ベッラのブログ   soprano lirico spinto Bella Cantabile  ♪ ♫

時事問題を中心にブログを書く日々です。
イタリアオペラのソプラノで趣味は読書(歴女のハシクレ)です。日本が大好き。

レナータ・テバルディ「アンドレア・シェニエ」より<亡くなった母>

2010年12月11日 | オペラ
Renata Tebaldi "La mamma morta" Andrea Chenier


マリア・カラスと並んで当時最高のソプラノ、レナータ・テバルディが初来日、マリオ・デル・モナコとジョルダーノ「アンドレア・シェ二エ」を歌い、日本初演。

彼女は美人ではないし、横綱大鵬のような体格で相手役を見降ろす大きい女性、しかしこのソプラノの気品は今見てもすばらしい。
媚びることはなく、誠実に歌いきる、そして感動した聴衆はいつまでも拍手を送った。

フランス革命前、伯爵令嬢のマッダレーナは詩人シェニエをからかって侮辱したが、シェニエが貴族社会の腐敗を即興詩で歌い、感動する。

それから5年後、彼女はフランス革命で落ちぶれ、今は隠れ住む身の上。かつてシェニエが即興詩で歌ったことに惹かれ、母を殺されてから、いろんな不幸にあい、やっと生き抜いてきたことを語る名場面。

シェニエが逮捕されたことで、彼を救おうとかつての召使で今はロベスピエールの片腕であるジェラールの前で、彼の釈放を願い、自分をジェラールに売ろうとする悲しい場面。しかしジェラールはかつてシェニエの即興詩を舞踏会のカーテンの側で給仕として聴き、感動していた。ジェラールはシェニエの弁護をすることになるのだが・・・革命裁判は非情にも!

この役はテバルディやステッラ、カラスにより歌われた。
また映画「フィラデルフィア」にもドラマの中で流れた名曲である。

☆憂様、素晴らしいでしょう?
私は10代からこの曲に魅せられてきました。
コメント (6)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

父、S病院で検査、主治医Y先生また出現!

2010年12月11日 | 生活・介護

昨夜は、父が弱ってきていて食事もあまりとれない状況だったので、朝一番に何としてもS病院に連れて行こうと決意、そしてほとんど眠っていなかった。
朝、嫌がる父(背中が痛いという)を無理やりにS病院に連れて行き、最初に消化器内科、これが午前中全部かかった。
そして今、歩き方がおかしいので脳外科にも行き、CTで異常なし、椅子から転倒したことは影響なし、念のため、整形外科に行って、レントゲン、これも近所の外科で診断されたことと同じだった。
でも、肩から腰まで各部位の細かいレントゲンで、何事もない、痛みだけがあるのでコルセット着用を今まで通り、以上だった。

消化器内科に行ったのは、やはり父の便秘のこと。
検査が終わって、車椅子に乗せようとしても抵抗され、困っているところを、呼吸器科の父の主治医であるY先生がいつのまにか現れ(この先生、いたるところに出現、先々週、救急で行った時も、日曜だったが様子を見に来て下さった。以前、元旦に緊急入院したときも、2日目にお休みなのに来て下さった。口は悪いが患者思いの先生)ヒョイと父を(乱暴に)車椅子に乗せて下さった。

「おい、もう帰るぞ~」と叫ぶ父に「帰れ、帰れ、さっさと帰れ!」と言い返すY先生、そして消化器内科で頂いた処方箋に勝手にもうひとつ付け加えて書き込み、自分の名を書いてすぐ消して、消化器内科の医者の印を貰ってきて私に渡した。

「こんな調子で何度も連れてくるのはお父さんに負担だ、心配ないからこの薬で様子を見て、27日の定期検診まで家にいなさい」って言われた。

今までこの先生には何度も叱られてきたし、父が初めて入院したときなど「まあ、もってあと2年かな」なんてひどいことを言うので、私は追いかけて行って「どうしてあと2年なんですか、2年しかもたないんですか」ときいたことがある、その時はケアマネージャーが決まったばかりで、契約などで病院に来ていて驚き、私を必死になぐさめていたことを思い出す。

Y先生は30半ばをすぎたばかりの若い方で、その後、何度も夜に救急で行っても「すぐにいつでも連れてきなさい」と気楽に言って下さった。
口は悪いのは今でもそうだが、患者おもいであることは切々と感じるし、他の患者からも絶大な人気があるようだ。
S病院が満員で入院出来ない時など、救急車にY先生自身が乗り込んで下さって、他病院に行き、そこの医師にレントゲン写真を見せて説明されたことも、口では言えないほどの感謝である。
(もちろん、そこの病院では父のヤンチャで困りぬき「もう来ないで下さい」と言い渡された。それを伝えると「ごめんね、うちの病院はいっぱいだったからね」とやさしく父に言ってくださって、恐縮した思い出もある)

実は金曜日はY先生がお休みの日である、
だけど来ていた!
いつ休むんだろう・・・私は主治医の健康を心配している。

☆帰宅し、ちょうどヘルパーさんが来て下さった時間で、父を落ち着かせ、着替えさせてベッドに寝かせた。私など何度叩かれたかわからない。「元気になったな」と思った。
ヘルパーさんは一時間だったので、その間に薬を取りに行けた。病院では父のことでせいいっぱい、薬局に行くことなんてできないので家の近くの薬局で受け取ることにしている。

そして夜、父はグーグー寝たので、安心した私は、パソコンを開けようとして、そのままフロアーに寝てしまったようだ。
気がついたら午前4時すぎだった。
病院ではズキズキするような頭痛を我慢していたが、スッキリととれていた。

コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする