ゴスペルが、オレの前を歩いている。
普段はオレの歩調に合わせてゆったりと歩くのに何故か早足で、しかもリードを付けていない。
「おいゴスペル!こっちに来い!」
父さんから、ゴスペルのような大きい犬がリードもなしに外を歩いていたら、すぐに保健所に連れて行かれて殺されてしまうと教えられていたオレは、慌ててゴスペルを追いかけた。しかしゴスペルは決してオレに追いつけない速度で、しかし時々は足を止めてオレの方を振り返りながら進んでいく。
周囲は闇に覆われて何も見えず、ただゴスペルの姿だけを頼りに必死に歩いていると、不意に人影が浮かんだ。
ああ、あいつか。
椅子に腰掛け、うなだれているあいつの傍らにはあいつの爺さんと両親が心配そうに控えていた。コレなら大丈夫だろう。
元気でな。と呟いて更に進んでいくと今度は別の人影が現れた。
ああ、じーちゃんだ。
やはりうなだれた姿で立ち尽くしている傍らには、兄ちゃん達四人が辛そうに爺さんを取り巻いていた。コレなら大丈夫だろう。
それじゃ、オレはゴスペルと行くよ。と呟いて更に進んでいくと、今度は光が見えてきた。何故か灯りではなく光だと直感的に思ったとき、その光の前に二人の人影が現れる。
逆光に晒されて半分以上が影に沈んだ姿は、それでも明らかにオレにとってたまらなく懐かしいものだった。
「……とーさん、それにかーさん」
思わず駆け出してすがりついたオレを二人は優しく抱きしめてくれて、でも、良く顔を見ようとした直後に肩を掴まれ、オレが今まで歩いてきた方向に視線を向かされる。
『よく見なさい、そして、聞きなさい』
そんな父さんの声と共に、オレの耳がちょうど溜まっていた水が抜けた時のようにいきなり明確に周囲の音を拾えるようになり、そして声が聞こえてきた。
先ほどオレが通り過ぎた場所で、あいつと、爺さんが何を呟いていたのかを。