天の瞳 少年編2
さて、読ませていただきました。第四巻
今回はりんたろうくんが中学校に進学する前後の物語
ヤマゴリラ先生の意外な一面を目にし、ひとにはいろんな側面があることを学ぶ、りんたろうくん。
「人間の仕事にも、様々な様子がある。」
まさに、おじいちゃんの教えが生きてきた瞬間だね。
中学校に入学するにあたり、入学説明会に反発する。
制服や丸刈りに反発する。
そしてそれらを、学校と真正面からぶつかりながら話をしていく。
子供達もすごいが母親もすごい。
なかなかここまで子どもによりそうには、生半可な覚悟では出来ない。
自分らしく
ほんとうの意味で自分で考えて行動できるように。
そう望むなら、たしかにこれが最善かもしれない。
でも、例えば
この事件の結果、もしかして喧嘩の後遺症でりんたろうくんや、りんたろうくんの周りの子達が取り返しのつかないことになってしまっていたら
物語は変わってしまうだろう。
それが起こらなかったということ。それは偶然にすぎない。
だからして。
やはり、私には同じ選択は出来ないだろう。
電車の中でのエピソードとノムちゃんの行動。
あんちゃんからの「技は磨かなあかんが、磨いた技は使わないことが最も善である。」という言葉。
保育園の園子先生との関係。
母親の懸命な説得。
これらが組み合わさり、暴走したりんたろうをなんとか押しとどめてくれる。
そんな、この年代の危うさを、周囲の様々な大人たちとの関わりが、なんとか救っている。
そんな微妙なバランス
綱渡りのような危うさ。
そんなものが中学時代にはある。
不良グループ
私の通っていた学校にもいた。
いろんな話も聞いた。
この小説ほどかどうかまではわからないけれど…
生活指導の先生もいた。
こんなにひどくはなかっただろうか?
いや、たぶん、りんたろうくんやミツルくんのような中学生があまりにも稀であり。
そうした稀なケースに出くわした時に、立ち止まってきちんと話を聞けるかどうかが問われるのだろう。
私たちも仕事の場面や家庭の中、様々な場面で、子供達に耳の痛い事を言われる事がある。
その時に… きちんと立ち止まれているだろうか?
ふとそんな事を考えました。
いろんなことを考えさせてくれる本
感謝です。
さて、読ませていただきました。第四巻
今回はりんたろうくんが中学校に進学する前後の物語
ヤマゴリラ先生の意外な一面を目にし、ひとにはいろんな側面があることを学ぶ、りんたろうくん。
「人間の仕事にも、様々な様子がある。」
まさに、おじいちゃんの教えが生きてきた瞬間だね。
中学校に入学するにあたり、入学説明会に反発する。
制服や丸刈りに反発する。
そしてそれらを、学校と真正面からぶつかりながら話をしていく。
子供達もすごいが母親もすごい。
なかなかここまで子どもによりそうには、生半可な覚悟では出来ない。
自分らしく
ほんとうの意味で自分で考えて行動できるように。
そう望むなら、たしかにこれが最善かもしれない。
でも、例えば
この事件の結果、もしかして喧嘩の後遺症でりんたろうくんや、りんたろうくんの周りの子達が取り返しのつかないことになってしまっていたら
物語は変わってしまうだろう。
それが起こらなかったということ。それは偶然にすぎない。
だからして。
やはり、私には同じ選択は出来ないだろう。
電車の中でのエピソードとノムちゃんの行動。
あんちゃんからの「技は磨かなあかんが、磨いた技は使わないことが最も善である。」という言葉。
保育園の園子先生との関係。
母親の懸命な説得。
これらが組み合わさり、暴走したりんたろうをなんとか押しとどめてくれる。
そんな、この年代の危うさを、周囲の様々な大人たちとの関わりが、なんとか救っている。
そんな微妙なバランス
綱渡りのような危うさ。
そんなものが中学時代にはある。
不良グループ
私の通っていた学校にもいた。
いろんな話も聞いた。
この小説ほどかどうかまではわからないけれど…
生活指導の先生もいた。
こんなにひどくはなかっただろうか?
いや、たぶん、りんたろうくんやミツルくんのような中学生があまりにも稀であり。
そうした稀なケースに出くわした時に、立ち止まってきちんと話を聞けるかどうかが問われるのだろう。
私たちも仕事の場面や家庭の中、様々な場面で、子供達に耳の痛い事を言われる事がある。
その時に… きちんと立ち止まれているだろうか?
ふとそんな事を考えました。
いろんなことを考えさせてくれる本
感謝です。