「老人タイムス」私説

昭和の一ケタ世代も高齢になりました。この世代が現在の世相をどう見て、考えているかーそのひとり言。

         最高の寒冬だった昭和19年ー20年の想い出

2013-01-10 08:03:14 | Weblog
また寒波が日本列島を襲っている。本州の日本海側から北海道にかけての一帯が例年にない豪雪、札幌では新年位になって10日間、真冬日が続いている。これは36年来の記録だとのことだ。若い時、長野、郡山、札幌と述べ15年近く北国の冬を体験している僕は、その厳ししさをいやというほど体験している。心からお見舞い申し上げます。

首都圏も年が明けてから好天だがいつになく寒い。年によっては暮れのうちに咲く寒梅の蕾みはまだ固い。昨年秋の気象台の予想では暖冬だったが、間違いなくこの冬は寒冬である。日本では1987年から95年の9年間暖冬が続き”暖冬異変”と言われたが、逆にここ数年は寒冬になってきたようだ。

Wikepediaによると、気象台の記録にある日本の寒冬の記録は1944年ー45年(昭和19年020年]で、この冬は全国的に気温が例年に比べ3°c-4°c低く北海道の雄武では一日中気温が零度以下の真冬日が92日間も続いた。この冬、僕は東京の中学生で学校から工場へ勤労動員させられていたが、なんどか大雪に見舞われたことを覚えている。

太宰治は20年3月、東京の三鷹から家族と共に甲府へ疎開しているが、のちに体験した甲府空襲(7月7日)について書いた短編「薄明」の中で次のように書いている。「(三鷹から甲府にきて)百日ぶりに防空服装を解いて寝て、まあおれで暫くは寒い夜中に子供をお越して防空壕に飛び込むことはなくて済む」

亡父の当時の日記を見ると、東京は連日連夜、警戒警報、空襲警報が発令され、僕はその都度母校の警備についている。僕も太宰と同じように毎晩ゲートルを巻いたまま床に就いていた。防空頭巾をかぶり、サイレンのなっている夜道を駆けて行ったことが昨日のようだが、もう66年も前のことなのだ。