その後の『ロンドン テムズ川便り』

ことの起こりはロンドン滞在記。帰国後の今は音楽、美術、本、旅行などについての個人的覚書。Since 2008

人新世の「資本論」 (集英社新書、2020)  

2022-03-10 07:29:42 | 

2021年の新書大賞(どういう位置づけの賞かは未調査)第1位と言う帯に相応しい、読み応えのある1冊でした。

 

「人新世」(Anthropocene)とは、ノーベル化学賞受賞者であるバウル・クルッツェンが、地質学的に見て、地球は新たな年代に突入したとして名付けた概念です。「人間たちの活動の痕跡が、地球の表面を覆いつくした年代と言う意味」(p4)だそうです。人類の経済活動が地球を破壊し、環境危機を招いた時代との位置づけです。現在、世界的にSDGsなどの取組みが推進されているものの、危機の根源となっている資本主義における成長や生産性という「罠」を脱しない限り危機は克服されない。そして、その処方箋は、晩期のマルクスの思想に基づいた「脱成長のコミュニズム」にあると主張します。

個人的に学びが多く勉強になりました。今のSDGsの取組、グリーン・ニューディール、環境技術開発らではとても手に負えないほどまでに大きくなっている地球環境破壊や気候変動の状況はよくわかります。そしてその原因となる二酸化炭素は富裕層・先進国が巻き散らしており、国際的な不公正がますます拡大していること。環境にやさしいはずのグリーン技術は、その生産過程まで視野に入れると二酸化炭素の削減効果も、期待されるほど効果はあがらない。マスメディア、ネット等で断片的には目にはしていても、こうした書籍で整理された情報に触れると、頭の中でクリアに整理されます。

ただ、勉強にはなりましたが、資本主義が招いた気候変動・環境危機の解決策がコミュニティの自治と相互扶助に基づいた「脱成長コミュニズム」と言われると、ちょっと身構えてしまいます。筆者は、マルクスが「人間と自然の亀裂の修復する唯一の方法は、自然の循環に合わせた生産が可能になるように、労働の領域を抜本的に変革していくこと」との分析を重視します。それに基づき、気候危機を乗り越えるためには、労働の変革として「使用価値経済への転換」、「労働時間の短縮」、「画一的な分業の廃止」、「生産過程の民主化」、「エッセンシャル・ワークの重視」の5つの構想が脱成長のコミュニズムの柱となると考えます。そして、その萌芽を気候非常事態宣言を出したバルセロナの取組に見ます。

パーツパーツではなるほどと納得はするものの、資本主義の「成長」の呪縛に囚われて、日々もがいている自分には現実感が薄いと言わざる得ません。確かにバルセロナの取組などは画期的なものであるのかもしれませんが、こうした取り組みが地球規模で広がり、気候変動を変える力になるかと言うと、俄かには信じがたいですね。人間は欲深いし、自分勝手だし、ご都合主義です。筆者の議論は非常に知的好奇心が刺激され、引き込まれるのですが、自由な思考ができた学生時代なら大いに感化されたでしょうが、ひねた大人となってしまった今となっては勉強以上のものにはなりませんでした。なので、今回の私のなりの結論は、脱成長のコミュニズムは大いに結構。ただ、残念ながら現実への影響はないのでは。それを推し進めると、人間はまさに滅亡に向けてまっしぐらなのかもしれないという、きわめて悲観的な結論となりました。

読み方は人それぞれになる本かと思います。学生時代に戻った感覚を味わえるのも嬉しいです。一読をお勧めします。

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする