カケラノコトバ

たかあきによる創作文置き場です

「夏」「PSP」「静かな罠」ジャンル「ホラー」より・水底の玩具

2015-02-03 19:05:34 | 三題噺
 気が付くと椅子に縛り付けられ、逆さにされた格好でバスタブに入れられていた。そして、そんなボクを覗き込む妻の顔にはいつもの笑顔があった。

 どういうことだと叫ぶと妻は変わらぬ笑顔のまま見覚えのある古い携帯ゲーム機を見せてくる。それは12歳の夏休みに旅行に行った時、一緒に行った友達が遊んでいるのを羨ましく思って貸してくれと何度も頼み、ようやく貸して貰って遊んでいる途中で返せと言われ、頭にきて川に捨てたものだった。そして、泣きながらゲーム機を拾いに行った友達は溺れて死んだのだ。

「あの子はね、両親が離婚して離ればなれになった私のお兄ちゃんだったの」

 忘れたことなどない、懺悔しても仕切れない記憶。
 ひたすら謝り続けるボクに、妻は相変わらずの笑顔で言った。

「でもね、そこまで謝るなら自分が決して許してもらえない罪を犯した自覚はあるのよね。
 まあ、謝らなかったら反省の色がないという理由でこうしたんだけど」

 だから、どちらであろうと貴方はこのまま死んで頂戴と笑顔のまま言い放った妻は、そのまま蛇口を捻ってバスタブに湯を溜めはじめた。
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「もう後がない」より・新しい生活

2015-02-03 00:36:25 | だからオレは途方に暮れる
 爺さんの家は古いが意外に広かった。
 オレの部屋だと通された部屋に置かれていた学習机や洋服箪笥も、かなり使い込まれたものだが頑丈な造りをしている。隅の方に剥がし忘れたらしいシールがそのまま貼ってあったが、色あせたそのロボットキャラをオレは知らなかった。
 この部屋を使っていたのは一体誰なのだろう。そんなことを考えながらオレが自分の少ない荷物を適当に突っ込んでいると爺さんが現れ、飯が出来たと言う。

 出された食事は魚やヒジキの煮物などの和食が中心だったが、意外にもすんなり受け入れられた。母さんの作る料理と殆ど味が変わらなかったのだ。
「食べ終わったら食器の片付けを手伝って貰うぞ」
 それは家にいた頃も同じだったので、オレは爺さんの言葉に頷いてから庭の方を見る。その片隅には犬小屋が置いてあって、すぐ側でゴスペルが餌皿に鼻面を突っ込んでいた。
「……ゴスペルにエサをやったのはじーちゃんか?」
「ワシの他に誰がいる」
 ゴスペルは普段なら絶対に家族以外の見知らぬ相手から餌を貰ったりしない。何だか裏切られたような気分でゴスペルを睨むと、オレに気付いたのかゴスペルが顔を上げると尻尾を股の間に挟み込んで視線をそらしてしまった。

 狼犬というのは基本的に毎日運動させてやらなければならないので、食器の片付けが終わったオレはゴスペルを連れて散歩に行くことにした。
「まだ道が分からんだろう、ワシも行こう」
 そう言って付いてきた爺さんだったが、一緒に歩いている間は何の会話もなかった。爺さんが何かを話したがっているのは分かったが、俺が何も話しかけようとしなかったせいだろう。実際、その頃のオレは爺さんと話すことなど何も思いつかなかった。ただ、たまに爺さんが近所の建物や道路の行き先について説明してきたりするのを聞くとはなしに聞きながら歩き、散歩は終わった。

 家に戻ってからオレは思い切って爺さんに、ゴスペルを家の中に入れて欲しいと頼んでみた。家ではそうやって飼っていたのだと。
 すると爺さんは「そうか」とだけ呟いてゴスペルを家に入れてくれた。嬉しそうに尻尾を揺らしながら、早速リビングの一角を縄張りと定めて陣取るゴスペルの姿に、どんなに爺さんに対して思うところが有ろうと、オレはもう本当にココで暮らして行くしかないのだと覚悟を決めることになった。
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「フルボッコ状態より」・おしまいと、はじまり

2015-02-03 00:29:35 | だからオレは途方に暮れる
 十歳の誕生日に、父さんと母さんが死んでオレだけが生き残った。
 車の事故だった。

 葬式が終わってから親戚連中の誰がオレを引き取るかの話し合いが始まったが、残された遺産や保険金目当てに名乗りを上げたらしい連中も、オレが生まれてからずっと兄弟同然に暮らしてきた狼犬のゴスペルを処分しないなら面倒は見られないとぬかしやがった。

 冗談じゃないコイツと離れるくらいなら死んでやるとわめき散らしてゴスペルにしがみつくオレと、オレを守ろうとしてか親戚連中に向かって威嚇のうなり声を上げるゴスペルの態度で話し合いが中断しかけた時。

「その子はワシが引き取ろう」

 いつの間に現れたのか見覚えのない爺さんがそう言うと場のざわめきがほんの一瞬だけ収まり、すぐに様々な質問や詰問が爺さんに向かって怒濤のごとく浴びせかけられた。
 曰くアンタは誰だ、知らない顔だが何故ここにいる、この子を引き取る権利はあるのか、どうせ遺産目当てだろう。
 そんな罵倒としか受け取れない言葉一つ一つに、爺さんは自分がオレの母方の祖父であること、自宅に訊ねてくるはずの娘一家が事故に遭ったと聞いて飛んできたこと、オレを引き取れるだけの環境は整っていることをきっちりと説明した。

「第一、ここにいる連中は誰一人としてゴスペルまで引き取る余裕はないのだろう。二親に死に別れたばかりの子供から残った家族まで奪い去る気なのか」

 小柄ではあるが異様なまでの迫力を持つ爺さんは、そう言って親戚連中を眺め回した。殆どの親戚は黙り、どうせ遺産目当てだろう、今までこの子に会いに来もしなかったくせにと聞こえよがしにぼやいた相手は爺さんの凄まじい眼光をまともに喰らってすくみ上がった。

 正直言って、その時のオレは爺さんがあまり好きになれず、単にゴスペルと離れずに済むという理由で爺さんの家に住むと決めた。
 爺さんが本当は何を考えていたのか、どんな気持ちで親戚連中の前に現れたのかなど、少しも判っちゃいなかったのだ。

  
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