その後の『ロンドン テムズ川便り』

ことの起こりはロンドン滞在記。帰国後の今は音楽、美術、本、旅行などについての個人的覚書。Since 2008

宮川剛『「こころ」は遺伝子でどこまで決まるのか? パーソナルゲノム時代の脳科学』(NHK出版新書、2011)

2024-01-19 07:43:39 | 

ゲノム脳科学をもとに脳にある「こころ」について解明する本。前回読んだ『「こころ」はいかにして生まれるのか』はこころの遺伝子要素までは踏み込んでなかったのに対し、本書はゲノム脳科学の研究成果を引きつつ、そこに切り込んでいる。

ゲノムとは「生き物」が持つ、それぞれの遺伝情報の総体のことであり、そこに個人の「設計図」が30億の暗号(塩基配列)で書かれている。ヒトの体を構成する60兆個と言われる細胞のひとつひとつに、ゲノム情報は埋め込まれているという。

筆者は、姿かたちや体質だけでなく、知能や感情といった「こころ」を生み出す脳の作り方も書き込まれていると考えるのが自然だという。ゲノム解析は種としてのヒトの分析から、個人を対象にして「自分とは何か」という問いに新しい視点を与える状況を紹介してくれる。

表題の答えを、私なりに本書から要約すると、「知能や性格といったこころの性質は「量的形質」であり、「量的形質」のほとんどは、一つの遺伝子だけで決まるものではなく、複数の遺伝子に加え環境や経験が影響して決まってくる。よって、どこまでとは言えないが、(複数の)遺伝子によりある程度は決まってくる」ということになる。

本書にはこころの疾患や性質に影響するスニップ(ヒトの塩基配列において1塩基だけ置き換わっている「一塩基多型」のこと)が紹介されている(p.188)。「失読症・読書のスキル」「うつ病」「生活リズム・睡眠」「記憶」「間違いからの学習」「アルコール依存・同調性」「甘いものの消費、うつ、倫理観、秩序」といった疾患や性質に影響を与える遺伝子が示される。

もちろん遺伝子だけではないというのが筆者の確固たる立場だが、怖い話である。身体特徴や知能だけでなく、こころまでも遺伝子の影響を受けるのだ。今の親ガチャ風潮を裏付けると言えなくもない。本書が書かれたのは2011年だから10年以上前だ。今はもっと進歩しているに違いない(友人が勤務する会社では人間ドックのオプションメニューにゲノム解析でなりやすい病気や自分の祖先のレポートがあるらしい)。

そんなパーソナルゲノムの時代をどう生きて行けばいいのか?筆者は、個人のゲノム情報を究極の個人情報である一方で、親兄弟のものでもあるという視点や優生学につながっていく危険性も指摘する。最後の指摘はその通りと強く首肯した。

「個人のゲノム解析が普及することにより、個人差がゲノムの違いという目に見える形になって表れるようになります。個人差や個性のネガティブ面には前向きで建設的な対策を考えること。それでも変えることができそうもない面についてはあるがままに受け入れる気持ちを持つこと。そして、個人のポジティブな面を最大限に尊重して伸ばしていくということ。そういった姿勢が大切であるという雰囲気を社会の中に形成することも、ますます大事になってくるのではないでしょうか。」(pp..236‐237)

文体は読みやすいが、章ごとに切り口が変わるところもあり、底流に流れる考えをしっかりつかむのは意外と難しい。じっくり読みたい本である。

 

目次

第1章 こころはどこにある?
第2章 遺伝子ターゲティングが拓いたこころの研究
第3章 こころの病に挑む
第4章 パーソナルゲノム時代の到来
第5章 ゲノムで性格や相性がわかるのか
第6章 ゲノム脳科学と近未来

 

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