赤羽すずらん通り La La ガーデン
Photo 2007.6.25
ここのアーケードは幅がかなり広くて規模が大きい。アーケード内にも車道と歩道があり、その境目にアーケードを支える柱が立っている。
御存知の方もいらっしゃるかも知れないが、日本のアーケードは基本的に自立型。沿道の建物に構造体を載せてしまうことは出来ない。再開発建物などの公開空地内のアーケードは別だが、いわゆる商店街のアーケードは、沿道建物とは別に柱を立てて、道路上に架かる屋根を支えている。
詳しい理由は知らないが、木造建物が多かった時代に、アーケードをそれらに載せると、火事になったときにアーケードも倒壊してしまうから独立構造とすることになったのではないかと思う。路上に余計な柱が立つので、見た目は悪くなるし、沿道建物との一体感もあまりできないというデメリットはあるのだが、逆にアーケードが自立しているので、沿道で建て替えがあったり、駐車場等の空地になってもへっちゃら。
欧米のアーケードは日本とは違って建物の上に載っていることが多い。建物が煉瓦造や石造なので、もし火事になっても、壁体が残るから気にならないのだろうか。同様に、信号機や街路照明も壁面に取り付けられているし、市内電車の架線も壁面から空中に架設されている。これらは、沿道建物が基本的に建て替えられないことを前提としている。
さて、角地にあるサトウ薬局の建物は、面が取られている(交差点に面したところが斜めにカットされている。)が、アーケードの屋根がそこまでご丁寧に付いている。だが、その下には柱がない。前述のように、建物に寄りかかるわけにはいかないので、ここの緑色のアーケード庇は本体の方から伸ばしているらしい。頑張って伸ばして、薬局の建物までくっつけている。だらーんと下がってしまわないか、ちょと心配。
で、サトウ薬局の建物。いかにもな昭和30年代系建物なのがよい。ネオンサインは昔から変わってない様子。今でも電気点くのかしら? 上の方には「ご宴会・ご会食・仕出し、いけ増」の広告塔。こちらも年代物。
と、ここまできて、屋上の手摺が奥の方へ繋がっていることに気づく。角地のサトウ薬局だけ、壁をクリーム色に塗り直したらしいが、どうやら何軒かがまとまった4階建て共同建物らしい。
赤羽の東口界隈は、戦災復興区画整理が行われた場所(戦災第33地区)。昨日の記事の場所も区画整理地区内で、鰻屋さんは木造で再建したわけだが、こちらでは区画整理で土地を整形した後、そこに不燃共同ビルを建てたようだ。アーケードが付いて見えなくなっているが、よく見ると結構モダーンな建物。この素っ気なさ、意外といけてる。
東京都建設局:道路/震災・戦災復興区画整理
さて、余計な心配かもしれないが、こういう建物って、老朽化したら建て替えとかはどうなるんだろう。敗戦後60年以上たち、戦災復興からも50年程度が経過すると、そろそろ戦後第一世代の建物の行く末が気になり出す。
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