ベッラのブログ   soprano lirico spinto Bella Cantabile  ♪ ♫

時事問題を中心にブログを書く日々です。
イタリアオペラのソプラノで趣味は読書(歴女のハシクレ)です。日本が大好き。

ピアティゴルスキーのチェロ、 ルービンスタイン「ロマンス」

2010年11月14日 | 芸術
Gregor Piatigorsky plays Rubinstein-Romance


戦前の名チェリスト、グレゴール・ピアティゴルスキーの貴重な名演奏をどうぞ。
もう70年近く前の映像と録音なので、鮮明とはいえませんが、古き良き時代の音楽です。
ピアティゴルスキーはロシア革命の時に亡命、ドイツに潜み、アメリカへと渡り、ピアノのルービンスタイン、ヴァイオリンのハイフェッツとトリオを組み、歴史的な名演を残しました。
ソ連を出る時は、銃弾に見舞われ、カバンは銃弾の跡でメチャクチャ、愛用の楽器を抱えて走って逃げた、後から思うと恐ろしい、と回想していました。

ロストロポーヴィッチの前の世代のチェリストです。
チェロを演奏なさるはな様、こんな曲はいかがでしょうか?
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テレビで見る気になる街頭インタビューとロシアのチェリスト、ロストロポーヴィッチのこと

2010年11月14日 | 事件

街頭インタビューは、海保職員の尖閣ビデオの内部告発(あえて流失とは言わない)について、2つの意見に分かれる。
大抵は「国民は見る権利がある」「よくやった、感謝している」「民主党はなぜこれを機密というのか」という意見、
そしてこれは問題だと思うのが「組織にいるのだから決まりをまもらないと」「これじゃ困りますね」という意見。
また「公務員は勝手な判断をしてもらっては政治が立ち行かない。これは民主党が解決すること」などという知事もいる。

私はかつてソルジェ二ツインを保護したソ連最高のチェリスト、ムスティスラフ・ロストロポーヴィッチが、告発されて国外追放された様子を夫人のソプラノ歌手、ガリーナ・ヴィシネフスカヤが書いた「ガリーナ自伝」を読んだことがある。

ソ連の演奏家は全員「公務員」だった。
演奏会の出演料もすべて決められ、海外の演奏旅行は必ずKGBが付き添った。
ロストロポーヴィッチはレーニン賞も受賞、その美しく雄大なチェロは「世界最高」とまで讃えられる。

そして知人である作家、ソルジェニーツインが「収容所群島」でノーベル文学賞に選ばれた。
しかしその内容が、ソ連当局の意に反することとされ、ソルジェニーツインは身の危険にさらされた。

そこでロストロポーヴィッチは彼を別荘にかくまった。
そして彼はソルジェニーツイン擁護を堂々とした。
妻のヴィシネフスカヤは危険なことをしないでほしい、と言った。娘がふたりいる、と。
しかし、ロストロポーヴィッチはききいれない。

その結果、仕事は取り上げられ、「人民の敵」とされ、糾弾されたあげく国外追放になった。
家族と犬を連れ、ひそかに出国する・・・二度と祖国に戻ることはないのかと涙を流しながら。
しかし亡命先のアメリカ国籍は取らなかった。「私はロシア人だ」と言った。

告発、それは「共産党の政策に反対した」「人民の敵」というレッテルを貼られ、かつてはレーニン賞にも輝いた巨匠をうちのめした。

やがてソ連崩壊の時、すでに高齢なのに、彼はひそかにモスクワに渡り銃を持ってエリツインについた。
ロシア民衆は英雄の凱旋を讃えた。
その中にはかつて、彼を非難した人々もいた・・・。

彼は幼馴染の石工に会いに行く。
石工は、ロストロポーヴィッチの空き家になった家を定期的に掃除してくれていた。
ふたりは石工の妻が心をこめて焼いたケーキとウオッカで、しみじみとした幸福な時間を過ごす。

「ロシアはね、このような名もない庶民が支えてきたのだ。
ツアーリ(皇帝)でもなく、レーニンやスターリンでもない。
この国を支えてきたのは、名もないロシアの人々だ。」・・・幸せそうなロストロポーヴィッチ、彼は本当にロシアを愛していた。

「組織にいるなら、秘密は守らないと」「勝手なことを」という人たちは、今の異常さを知って言うのか。

政治家は「国民の盾」でなければならない。
しかし、今の仙谷らは「自分たちの盾として国民を扱う」のである。

その仙谷らが「組織の中にいて云々」を言う。
また、それに乗って行く人たちは、必ず他人を「告発」する側に立つだろう。
そうでないなら、こんな悲しい発言をするべきではない。


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