朝のウォーキング途中に急な坂道がある。
その坂道を上るたびに思い出すのが、大学生活を始めた京都の四ノ宮の下宿の近くの坂道だ。
滋賀県との県境にあった新興住宅街は、山を切り開いて造成されていたので、その入り口から下宿までは坂道になっていた。
その坂道は体感45度くらいの心臓破りの急坂で、雨の日など上から川のように雨水が流れてきた。
行きはよいよい帰りは怖いの坂道を、下宿をかわるまでの1年間上ったものだ。
坂の途中には50年配のマスターがやっているトップヒルという喫茶店があった。
アルバイトの可愛いお姉ちゃんがいて、僕らはよく通っていた。
そのお姉ちゃんは、男と駆け落ち同然に東京へ行ってしまった。
その喫茶店の近くには、50代の夫婦がやっているやなぎという丼屋があり、そこへもよく通ったものだ。
トップヒルのホットミルクやレスカ、やなぎの他人丼や助六寿司が僕らの定番メニューだった。
大学を卒業して何年かあとに現地を訪れた時には、残念ながら2軒ともなくなっていた。
今、当時流行っていたカーリー・サイモンの「うつろな愛」やロバータ・フラックの「やさしく歌って」を聴くと、その喫茶店と丼屋が懐かしく浮かんでくる。
その坂道を上るたびに思い出すのが、大学生活を始めた京都の四ノ宮の下宿の近くの坂道だ。
滋賀県との県境にあった新興住宅街は、山を切り開いて造成されていたので、その入り口から下宿までは坂道になっていた。
その坂道は体感45度くらいの心臓破りの急坂で、雨の日など上から川のように雨水が流れてきた。
行きはよいよい帰りは怖いの坂道を、下宿をかわるまでの1年間上ったものだ。
坂の途中には50年配のマスターがやっているトップヒルという喫茶店があった。
アルバイトの可愛いお姉ちゃんがいて、僕らはよく通っていた。
そのお姉ちゃんは、男と駆け落ち同然に東京へ行ってしまった。
その喫茶店の近くには、50代の夫婦がやっているやなぎという丼屋があり、そこへもよく通ったものだ。
トップヒルのホットミルクやレスカ、やなぎの他人丼や助六寿司が僕らの定番メニューだった。
大学を卒業して何年かあとに現地を訪れた時には、残念ながら2軒ともなくなっていた。
今、当時流行っていたカーリー・サイモンの「うつろな愛」やロバータ・フラックの「やさしく歌って」を聴くと、その喫茶店と丼屋が懐かしく浮かんでくる。
ビートルズのジョージ、ストーンズのキース。どちらも伝説のバンドのリードギタリストだ。そのふたりに共通するのがヘタウマ。キースに至っては、歳をとってその素人顔負けのヘタさに磨きがかかってきた。しかしそのサウンドには、他のギタリストには出せないオリジナルな味わいがある。それがビートルズやストーンズを、伝説にならしめた要因のひとつだと言っても過言ではないだろう。 そんな味わいの小説を、Amazon Kindle Storeに30数冊アップしています。★★ 拙著電子書籍ラインナップ・ここから買えます。
読後のカスタマーレビューをいただけたら幸いです。