あいつは産まれたとき、既に心臓に重篤な欠陥を抱えていたという。そのまま放置すれば決して成人するまで生きられないと医者に宣告を受けたあいつの爺さんは、己の研究テーマであるサイバニクス技術で孫を助けようと決心したらしい。
「……ただ、意見の対立が原因で共同研究を行っていた友達の科学者が離脱して、その時に倫理問題とか特許関係とか色々あって、事実上は研究を続けられなくなったんだって」
でもまあボクの心臓は外科手術で完治して元気になれたんだけど、そう呟いてからあいつは溜息をつく。
「それであいつらは最初、研究内容の買い取りをおじいちゃんに願い出て断られて、データに手を出せないと知ったら、今度はボクに狙いを付けたんだ」
「でも、それっておまえ関係ないじゃん。心臓はフツーの手術で治ったんだろ?」
「おじいちゃんは何度もそう言っていたけど、あいつらは信じなかったんだ」
そこまで話を聞いた辺りで不意に倉庫の扉が開く。オレがあいつの顔を見詰めると黙ったまま首を横に振るのでオレも黙って座っていた。
「久しぶりね坊や、元気そうで何よりだわ」
オレたちを攫った男三人を従えて現れたのは、何だか気持ち悪い女だった。顔はたぶん美人なのだが雰囲気が何というのか薄ら冷たいくせにねばついていて、何だか『蛇女』という単語が浮かぶ。
「またあなたですか、いったいボクたち一家の生活をどれだけ破壊すれば気が済むんですか!」
珍しく本気の怒気を露わにするあいつに、蛇女は笑顔のまま近付いて答えた。
「あら、恨むならアナタのお爺ちゃんが先でしょう?
アナタのお爺ちゃんが私たちの欲しいデータを破棄してしまって、残っているのはアナタの心臓だけなんですもの」
「だから!ボクの心臓はおじいちゃんの作った物じゃない!」
すると蛇女は次の瞬間に滑るような動作であいつに肉薄し、右人差し指の赤い爪先であいつの胸元をなぞるように動かしてから、寒気がするような笑顔を浮かべて言った。
「それがホントかどうかは、あなたのココを開いて確かめるのが一番確実だと思うけど?」
反射的にもう一度あいつの顔を見詰めるが、あいつは固く目を閉じたまま指を横に振る。たまりかねて叫ぶオレ。
「おい!いい加減にしやがれこの蛇女!」
そこで蛇女はようやくオレの存在に気がついたように視線を向けてきてから、次の瞬間虫けらでも見るかのような表情で容赦なくオレを張り飛ばしてきた。ボクの友達に何するんですか!と叫んで食ってかかるあいつを部下に押さえ付けさせた蛇女は、床に転がったオレに対する憎悪を隠そうともしないまま吐き捨てるように言った。
「全く、こちらの坊やのお陰で段取りが滅茶苦茶になったじゃないの。本当なら今頃はアナタを海の向こうの依頼人(クライアント)の元に運んでいる最中の筈だったのに」