このブログを始めてからずっと長い間、誰からもコメントをいただくことがありませんでした。今はもう一つここから分離して別なところで野菜に関するブログを書いていますが、そちらには沢山コメントをいただいてありがたいと思っています。
コメントが無いからと言って、それで辞めようなとは思いませんね。だいたい、勝手気ままにやりたい性分ですから。この会社のブログは、管理者である私のような開設している人が編集するためのものがありますが、そこに「アクセス状況を見る」というのがあって、そこを見ますと、毎日190名台から260名台くらいまでの方々が訪問してくださっているようです。マイペースな、このへたくそなものを見にきていただくのですから、ありがたいと思います。
きくいも
「 御伽草子 」 なんて話を持ち出してしまいましたが、私はその道の専門家でも何でもありません。関心がちょっとあったので、本を買ってきてすこしずつ見ているという程度です。自分に無かった世界ではありますが、よく考えてみると、自分に大いに関係があるような気がします。
昔、私が子供の頃に、おばあさんから聞かされた話、童話として読んだ話、ラジオなどで聞いた話、その原型がこういうものにかなりあるような気がしていると同時に、退職して田舎の暮らしを続けていると、狭い車が一台くらいしか通れない、へなへなと曲がりくねった田舎の道端に道祖神などが立っていたり、祠があったり、畑の中に何かひらひらするものがあったりするのを見ると、あながち関係のないものとは思えなくなってきました。
少し前に、じつはグリム童話は恐ろしい内容なんだよ、なんていうことを言っている本が、相次いで発売されたことがありました。今は少し下火になってきたようです。今のバージョンの話は現代人(の子供)に合ったようにリトールドされていますが、昔はけっこう残酷なのが普通だったり、復習するのがあたりまえというのが普通だったりして、社会は今とは違っていたわけですから、残酷なものが普通に受け入れられたでしょうね。また、科学的に分析して解決していく方法が今のようにありませんから、超常現象も身近なものとしてとらえていたのではないでしょうか。もっとも、超常現象を身近なものとしてとらえている人は今でもけっこういるとは思いますが。
浦島太郎の話は、かなり何度も聞かされておなじみのお話ですが、「 御伽草子 」 を読むと、私が聞いたり読んだものとはかなり違います。だいたい、子供達が亀をいじめていたなんて部分は全然出てきません。そういうところからして、私の関心を呼び起こしてしまったわけです。
てなことで、話をここでいきなり端折りますが、御伽草子の話はおもしろいですよ。チャンスがあったらどうぞ。
補) 昨日の答。
浦島太郎はその後、鶴となって飛び立ち、竜宮城のお姫様と夫婦になり、
あるところにお祀りされているそうです。そういうところも童話として語られ
るものには出てきませんね。