Chun日記~両足脛骨欠損症の娘をもった父親の育児&子育て奮闘日記

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津波についての一考察

2012-03-19 22:44:36 | インポート
津波についての一考察



津波について、大震災以降にたくさんの本が書かれた。
そんな本を読む中で、思うところがあったので、書いてみる。


東北を襲う津波は、1200年前に同程度のものが、過去100年の間に少し小さめの規模のものが記録に残っているとか。
その当時に、「ここより下に住んではならない」と書かれた石碑より上に住んでいた地域の人は被害を免れたとか。


自然災害は長いスパンで起こる繰り返しの事象であり、それに備えるべきだが、30年すると記憶は風化し、60年すると忘れかけると人はいう。
たしかに、そうなのかもしれない。



津波対策や地震対策って難しい。

たとえば、「危ない土地には住まないようにしましょう」と言ったとしても、今の日本は人口が過密でそんなことはできない。リスクを承知で住む人もいるし、工場を立てる人もいる。

そのリスクのある土地に対して、税金で対策をする。
その時、どこまで対策をするべきなのか、これが難しい。


「リスクを承知で住んでいるのだから自己責任」という人がいる。
「防災の備えは国や自治体の責務」という人がいる。
でも、税金は限られているし、自分たちでリスクを避けて、住む場所や工場の立地を決めた人にとっては、課題な対策は不公平とも映りやすい。


自然災害は長いスパンで起こる繰り返しの事象。

それは、わかる。
でもね。スパンが長すぎる。
何十年に一度の繰り返しを、
人は必然と思わずに偶然と思うところがある。



その、偶然に対して、個人が国が自治体が、それぞれにどこまで責任を持つべきなのか
その部分が問われているように思う。


公務員になり、国や自治体のできることの限界を知った。
あとは、自分たちで備えなければならないということも。

でも、その発想はたぶん、あまり一般的ではないように思う。
実際には、そうであるにも関わらず(^^;;


自分の身は自分で守る
日本という国に住んでいること、その地方に住んでいることに起因する歴史から学ぶ「当たり前のこと」
たぶんそうした大切なことが、風化して行くのが人間社会なのだろう。


歴史から学ぶことが多いと人はいう。
しかし、歴史から学ぶもの
たくさんありすぎて、キリがなく、学校で習うわけでもない。


小学校などで、そうしたことを学ぶことも一つなんだろうか。



ただ、歴史を知り学んだとしても、楽観主義をすればわすれていることもできる。
住む家を建てるのに、安くて便利な土地があり、そこに住宅ができると街が栄え、地域が活性化される。
短期でみれば、その論理の方がよほどわかりやすく、単純である。



たぶん。
皆の当たり前の水準を引き上げること。
これが最大の防災対策なのかもしれない。


見えにくい危険を、リスクを
どうやってあたりまえだと理解して行くのか。
簡単そうで難しい議論がそこにはある。


また、すでに危険な状態にある地域について。
あたりまえをふりかざしても、今更どうにもならない。
そのリスクのある土地の対策。
たぶん、皆で考え、備えることが必要なんだろう。


言いづらいこともはっきり公表し、リスクを正しく認識すること。
大切だけど、それをすると、なぜか公務員は叩かれるような。


今まで暗黙の了解だったことを改めて認識するって、難しいなと思うこの頃なのでした。

あ、なにかいてるかわかんないや。(^^;;

読み流してくださいね。
(o^^o)




コメント
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