ベッラのブログ   soprano lirico spinto Bella Cantabile  ♪ ♫

時事問題を中心にブログを書く日々です。
イタリアオペラのソプラノで趣味は読書(歴女のハシクレ)です。日本が大好き。

ネステレンコが歌うムソルグスキー「蚤(のみ)の歌」(原詩はゲーテ) 他にシャリアピンのこと

2013年02月20日 | 歌曲
Evgeny Nesterenko - Mussorgsky's Song of the flea


歌詞はゲーテだが、ロシア語に訳され、ムソルグスキーが作曲。
シャリアピンの名唱で世界的に広まった。
ロシアのボリショイオペラの名歌手ネステレンコが歌う。(アッティラを歌った歌手)


歌詞の大意

ある時一人の王様が住んでたとさ、蚤も一緒に住んでたとさ、蚤、蚤!
王様は兄弟よりも蚤が可愛かった、蚤、ハハハ! 蚤? ハハハ! 蚤!
仕立屋を呼びつけ「よく聞け、間抜けめ!
大事な友人のためにビロードのカフタン(外套)を作れ!」
蚤にカフタン? ヘヘヘ! 蚤に? ヘヘヘ、カフタン? ハハハ! 蚤にカフタン!
蚤は黄金とビロードの着物を着て、宮中で全く自由に振舞った
ハハ! ハハハ! 蚤? ハハハ! ハハハ! 蚤!
王様は蚤を大臣にし、勲章までくれてやった
仲間の蚤もみんな召し抱えられた! ハハ!
御妃も女官も蚤に手が出せず生きた心地もない ハハ!
蚤に触れることもできず、潰すことなどとんでもない!
でも俺たちだったらすぐに潰してやる! ハハハハハ! ハハハハハ!


ゲーテの詩ですが、蚤って、国家の中枢に入り込んでいる逆賊?
・・・
シャリアピンが日本でこの歌を歌い「ボルガの舟歌」と共に、長く語り継がれてきた。
私の母が幼いころ、ラジオでシャリアピンの歌を聴いた感激を後になって話してくれた。
父はステーキの話だと思っていたらしい。 

シャリアピンは日本に来た時はもうすでにレーニン賞をはく奪され、ソ連を国外追放になっていた時かと思う。

http://www003.upp.so-net.ne.jp/orch/page080.html・・・昭和11年、シャリアピンが来日した時の様子を書いたもの。

シャリアピンの「蚤の歌」(私の母はラジオでこの録音を聴いたのかも知れない。幼いころのことだったそうだ。)

Feodor Chaliapin sings Song of the Flea



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