アンダンテのだんだんと日記

ごたごたした生活の中から、ひとつずつ「いいこと」を探して、だんだんと優雅な生活を目指す日記

「超東大脳」…育ててみたら、ゆとりちゃん!?

2010年06月25日 | 大学受験
先日ご紹介した「超東大脳の育て方」は、いいこともいっぱい書いてあるんですよ…あるんですけど、どうしても一点は突っ込みたい部分があるんで突っ込ませてください。

   にほんブログ村 教育ブログ 中高一貫教育へ←詰め込み反復、いいじゃないのまずはやってみたら

伊東乾さんは、親から「勉強しなさい」って言われたことがほとんどないそうです。だいたいそんなこと口うるさくいったら逆効果だっていう考え方で、そのことをピアノに例えてこう言っています。

「もうピアノ練習したの? 明日お稽古でしょ、練習しているの、お母さんぜんぜん聞こえなかったけど?」
そして、「わたしピアノ嫌い」なんてことを言い出そうものなら、
「あなたそんなことを言って、もうすく発表会じゃないの。ちゃんとお稽古しなきゃダメでしょ」
「そんなに言うんだったら、お母さんが練習すればいいじゃん」
「お母さんはいいの」(以下略)
…まぁこれは、「ピアノを早く粗大ごみにする方法」というわけです。

一方、こうではなくて、家にあるピアノを、お母さんが、毎日楽しく弾いていたらどうでしょう。そのほかにも、優れた音楽を楽しんで聴く習慣や、音楽の話をする習慣があったら?? きっと、子どもは自分からやりたくなるでしょう。ふむふむ、なるほど。もっともですね。

…しかし、ちょっと待った。自慢じゃないけど、うちはそういう理想的な環境ですよ?? その結果、
・またろう…ピアノを楽しんで弾くようになり、習慣として定着。
・こじろう…部活を口実に、これ幸いとやめちゃった。
・はなひめ…先生が好きだからやめてないけど、ピアノが特に好きではなく、レッスン以外の時間にはたいがい弾かない。
まぁこんなもんです。これはピアノだから、私はこれでよかったと思ってます。ピアノが好きになる子が、気長に楽しんでくれればそれでいい。

しかし、これがピアノじゃなくて基本的な学力のことだったら??
歩留まり三割とかでいいですか!?

伊東氏は母親から、「嫌いな勉強は一切するな」といわれて、ただ宿題などをやっているとときどき覗きにきて、上手くできていればとにかく褒めてくれたそうです。そういう「心理戦に引っかかって」自分で納得のいくところまでとことん突き詰めるという習慣がついたのだとか。

まぁ、ぶっちゃけ、そういう子もいるだろうし、そうでない子もいるだろうとしかいいようがありません。伊東氏は素質もあったのでしょうし、小学校入学前(父親存命中)にはずいぶん早期教育もされたようです。

この本の中に、いわゆる「ゆとり教育」を導入したときの文部大臣である有馬さんの話が出てきます。有馬さんのセリフとして、ゆとり教育の原点は、土日に子どもが親と一緒に人間らしい時間を過ごせるようにしたかったことである、というのと、「学校で断片的な知識だけは、やたらとたくさん教えるけれど、それをまとめてどう生かせばよいかは、ちっとも教わらない。だから『総合学習』というものを導入しようとしたんだけどね」…実際に役所経由で全国展開したら思うところと違っちゃった、というのが載っています。

また、別の人の述懐として「ゆとり教育で有馬さんがイメージしてたのは、武蔵みたいなものだと思うんだよね」というのが出てきます。

そのあたりの話のあと、武蔵(伊東氏がいた頃の)で行われていたすばらしいリベラルアーツ教育の様子、理念と、伊東氏が東大で情報教育を行うにあたってそれを参考にしつつアレンジした方針などが説明されています。要するに、「超東大脳」を育てようとしている教育の話です。自ら調べ、自ら学ぶ、本質を捉える、などなど。

私はもちろん武蔵の中のことは知りませんが、武蔵が輩出する人々の変人ぶり超東大脳を見て、すばらしい教育が行われていることは想像できます。

でもね。なんか忘れてませんか?? 武蔵であれ、東大であれ、ここに例として引き合いに出されている旧制高校であれ、詰め込み反復教育による基礎学力を身に着けることにある程度成功した人材ばっかり集めてあるんですよ。それを集めて成功した総合学習的教育を、選抜もなく年齢も違う小学校におろしてどうするの?? 役所のせいじゃなくても、同様にいくとは思えません。

有馬さんも、伊東さんも、自分がどれだけしっかりその無味乾燥な反復のところを消化してきたのか、そんな昔のことはきれいさっぱり忘れちゃってるのかも。

我が家では中学受験を経験していない子/している子の両方がいますが、中学受験ってけっこう悪くないって思います。抽象的な思考がぐぐっと発達する小学校高学年の時期に、基本的な概念・知識を幅広く「詰め込み」「反復」します。公立小学校でやってる、あまりに薄っぺらな、誘導尋問的なテストと異なり、基本がしっかり定着していないと得点できないように工夫が凝らされています。ここでしっかりやっておけば、その後の「詰め込みでない教育」にも対応しやすくなること請け合いです。ま、なりゆきからどうにもtoo muchな部分もありますし、つい遅くなりがちな生活リズムなど、問題も多いですけどね。

とあるイベントの引率にいったとき、待ち時間に小学六年生の女の子たちが学校の宿題の計算ドリルをやっていたことがありました。お互いに教えあってだだーっと解いていたのですが、あるところで詰まって、誰もわからなかったので手近にいた大人(私)に聞いてきました。

「200人の60%は何人か」という問題だったと思います。自信なさげなメモ書きで120という数字があり、200×60= と書きかけてぐちゃっと消してあり、200÷60= と書きかけてぐちゃっとまた消してあります。どうも、日常的な感覚からいって100人の60%は60人だと思うし、その倍だから120人だろうと。でも、どうやって120になるかわからない。かけても割ってもうまくいかないよ??

「これの答えは何ですか」と聞かれたので私は、「この答えで合っているよ。60をかけるのはいいんだけど、60倍じゃなくてパーセントだから100で割らないとね」と言ったのですが、その子は「あ、120でいいんだ。終わった!!(^-^) ありがとーございます」といって式は書かずにすぐしまってしまいました。

もうすぐ春、中学生はすぐそこ、という時期でした。日常感覚から答えを推定できたことからも、ふだんの会話からも、決して知的能力に不足はないと感じられる子です。ほかの子たちも同様です。それでもパーセントがなんかよくわかんないまま卒業していく…。

それでいいの?? ゆとりより、超東大脳より、まずは陰山式、公文式、秋田方式、日能研、サピックス、なんでもいいから基礎学力つけて。割合もわかんないで総合的学習なんてできないよ。

にほんブログ村 中高一貫教育 ←ランキング参加しています。
にほんブログ村 ピアノ
にほんブログ村 ヴァイオリン

【中学受験】 こじろうインデックス
【高校受験】 またろうインデックス
ピアノ・インデックス

今日の弁当
コメント (16)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

またろうのライフ・ポイントを数える日々

2010年06月24日 | 高専生活
「ライフ残ってる? 今日、機械実習あったよね??」…つまり、機械実習の時間に忘れ物をしなかったかという確認。次にしたら即死(留年決定)。

   にほんブログ村 教育ブログ 中高一貫教育へ←薄氷を踏む気持ちで…でもまだ六月、先が長すぎます

毎日、会社から帰ってきてまたろうの顔をみるとまず、またろうの「ライフ・ポイント」の確認。忘れ物はしなかったか。提出物は出したか。ついでに、新しく出た宿題などがないか、いっしょに連絡帳を見て確認する。話の中で、連絡帳に書くべき項目があれば追加させる。

日本史の再レポート提出はした。Readingの読書手帳は遅れて受け取ってもらえた。この二つは「C」に回復した模様。

私よりちょいあとに、よしぞうが帰ってきて、考えることはおんなじらしく、まずまたろうに確認。
よし「忘れ物してないよね??」
また「…えっ??」

そんな漠然とした質問では答えようがない、とまたろうは思っているようだ。つまり、何を忘れ物と呼ぶか、その範囲(?)が明確じゃないし、実際忘れ物もしてないわけじゃないし…。「体育館履きがなくて、靴下で走り回らなきゃいけなかったりとかはあるけど、機械実習ではまだ命あるって」と私が横からフォローを入れると、よしぞうは余計心配になったらしく、「そんな状況じゃ、またろうが気づいてないだけでもう先生のほうでは忘れ物カウント取ってて、留年決定してるってことがあったりしないの??」

するとまたろうは、「次に忘れ物したら、その場で帰されることになってるんだよ。もういてもしょうがないから帰っていいですよって。だから、帰されてないんだから大丈夫(^-^)
…そうか。そりゃあ安心だな(^_^;;

またろうも、機械実習の忘れ物はなんとしてもしないぞという決意を持っているらしく、テキストを持って帰らずに記憶に頼ってレポートを書いたりしていた。持って帰ると忘れ物の危険があるから。
#それでいいのか??

それから、今日やるべき課題の確認。基礎製図はまた時間がかかりそう。数学も宿題あったよね、あれはいつまで??
また「宿題が多すぎるよね。製図も数学も、それに明日は工場見学あるのにさ」

そうだそうだ、その工場見学、まさかとは思うけど集合場所と時間はわかっているよね?? と聞いてみた。

また「えっと、場所はわかってるけど時間はわからない…かも…」
は?? その状態でよく今日学校からすいすい帰ってくるよね(-_-#
「その場所に始電で行って、ずっと張ってるか??」
また「それも簡単だねえ(^^)」…アホかい!!

まぁ過ぎたことを言ってもしかたがない。まずプリントを探すが、ない。家に持って帰ったかどうかも定かではない。もうしょうがない。電話して聞くしかないね。「時間を聞けばいいんだよね??」いやちょっと待った。場所は確かなの?? 「だって、事前学習レポート書いてたときにお母さんも見たでしょ」。またろうがごそごそ取り出したものは、行き先である施設の地図。それは、あくまで見学先であって、集合場所ではないよ。

とにかく電話だ。またろうはまず担任の先生に電話をかけたが(よくそんな恥ずかしい電話をまず先生にかけようとするな~と思ったが、またろう曰く「一番確かでしょ」…それはそれでもっともだ)、何度かかけても不在。そこで、クラスメイトに電話をかけてみた。
「大丈夫、誰にかけてもたいていは明日の集合場所と時間なら知ってると思うよ」

そして電話をかけたら、スムーズに場所と時間を教えてくれた。またろうはそれで電話を切ってしまったが、ちょっと待て。その場所と、またろうが言ってた見学先はずいぶんかけはなれているよ(駅からしてぜんぜん違う)。それって正しいの??

住んでる場所によっていくつか集合場所があるのかなぁ?? 見学先が複数個所あるのでは?? 想像はふくらむばかりである。想像しててもしょうがないから、しかたない、もう一人にかけてみな。今度は行き先も聞くんだよ。

かけてみたら、さっきとまったく違う集合場所を教えてくれたので、どっひゃーとなりかけたが、「あ、間違えた。それは二個所目だ」とのことで、先ほどの情報と一致する場所と時間を教えてくれた。見学場所も聞いてみたが、一個所目はまたろうが口にしたこともない見学先、二個所目がまたろうがいってたところだった。ふぅ。。

「始電で行ってそこでずっと待ってると、たいへんサムイことになってたねぇ」

ライフ・ポイント確認も、たいへんです(-_-;;

にほんブログ村 中高一貫教育 ←ランキング参加しています。
にほんブログ村 ピアノ
にほんブログ村 ヴァイオリン

【中学受験】 こじろうインデックス
【高校受験】 またろうインデックス
ピアノ・インデックス

今日の弁当
コメント (16)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

あらためてマイバイオリンを紹介します(録音付)

2010年06月23日 | バイオリン
いそいそとバイオリンをしょって帰ってきて、早速音を出してみると、

ちょろっと数音出しただけで、またろうは「わっ、音ぜんぜんちげー」と驚いていました。ねっ、違うでしょ。と気をよくしていろいろ弾いてみていると、こじろうがやってきて「へーこれが新しいバイオリン。弾いてみて」

それで勢い込んで弾いてみせるが「…前のも弾いてみて」。それで、肩当ていちいち付け替えるのめんどくさいんだけど!! といいながら、こっちを弾き、あっちを弾き、同じフレーズで比べやすいようにしてやったのに「ぼく、違いがわかんないや(^-^)」…違いがわからない男、こじろう(-_-;;

まぁ、ちょっと弾いてみて思うことはですね。いくら良いバイオリンを弾いていても、私がずれたところを押さえれば音程がずれるってことで(当たり前)、一瞬よく響くきれいな音が鳴って、次にへちゃげた音が鳴るとよりいっそうの「ガッカリ感」が漂います。

とりあえず聞いてみてください:
旧バイオリン(スズキ)
マイバイオリン(Chobanov)

先生が「愛の挨拶」で比較実験をやってくださったときもそうでしたが、どのバイオリンで弾こうが、うまいものはうまく、下手なものは下手(^^;; それはしょうがないとして、響きとか音の消える瞬間とかが違うように思います。生で弾いているとやっぱりかなり気分は違います。

新しいバイオリンをしばらく弾いてからスズキに戻ると、弾いていて「やなかんじ」になるかと思いましたが案外そうでもありませんでした。むしろ、こう弾いてみれば、ここまでは鳴らせる、ただしここの鳴りが「けちょい」のは私のせいじゃないみたいなことがなんとなくわかって、やや弾きやすくなったように感じられました。整理されたというか。

一方、新しいバイオリンをしばらく弾いていて気づいたのは、もちろん私がずれたところを押さえれば音程がずれるんですが、今音程がずれているか、ちゃんと弾けているかがなんだかわかりやすいということです。響きが違うというか…バイオリンが「OK、OK、そうだよ」とか「おいおい、そりゃないだろ」といってくれているみたいで、助けてくれている感じがします。

というわけで、久しぶりに教本の続きのところに手をつけて弾いてみました。
ハイドン セレナーデ
これは前に、あんまり自分の弾き方がきたなくて嫌なので挫折していたものです。今回はなんとか弾けました。「ミ」の音が4の指のときと開放弦でずれているのは仕様です

ついでに、バイオリンをひたすら弾き比べていたときに使っていたフレーズ
パッヘルベルのカノンより
これは、自分がちゃんと弾けてない細かい音符のときの弓運びとかが比べやすかったので便利でした。前の弓よりはだいぶ弾きやすくなりました。

ところで、検索してみたら、私のバイオリンを作ってくれた方のホームページがありました。

S. Chobanovさんのページ
(注: いきなりビバルディーが鳴ります)

この、「The Instruments」のところを見ると
「I make violins for professional players and serious students who are approaching professional level.(私の作るバイオリンは、プロ奏者や、そのレベルに近づきつつある学生向けのものです)」
とあって…

ひーごめんなさいごめんなさい。初心者が購入してしまいました。でもでも、すごく気に入ったから、大切に使います。で、これからがんばって練習するから許して。


今日の弁当

プチトマト、ひじき煮、鶏つくね、ブロッコリー、焼き野菜、厚焼き玉子

はなひめ昨日の勉強
なし
(あんまり何もないから書くの忘れてたよずっと)
コメント (10)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「超東大脳の育て方」を読んで思うこと

2010年06月22日 | 大学受験
こんな「売らんかな」のタイトルがついた本、一瞬でスルーするのが常なのだが…
「超東大脳の育て方」

   にほんブログ村 教育ブログ 中高一貫教育へ←東大に入れたら幸せな人生が待ってる、ってことにならないのは確か

あれ、これってあの伊東乾では!? と著者名が目に留まった。伊東は多い姓だが、「乾」という名はあまり見ない。ぱらぱらと中を確認すると間違いないようなので買って帰った。帯のあおり文句は、「わが子を真の「人生の勝者」にするために」だって。ふふ(^^;;

「あの」伊東乾というのは誰かというと、大学時代、「制作集団」と称する音楽グループを作って変てこりんな現代音楽をやっていた人だ。私はそこで、伊東乾が作ったわけわからん曲の、フルート・パートを吹かされたことがあるのだ。

友だちってほど近しい人ではないし、卒業してから一度も会ったことはないので、向こうはたぶん私のことは記憶にないだろうけど、こちらは忘れられない。なにしろ大学時代に会った数ある変人の中でも間違いなく一番変なのが彼だったから。

彼は作曲をするほど音楽が好きで、あれこれ詳しくて、いつも驚かされるような着眼点と感性をもっていて、それなのにどの楽器ができるということはなかった。それだけでも変わっているけど、彼は私より一学年下で、でも二歳年上で、その三浪の間に何をしていたかというと、留学して理転(文二から理一に)していた。

文句なくおもしろい人だったけどちょっと変すぎてあまり近寄れなかったので(-_-;; 詳しくは知らない。今は助教授さんですか(「助教授」はこの本の発売当時。2007年に「准教授」)。しかも「作曲=指揮・情報詩学研究室」ってそれなに?? 東大に音楽の先生がいるの?? それにしても、あれだけ変わってればその部分がちゃんと飯の種になるのね。なるほど。

それで、この本で言っている「超東大脳」というのは何かというと、まず
「東大脳」「東大入試に合格できる力」と定義する。
「東大脳」というと、融通が利かないとか、世間を知らないとかいうマイナスイメージで使われることもあると思うが、ここではただ単に「東大入試に合格できる力」。読み書きそろばん、基本的な情報処理能力、論理思考能力、表現力などを持っていることを指す。

伊東氏が教える相手の学生たちは、ともかく「東大脳」は持っていることが前提なので、だから何というか、それだけでは特に意味はない。その中で、すぐ学校にこられなくなってひきこもってしまう人あり、一片の創造力を発揮することなく低空飛行で卒業していく人あり。そして一部に、大学生になったあともすくすくと成長し、(主に学問的な)創造性を発揮し豊かな成果を挙げていく人がいる。

それで、その一部の人を称して「超東大脳」の持ち主とこの本では呼んでいるわけだ。この本はその「育て方」なんだから、これを読めば私の子どもももしかして…!?

ということにはならない。当たり前だけど。この「育て方」の中身には、そんなにめちゃくちゃなことが書いてあるわけじゃないけど、結局のところ実践できるかどうかは人それぞれ、素質によるというか読んでできるもんじゃなし、あと、仮に同じ育て方したって、あとは子どもによるわけよ(笑) 身も蓋もないけど。

ま、読み物としてはおもしろかったので、ご興味のある方はご覧ください。伊東さんちの子育て(つまり乾の母)はかなり変わってると思う。伊東氏が卒業した武蔵もだいぶ変わってるし。

この本の中では、「東大脳」は持ちつつ人生に挫折する人のパターンが、「走り高飛び」にたとえられている。ポテンシャル(能力・努力などから得た力)がバーより低くても、バー(入試)を越える瞬間だけの必死の調整でえいやと無理やり越えさせるようなニュアンスである。

実際の走り高飛びの競技に問題があるといっているわけではもちろんないけど。そういう入試の越え方にマイナスイメージを持っているということだ。伊東氏は紛れもなく、めちゃくちゃにあばれながら効率悪く高く飛んで越えた人であり、ほかにも、スーッと涼しい顔して無駄なくらい高く優雅に越えた人とか、姿勢が変でよくあれで越えられるなと思われつつバランス悪く奇跡のように越えた人(誰とはいわないけど…)とか、いろいろいるんだと思う。

ところで自分のことを振り返れば、間違いなく私は「走り高跳び派」。バーの位置や性質をよくよく吟味し、すれすれででも確実に超えられるよう準備して、最小限の能力と努力で、重心低めの背面飛びをした。

そうやって越えてしまったら、もっと余力のある人たちの中でアップアップするかというと、別にそんなことはない。自分が得意なこと、つまり「バーをよく見て効率よく調整して越えること」の能力を生かせばいいわけだ。大学生の間にある試験やレポートはもちろんのこと、社会人になってからの仕事だって、この能力はすごく役に立つ。別にズルしているわけじゃなくて、この能力自体が価値を生み出すシーンは公私問わずいろいろあるのだ。逆さにしてふったって「超東大脳」のカケラも出てこないが、優れた研究者になれないだけの話で、暮らす上での不都合は感じない。

だから、充実した幸せな人生を送れるかどうかは、「超東大脳」を持っているかどうかではなくて…何か別の分かれ目があると思う。たぶん伊東氏がいっている「育て方」は「超東大脳」を育てる必要条件のごく一部であって、それは「東大脳/超東大脳」に関わらず、なにかしら自分なりに充実した人生を築けるかどうかの分かれ目にも深く関係することであるような気がする。そして、そのほかの必要条件には、伊東氏があまり意識していない部分もあるんだ、きっと。

ちなみに、我が家の子どもたちは「東大脳/超東大脳」のいずれも持っていないようだけど、だからどうだということはない。向き不向きが違うだけで、その、「何か別の分かれ目」のところさえはずさなければ、自分の能力を発揮しつつ充実した人生を掴む道を見つけてくれると信じている。それが何なのか今はまだよくわからないんだけどね…。

にほんブログ村 中高一貫教育 ←ランキング参加しています。
にほんブログ村 ピアノ
にほんブログ村 ヴァイオリン

【中学受験】 こじろうインデックス
【高校受験】 またろうインデックス
ピアノ・インデックス
コメント (8)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

バイオリン購入Story完結編

2010年06月21日 | バイオリン
なんかずいぶん長くなっちゃいましたけど…ようやく今日は最後まで書ける(はず)。

   にほんブログ村 クラシックブログ ヴァイオリンへ←買いました

ここまで、ご覧になってない方は:
ついに試弾してしまう、するとやはり…
シナリオどおりにやられました。そこへよしぞうが…
セカンドオピニオンを求め、そして決断
からお読みください。

私がバイオリン購入を決断したことを言うと、よしぞうが「わかった。じゃ、ライフプランを出して」。つまり、今の自分の「つもり」について明確化して、一筆書いておくということですね。また数年してふらふら別のバイオリン買いたくなったりとか(^^;; そういうことが絶対なくなるというわけじゃないにしても、そんときに「私はこう思っていたのだなぁ」ということがわかるわけです。

それで、私が書いたのはこんなの:
-------------
今後の楽器予算
2010年 本体・弓・ケース計100万 ←いまここ
2012年? 弓検討 予算40万
* 弓は使えるものが二本ほしいという意味 (定年まではピアノ・バイオリン本体など楽器購入なし 想定外の破損事故などを除く)

2026年 定年
* この時点での
・経済状況
・音楽への熱意
・楽器の状態
・その他の予算
などを総合的に勘案して仕切りなおして話し合い。

----------
今より上達したときに、弓の好みが変わることを想定して、弓購入の余地は残しておきました。

お店には、今日購入しにいくこと、バイオリンは迷わないが弓はもう一度比較検討してみたいことを伝えました。

私がお店に着くと、ちょうど前回と同じ技術者の方が弓をずらりと並べて、試し弾きをしているところでした。見ると、同じクラスの別の弓が並んでいるというよりは、「ずずっと上方に」並んでいるようです(笑)

「バイオリンは、長く使えるものをという観点で選んでいただいたと思うので、弓もそういう方向で候補を選んでみました。ひとつ『反則』のも混ぜておきますね」…『反則』ってのは、50万円台の「オールド」の弓だ(^^;; ひー。

まず、技術者さんがひととおり音階+αをさらりと弾いてくれました。いずれもすばらしい弓なんで、音色といってもどれも遜色なく、微妙なニュアンスの違い…かと思いましたが、「オールド」の弓は別格で、こりゃすごいわ(o_o)

私と技術者さん、しばし無言で目を見合わせて、それから「私なりにコメントはあるんですが、申し上げる前にまず弾いてみてくださいね」と言われました。

それで私も弾いてみました。まず、取り置きしておいた21万の弓から始めて、そこをリファレンスに弾いていきます。弾きやすさという点ではこの21万の弓はほんとにしっくりきます。音色という意味では、30万円台の弓に素敵なのがありました。気になるので曲を変えて弾いてみたりしました…そして『反則』の弓へ。。

おぉ!! これはもう~いやすばらしいね。しっとりとなめらかに、うまく当たったときの音色はとろけるようです。私が弾くんでもやっぱり、違いというのはあるようです。おもしろい。

…おもしろいけど。冷静に考えると、弾きやすさ的にしっくりくる21万の弓が今はいいだろうな。この腕のうちにこの『反則』弓なんか使ったらバチが当たりそうだよ。

それで、「決めました。今は弾きやすさ重視でこの21万の弓にします。今後もう少しうまくなったときに弓はまた考えるかもしれませんが」といってライフプランの話をすると、ここまで常に冷静だった技術者さん、ちょっとウケてます。

それで、ケース選び。私はとにかく軽さ重視ということで、四角ではなく三角の、そこに並んでる中ではいちばん安いのをチョイス。それでもいまどきのケースですから、とりあえず歩いたり電車に乗ったりしてるくらいなら、だいじなだいじなマイバイオリンを入れても問題はないようです。ほかに、「お奨め」されたケースがあって、置いて開いたときの安定感、しょったときの安定感は抜群でしたが、やはり軽いほうを選びました。

全部決まって、技術者さんは「計算書を作ってきます」と立っていきました。そういえば、値引き交渉とかなんもしてないけど、言う余地があったのかな~とぼんやり考えていると、できあがった計算書を見ると10万ちょっと引いてありました。「長年調律でお世話になってますので」とおっしゃってましたが、いやこっちがお世話になってるんだけどね。というか、どの店もまず高めの値段が書いてあってたとえ一見さんでも引いてくれるもんなのかも。

それからお手入れの方法を教えてもらって(推奨のクロスをおまけにつけてもらいました)、工房でメインに担当している職人さんに紹介してもらって(日本語のうまいフランス人のお兄さん)、「半年に一度くらい、毛替えと調整にいらしてくださいね」。そうだそうだ、このあとメンテナンスでずっとお付き合いしていくのよね。この腕がどうなのかで満足度も変わるわけだ。

そして、バイオリンケースをしょって帰宅。両肩で背負えるようになったのと、軽量ケースなので嘘のように軽々。ここに、私が惚れこんだバイオリンが収まっているんだと思うと不思議な気持ち。

←選んでいるときに記録のため撮影したもの。

S.Chobanov 2010 Kazanlak, Bulgaria
8th Prize of 6th Mittenwald Competition
(つけてある弦はエヴァ・ピラッツィ)

SA1007 アルシェ

にほんブログ村 ピアノ  ←ぽちっと応援お願いします
にほんブログ村 ヴァイオリン ←こちらでも
にほんブログ村 中高一貫教育

【中学受験】 こじろうインデックス
【高校受験】 またろうインデックス
ピアノ・インデックス

今日の弁当
コメント (20)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする