ゲノム解析によって人類が歩んできた10万年の道程を明らかにされる。読み通すのも、内容を理解するのもかなり努力が求められたが、その価値がある一冊だった。
本書の結論部分を引用すると、
「ゲノム革命は、だれも想定しなかったほど、ヒトの集団がお互いにつながりあっていることを明らかにしている。・・・多様な集団の大規模な混じり合いと、広範囲の集団置換と拡散に満ちた驚きの物語だ。」(p58)
本書はその「驚きの物語」を筆者ら遺伝学者たちの研究成果をもとに人類の歩みを紹介する。アフリカ発のホモ・サピエンスは、欧州のネアンデルタール人とも交雑したし、デニソワ人とも交雑し、地球上に散っていった。人類はこの交雑と拡散のプロセスを経て、現在に至っている。人類の歴史の壮大な時間・空間のスケールに圧倒させられるとともに、ゲノム解析でここまでのことが分かるということに衝撃を隠せない。
最終章ではゲノム革命との向かい合い方について、筆者の持論を展開される。ゲノム革命が進めば、行動や認知上の特性が遺伝的多用性の影響を受け、そうした特性に集団間で平均して差があり、しかも集団内での変動幅についても差があるという結論に行きつく可能性が高い。その際、人間はその差とどう向き合うべきなのかというテーマだ。筆者は言う。
「差異があっても私たちは自身の振る舞いはそれに左右されるべきでないと悟ること。(中略)人間に存在する差に関係なく、誰にでも同じ権利を与えなくてはならない。」(pp..271‐272)
「人間の特性の多様性を心に留めておくことも忘れてはならない。(中略)成功するためのあらゆるチャンスを与えることだろう。(中略)生物学的な差異の存在を認めつつも、あらゆる人に同じ自由と機会を与えるようにすべきだ。」(pp..272‐273)
生物学や遺伝学的な発見・事実とそれに対して人類がどう向き合うべきか、理念・価値観を形成することの重要性を示唆している。人間の本質を考えさせられる意義ある一冊となった。
目次
第1部 人類の遠い過去の歴史
第1章 ゲノムが明かすわたしたちの過去
第2章 ネアンデルタール人との遭遇
第3章 古代DNAが水門を開く
第2部 祖先のたどった道
第4章 ゴースト集団
第5章 現代ヨーロッパの形成
第6章 インドをつくった衝突
第7章 アメリカ先住民の祖先を探して
第8章 ゲノムから見た東アジア人の起源
第9章 アフリカを人類の歴史に復帰させる
第3部 破壊的なゲノム
第10章 ゲノムに現れた不平等
第11章 ゲノムと人種とアイデンティティ
第12章 古代DNAの将来