われるので紹介したい。

OL時代は始業8時50分。もちろんその前に掃除とお茶汲みをしておかなければなりません。だから遅くとも8時半までには会社に行きます。毎日同じ制服を着て、コピー取りは当たり前、時には煙草だって買いにやらされます。お天気屋の上役にネチネチ八つ当たりされたり、屈折した先輩OLにジトジトいびられたり、キャピった後輩OLにムカムカ腹を立てたり、出世なんて言葉とは縁がない、毎日ほとんど同じことの繰り返し。(略)ちょうど女性の自立や社会進出が注目されて「キャリアウーマン」なんで言葉が流行り出した頃、女性雑誌には、仕事をばりばりしている素敵な女性のインタビュー記事や、「これじゃいけない」ふうの女の生き方みたいなものがいっぱい載っていました。でも、私はそれらをよく読みながらもどこかで他人事のように眺めていました。だって、現実とはあまりにもかけ離れていたんだもの。いつまでたっても封建的な上司の考え方。単調な仕事。いい仕事はみんな男性社員が持ってちゃう。セクハラだってある。お給料は差がつくばかり。辞めたい病になんどかかったことか。つらいこと。悔しいこと。トイレで泣いたことだってあります。ここで上役にタンカを切って辞めたらどんなにすっきりするか、そう思ったことも一度や二度ではありません。世の中の人は、OL稼業を海外旅行に行って、お化粧品やファッションにお金をかけて、噂話をして、適当に男と遊んで、なんて、気楽で無責任な商売と思っているかもしれませんけど、肉体的にも精神的にもこれで結構つらいんですよね。 3)

1990年時点での話だが、ある一流企業に勤める30歳になるOLも、女性が適齢期を過ぎて職場に居残るのは精神的に大変きついことだと話している。かといって結婚して仕事を続けようとしても、これまた圧力がかかり辞めざるを得ないようにされる。男女雇用機会均等法ができだが、それはあくまでも形式上のことであり、現実は、“女性は早くやめて下さい”と中味は何も変わっていなかったのである。「お給料だって入社時では男女変わりませんが、今は1.5倍の差がついています。本当に嫌になってしまいます。仕事は男性と変わらないことさせられているのにですよ」と彼女は嘆いた。4) OLは、このように一つの会社での就労が長くなるほど、同期の男性との間に開きが出てくることをいやでも痛感させられる。熊沢誠が引用している次の記事は女性が性別職務分離を認識していることを示してくれている。1997年、都内の民間企業に働く「30代独身OL」450人は、第一勧銀(現みずほ)のアンケート調査に対し、「仕事上男女差別を感じる時」についてこう答えている(複数回答)。「男性に比べて昇格が遅い」60%、「女性の給与が低い」52%、「お茶汲み当番、掃除当番などの雑用」45%、「責任のある仕事を任されない」22%、「業務範囲が狭い」22%、「電話で男性社員と替わるよう指示される」21%、「女性にだけ制服がある」10%・・・。女性は10年も働き続けると、女性の仕事の限定されていることが次第に痛感されてくる。10年も働き続けると、女性の仕事の限定されていることを痛感しないではいられない。5) 男性が長期勤続を尊ばれるのに対し、一つの会社に長くいると一見楽なようで、実際には、長くいればいるほど大変なのがOLである。これは、OLが若さという指標で計られがちであることとも関係すると考えられる。OLと年齢については後ほどもう少し詳しく見てみたい。

引用文献

1)竹中恵美子編『新女子労働論』79頁、有斐閣選書、1991年。

2)熊沢誠『女性労働と企業社会』132頁、岩波新書、2000年。

3)唯川恵『OL10年やりました』文庫版、3-7頁、集英社文庫、1996年(原著は1990年刊)。

4)松原惇子『いい女は頑張らない』187-188頁、1992年、PHP文庫。

5)熊沢誠、前掲書、103-104頁、岩波新書、2000年。

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 四谷を思い出してしまったこともあり久しぶりに更新しました。指導担当の先生は、わたしにこの卒論を書かせたのは「怒り」だとおっしゃいました。卒論にとりかかった頃から、経費削減のあおりをうけてハケンだった私の大会社での二人分労働は始まり、その後7年にわたって続きました。振り返ると怒りを喰いながら生きていたような日々だったのかもしれません。建前は専門ハケンでしたが、実態はもともとは一般職の女性がやっていたであろう仕事の代替だったので仕事内容はほぼここに書いているとおりでした。それでも働き始めたころは居心地悪くなかったんですよね。男性が多く、一般職の女性にとっては「女の子」扱いしてくれる環境で働きやすいと言われていると働き始めた頃には男性の社員からきかされたこともあります。卒論を書いている間にも世の中はどんどん変わり、大会社もいつしか一般職の女性が退職するとハケンで代替するようになり13年間いましたがいつしか周囲はハケンだらけになっていました。若手は入社して数年で次々とやめていき高齢化が進んで年齢構成もいびつになるばかりでした。そんな環境の中で二人分労働を余儀なくされ、私の怒りのマグマは日々吹き溜まり、こうして卒業論文に吐露することで心のバランスをとっていたように思います。OLという言葉はもう死語なのか、今も生き続けているのか、男性のハケンも増えてきた昨今はどうなっているのか今の私はわかっていません。

その後使い捨て同然の扱いで契約終了となりユニオンにいってしまったら労働紛争となってしまいました。大会社についた弁護士に心身共にエネルギーを吸い上げられ、ズタズタになってしまいました。労働紛争の過程で感じた、日本ってダメな国だなあ、っていう幻滅、社会への怒りは基本的には私の中で変わっていません。

 誰にも理解されなかった「怒り」。怒り=ネガティヴ、口にしない方がいい、そんなことばっかり言っているなんて考え方がマイナス思考過ぎる。「怒り」との付き合いはむずかしいです。ハロワの窓口もほとんどが非常勤嘱託だからダメなんだよなあ、こんなんじゃほらやっぱり日本ダメじゃん、っていう怒りが今の私にはあります。「怒り」を自分の中でないもののように封じ込めてしまうのはつらいです。ただ怒りを喰ってごはんを食べていくことはできず、「怒り」を持ちながらも社会との折り合いをつけていかないと結局自分のメンタルがやられてしまいます。自分で一円も稼ぐことができないのに社会に怒っていてもなんの説得力もありません。前職でまだ若いのにそうなってしまっている人がいることを知り、自分はそうなってしまってはいけないと学びました。なんでもう少し駅に近い所に家を建てなかったの?ってあの世にいった親に怒ってもなにも変わらないし、自分の努力で駅が近くなるわけでもないし、田舎生活へのリハビリも兼ねながらまた日中の居場所を取り戻していくしかありません。足踏みしている場合ではなくもどかしいですが自分がこわれそうになるほど働くのもなんだか違います。家賃負担からとりあえず解放されているのだから始業時間に余裕のあるパートでいい。さがす気力を取り戻していかねばです。どうしてもこれがやりたいっていう仕事はないのでここから先なにをキーボードに情報を求めていけばいいのか、わからなくなっていますけどね、だからダメなのかな・・・。

 本分の趣旨からは話がそれていますが今の私の心境を書かずにはいられなかったのでご容赦を・・・。