最悪の気分で迎えた夏休みを、オレがゴスペルと一緒にダラダラと過ごしていたある日。
久しぶりに爺さんの里子だった『兄ちゃんたち』が三人ほど遊びに来た。
「何だ何だ不景気な面しやがって」
「まあ、夏休みだってのにドコにも行けないんじゃ退屈で腐るだろう」
「いいトコロに連れてってやるぞ、車でかいからゴスペルのヤツも連れて行こうぜ」
最初の出会いこそ出会いだったが、その後の兄ちゃんたちは遊んでくれたり外でメシを食わせてくれたり、たまに小遣いをくれたりとイロイロ構ってくれたので、オレもその頃にはすっかり懐いていた。だから、その日も何の疑いもなく『兄ちゃんたち』の誘いに乗った。
その日の天気は快晴で、オレは車窓にゴスペル共々へばりついて流れ去っていく景色を夢中で眺める。やがて車は町を離れて家の姿も疎らになり、いつしか完全な山道に入った。
「ところで、今日はドコ行くんだ?」
その時点でもまだ兄ちゃんたちの意図に気付いていなかったオレが脳天気に尋ねると、兄ちゃんの一人が笑いながら『いいトコロだよ』と答えてきた。その口調に何かイヤなもを感じ始めたあたりで車が止まり、オレとゴスペルは促されるままに車から降りる。
見回すとそこは地元の人間しか入らないような林道に続く空き地で、とても『いいトコロ』には思えなかった。
「なあ兄ちゃんたち、コレって」
直後、一番末の兄ちゃんが笑顔のままオレを突き飛ばす。そのまま尻餅をついてしまったオレにゴスペルが駆け寄ってきて兄ちゃんたちに唸るが、ゴスペルが見かけ倒しの臆病な犬だと知っている兄ちゃんたちはただ笑うだけだった。
「なあオマエ、一体オヤジに何を言った?」
「オヤジが甘い顔してりゃ図に乗りやがってよ」
「実の孫だからって調子に乗ってるんじゃねえぞ」
オヤジに謝れよ!出来ないならココに犬と一緒に置いてくぞ!
予想もしていなかった大人が本気で浴びせてくる罵声に、オレはただゴスペルにしがみついて震えていることしか出来なかった。その時。
いきなりその場に現れた人影が稲妻のように拳を振るい、三人の身体が地面に沈む。
「何をやっている、お前等」
「……だ、大兄ちゃん、今日は家庭サービスの日では?」
「ほら、コイツが酷えコト言ったからオヤジが落ち込んだじゃん」
「大兄ちゃんだって許せないだろ!」
そんな弁明を皆まで聞かず、再度三人に対して念入りに拳を振るってから大兄ちゃんは割れ鐘のような声音で叫んだ。
「オヤジとこいつの問題が暴力で解決出来るなら、とっくにオヤジが拳を振るって解決しているんだ!余計な真似をするんじゃない!」