年金引きこもり生活の昼間は、書斎の窓から早春の青空を眺めて過ごしている。
「ボ~」という擬態語がピッタリだ。
これと似たような状況が遠い昔にもあった。
あれは大学5回生が決定したあとの早春の日々だ。
四畳半の学生下宿でコタツに入り寝転んで、今と同じように窓から青空を見上げていた。
出不精は当時も今も変わらないが、心境は全く異なっている。
当時は親のすねかじりの学生で、就職も決まらないまま、それから続く無駄な1年に思いを馳せ、憂鬱で複雑な気分になったものだ。
こんな生活でいいのだろうか、来年から社会人としてやっていけるのだろうか、という不安な気持ちと、長い人生にちょっとくらい無駄な時間があってもいいじゃないか、将来を考える貴重な時間だ、などと楽観する気持ちが相拮抗していた。
しかし今は違う。
曲がりなりにも結婚もして、贅沢はできないまでも食うに困ることなく女房子供を養い、40年余りのサラリーマン生活を終え、年金生活に入ったのだ。
一応、世間的にはやるべきことはやったのだ。
文句はないはずだ。
そんなことを考えながら見上げる早春の青空は、一抹の物足りなさはあるものの、満足感の占める割合はそれなりに大きい。
上を見たらキリがない。これでよしとしよう。
「ボ~」という擬態語がピッタリだ。
これと似たような状況が遠い昔にもあった。
あれは大学5回生が決定したあとの早春の日々だ。
四畳半の学生下宿でコタツに入り寝転んで、今と同じように窓から青空を見上げていた。
出不精は当時も今も変わらないが、心境は全く異なっている。
当時は親のすねかじりの学生で、就職も決まらないまま、それから続く無駄な1年に思いを馳せ、憂鬱で複雑な気分になったものだ。
こんな生活でいいのだろうか、来年から社会人としてやっていけるのだろうか、という不安な気持ちと、長い人生にちょっとくらい無駄な時間があってもいいじゃないか、将来を考える貴重な時間だ、などと楽観する気持ちが相拮抗していた。
しかし今は違う。
曲がりなりにも結婚もして、贅沢はできないまでも食うに困ることなく女房子供を養い、40年余りのサラリーマン生活を終え、年金生活に入ったのだ。
一応、世間的にはやるべきことはやったのだ。
文句はないはずだ。
そんなことを考えながら見上げる早春の青空は、一抹の物足りなさはあるものの、満足感の占める割合はそれなりに大きい。
上を見たらキリがない。これでよしとしよう。