三人の兄ちゃん達を追い払ってから爺さんの家に帰る途中、大兄ちゃんはオレに怖い思いをさせてしまった詫びだと言ってドッグカフェに連れて行ってくれた。犬用クッキーを貪り食らうゴスペルを傍らにハンバーグランチを食べていたオレに、コーヒーカップを手にした大兄ちゃんが声を掛けてくる。
「なあお前、もしオヤジに『お前が10歳になって会いに来ようとしたからワシの娘夫婦が死んだ』と言われたら、どう思う?」
思わずフォークを止めて見上げると、大兄ちゃんは酷く悲しそうな顔つきで続ける。
「お前がオヤジに言ったのは、それと同じ事だ」
自分では想像も出来なかった言葉に胸が詰まって俯くと、大兄ちゃんは何かを決心したように一つ頷いてから更に言葉を継いだ。
「オヤジはな、俺たちと同じ施設育ちだ。まだ赤ん坊の頃に置き去りにされていたんだそうだ……それでも頭の良かったオヤジは自力で進学して就職して嫁さんを貰って、子供も出来て、自分はこれから幸せになるんだと思っていた」
初めの悲劇は産まれてきた子供と引き替えに最愛の妻を失った事。だが、それでも爺さんは男やもめのまま一人娘を育て上げた。
やがて一人娘は愛する男と出会い、二人の仲を強硬に反対した爺さんの元を去った。それでも爺さんは二人の間に子供が産まれたと聞いて訪ねていき、今度は『もう十歳まで会わせない』と叩き出されたと言う。
「……確かにかーさんは気が強かったけど、何があってそんなコトになったんだ?」
そんなオレの直球過ぎる疑問に、大兄ちゃんは「さあな」とだけ答えて話を続ける。
二度目の悲劇は娘夫婦一家の事故。高速で飲酒運転中の大型ダンプに突っ込まれ、オレがほぼ無傷だったのは奇跡だと後に教えられた。ニュースでそれを知った爺さんは、例え葬式には間に合わなくても娘夫婦が遺した子供だけは守らなければならないとオレの元に急いだのだそうだ。
「オヤジは基本的に自分の過去を他人に話す人じゃなかったが、一度だけ『孫が十歳になったら会える』と嬉しそうに写真を見せてくれたことがあってな」
あの時は少しお前が羨ましいというか、妬ましかったぞと呟いてから大兄ちゃんは黙り込んだ。オレの方もすっかり食欲が失せ果てたまま、ただ意味もなく目の前のハンバーグをフォークでつつき回す。
「……お前が大変な目に遭ったのは知っている。だが、オヤジだって平穏に暮らしてきたわけじゃないと、今は無理でもいずれ解ってやって欲しい」
「……大兄ちゃんって、じーちゃんみたいな話し方するんだな」
思わず呟いたオレに、大兄ちゃんは実に意外そうな表情になる。
「俺は四人の中で一番オヤジに似ていないと良く言われるんだが」