トンネル二棟

2020年12月16日 | Weblog


日本海側で雪が降っているせいか、風がとても冷たくて外はもちろん、室内でも空気が
かなり冷えています。
一枚多く重ね着をしています。少し動いて体を温めたいのですが足が痛いものですから、
運動やウォーキングはできません。
一本足では歩けないので、左足をついている時間を短くしたくなり、ピョコタンピョコタン
というリズム歩いています。ピョコピョコでは早足の表現になるので、「タン」という間合いが
入ります。

 

それでも、少し作業をしました。トンネルを2列かける仕事をしました。
手前がサヤエンドウです。これは寒さに強いのですが、風を受けてふりまわされてしまいます。
土を見ると、サヤエンドウは根元を中心に円を描いたあとが筋になって見られます。
それだけ振り回されているのですね。それなので、温度が下がらないようにと言う意味ではなく、
風よけのためにかけました。

向こう側はネットなのですが、タマネギです。霜がかかる程度を押さえようとするためです。
ネットですから、お日様が出ても暑くならないですが、冷えると寒さは通りますが、少しでも
冷えを抑えられればと思っています。

 

作業をしていると、セキレイがすぐ近くまで来て遊んでいます。なかなかカワイイものです。
近寄れば逃げますが、あまり人から脅かされたりしていないのか、トラクターで耕し始めると
すぐに来ますね。掘り返された虫を食べにくるのだと思います。

 

少しでもお日様の照りが欲しいのに、この大きな雲が来て南西方向に居座ってしまい、
そうなると風も吹き出して一時とても寒かったです。やがて、北西の方に吹かれて行き
ました。これは通り過ぎてから撮ったものなので、お日様を浴びて白く、青空もきれいに
写っています。

 

いま、Saint Preux (サンプルー)と言う人のオーケストラのCDを聞きながら更新して
いますが、今日で二度目を聞きながら作業しています。
Youtube で、この名前を入力して検索すると、彼の音楽がいろいろと聞くことができますので、
関心のある方はどうぞ試してみてください。
「あゝ、これかぁ。聞いたことがある。」と思う方もいるかと思います。
初めて聞く人は新鮮に思うかも知れませんが、私は40年くらい前の頃を思い出します。


干しあがる

2020年12月15日 | Weblog


何処へ出かけても、その地の風景や家の並びとか、ぽつんと一軒家かなと思われる
ような風景を見ると、それぞれ長いながい時間を経て、このような風景になって
いったのだろうなと思って見れば、どんな風景も意味があり、面白いものだと思い
ます。
この頃はコロナのせいで街ではなく田舎の風景ばかり見ているのですが、自分が田舎に
住んでいるからなのか、そういう所こそ、いろいろと思い、それがまたとても楽しい
ものです。

 

今日も晴れました。寒かったです。ブログを更新する時には石油ストーブを使うのですが、
室内はほぼ18℃くらいです。それでも今日は特に寒く感じてそのストーブを近くに引き
寄せました。

 

干し芋は、もうこの程度が良いかなと思い、干し終わりということにしました。
干し過ぎると硬くなります。
自作の台の上で干していたのですが、夕方はハウスに仕舞っていました。台は
けっこう重いので、いちいち二人で仕舞うのも大変ですから、一人でできるようにと、
リアカーに戸板を乗せて、その上に箱を置いてで干していました。そのままハウスに
引きこめば良いので一人で作業ができます。

 

楓の実が風に乗ってあちこち飛ばされ、あちこちで芽が出てそれが紅葉して小っちゃい
ながら赤くきれいです。この先はどうしようか。裏山に移植してやろうか思案中です。
これ以上は大きくならないのなら、此処でも良いのですけどね。

 

左足の内側が痛むので、整形外科に行ったところ、知らないうちに捻挫をしていた
ようで、湿布薬と飲み薬を処方してくれました。骨には異常がないとか。
知らないうちに、あるいは記憶がないのですが、それなりにギクッとやったことが
あるのか。とにかく、どうして痛いのか分かったので、あとは薬で治ってくれれば。

右足なら立ったままで靴下をはけるのですが、左足では今のところ、やっぱり
捻挫のせいで片足立ちではよろけてしまい、靴下は履けません。
ウォーキングもやらない方が良いでしょうね。




屋根の吹き替え完了

2020年12月14日 | Weblog


概ね晴れでした。気温は11℃。寒いです。どれくらい着重ねたら良いか。何を着たら
良いか迷います。
迷う理由は、作業をしたり外出したりするからです。

 

家内の友達が集めた木の葉を持ってきてくれました。ありがとうございます。何袋か
中身を出してしまってからの撮影ですが、かなりの量です。さっそく、今まで積み
重ねた上に載せました。
そして、木の葉が強風に吹き飛ばされないようにと、大根や白菜などの要らない葉を
上に重石の代わりに置いておきました。

 
  今日の朝焼け  
  
実際は、お日様はもっと赤い色をしていて、肉眼みた時の方が迫力がありました。
太陽と夜景は撮るのがたいへんむずかしいです。

 

外のトイレの屋根は、先日はここまででトタンを使い尽くしたので、願わくば雨が
降らないようにと望みながらお終いにしておきましたが、幸い雨にはなりませんでした。

 

屋根の頂上に付ける部分を棟板と言うのだそうです。これを作ろうと思って、平らな
トタンを買いに行ったところ、なんと ラッキーなことに上の画像のようなものを
売っているではありませんか。喜んで買ってきました。値段は189cmの長さで、
800円もしませんでした。

 

その棟板をクギで打ち付けるわけですが、トタン用の釘はこの画像で上にあるクギです。
1~2本を打ち付けてみましたが、他の部分も打ち込んでいるうちに、打ち付けた釘が
浮かんでくるではありませんか。アチャー。どうしようと思ったのですが、すぐに、
それならと思いつきました。
クギが短いので、トタンの下地になっている板に十分打ち込めなかったようです。
それなので、トタンクギを抜いて、自分で長い太い釘にトタンクギの傘を付け替えて
打ち込みました。

 

さほど時間をかけずに完成しました。これで屋根の修理は完了です。どうしようかと
さほど迷ったりすることもなく、屋根から滑り落ちることもなく完了しました。
新しいトタンは滑りやすいです。屋根には傾斜があります。下手をすると滑り台に
なりますからね。履いているズボンも、化学繊維だとすべりますから注意を要し
ます。
それだけに、達成感は十分に味わうことができました。
 


舟塚山古墳

2020年12月13日 | Weblog


晴れました。あったかいと言いたいのですが、じっとしていると少し寒いです。12月ですからね。

 

今朝は、お日様が出るちょっと前ですが、月と星が並んできれいでした。

 

何枚かチャレンジしてみましたが、三脚無しではこれくらいが限界です。あとはブレて
しまいました。もっとも、これもブレていますけどね。

午前中は、裏山の草刈りと木の無駄な枝をはらったりする仕事をしました。刈り払い機の
使用は、もう少し腰を休ませてからにするつもりです。しっかり落ち着かせないと、痛みが
再発してしまうと、長い間全く使えなくなってしまいます。

夏から仕事が出来ればよいのですが、何処にスズメバチの巣があるか分からないですから、
危険を冒してまでは作業をしようとは思いません。

 

午後になってから、久しぶりに何処かにでかけようかと言うことになり、それなら古墳でもと
思って出かけました。
舟塚山(ふなつかやま)古墳と言うところです。霞ヶ浦の近くです。


 

霞ヶ浦という国内で第二の大きさの湖の近くですからね。水産資源もあったろうし、田んぼにも
恵まれていたでしょうし、大きな勢力があったろうとは考えられると思いました。

 
さすがに大きいです。

 
 古墳より筑波を眺む師走かな

この古墳から、北東の方向にほぼ600m弱の距離の所には府中愛宕山古墳というのも
ありました。
時代は少し後らしいです。



しまった。忘れていた。

2020年12月12日 | Weblog


今年の8月に、外のトイレの屋根が壊れていたのに気づいて、修理しようと思ったのですが、
土用の月、あるいは盆の月でもあるし、と言うことで、その時には修理は先延ばしにする
ことにしました。
その後、すっかり忘れて数ヶ月経過。アチャー。昨日気がつきました。

 

その3ヶ月あまりの日々、何日雨の日があったか。雨で無くても朝夕の湿り気や結露に
より、トタンの下地である板の腐食はかなり進んでしまったはずです。

 

この通り、鉄錆びは進んでいます。下地の板はもちろんトタンが無くなっていた部分は
腐っていました。
腐るとやっかいです。新しく板を充てがわなければなりません。部分補修はやっかいです。

 

長い波トタン板を切断して、南側つまり前部と後ろ側の部分に分けました。もちろん
南側は軒がでていますので、長いわけです。原型がはっきりしないほどになっていた
ので、前と後ろの長さの比率を考えるのに時間がかかりました。切断してしまってから
「こりゃまずい」となったら、買い足して来なくてはなりませんから、慎重に考え
ました。

おまけに、屋根用のトタンは重たいので、長さもあるし扱いがやっかいです。

 
  軒を含む前部は127cm、後部が117cmとなりました。

 

腐った部分は切り落とし、別な板を切って手当しました。多少は空間があっても
屋根に何かを乗せるわけでもないし、トタンは波形になっていて強度があるので、
下に板が無くても大丈夫です。あまり丁寧にやっていると時間ばかり経過し、私は
大工さんではないので、大変な仕事になってしまいます。トタンは軽さが自慢
ですから、大丈夫です。
 
 
  ↑
 此処です

何とか、棟の所を残して修理ができました。天辺は後日、トタンを買い足してきて
完成させようと思っています。
左端の部分が不自然に画面が切り取られていますが、そこは物置本体の屋根瓦が
写って居るためです。このトイレは物置にくっつけて建て増してあります。

 

無機的な青い画像ばかりになってしまったので、今度は赤いものです。
これはクヌギの紅葉なのですが、普段はもっと黄土色っぽく見えますが、今日は斜めに
射した朝日を浴びて、こんなに赤く、まるで紅葉の紅かと思わせるほどの色合いになり
ました。驚きました。

 
 

茨城県が出している「ひばり」。ヒバリ(雲雀)は茨城の県の鳥です。
今月号は 県内にある古墳特集です。

田舎を歩いていると、時々、ヒット率はあまり良くないですが突然古墳に出くわすことが
あります。車を降りて見ることもあります。
著名人の墓まいリは、関心がないので行ったことはありませんが、古墳は規模が大きく、
墓と言っても史跡でもあるので、車を降りて見ることがあります。
まだ見たことのない古墳も載っているので、近いうちに、その方面に出かけることがあったら
忘れず見てみようかなと思っています。



ちょっとした運動

2020年12月11日 | Weblog


枯れ葉が、かなり落ちたので熊手で集め、一カ所に集めています。これを腐らせて肥料に
しようと言う魂胆です。
枯れ葉は山と積み上げても、完全に腐るとペチャンコになってしまい、本当に少なくなって
しまいます。

 

時々、枯れ葉が路の傍らに溜まっているのを集めて、袋に入れている人をみかけますが、
毎年、欠かさず木の葉集めをしている私は密かに「二袋、三袋くらい集めたって、それが
肥料になった暁には、どんぶり一杯分くらいにしかならないよ」と思ってしまいます。
もちろん声かけなどはしませんが。その人も、あとであきれかえってしまうのではないかと
思います。何事も経験が肝心。

 

山盛り集めてもペチャンコになるし、風で木の葉の山が吹き飛ばされてしまいますので、
その上にカバーを掛けるなどしておかないと、仕事が無に近い状態に帰すことになります。
いろいろありますが、木の葉集めは原料代がかからないし、集めることにより汗ばんだりして、
ちょっとした運動になります。そして、肥料になればそれは野菜のご飯になるわけですから、
良いことばかりです。
「喜んでその作業をすべし」と思って楽しみながらやっています。
ですが、失敗したこともあります。それは昨年。

 

「木の葉が全部落ちてから纏めて集めよう」と思っていたところ、ある日強い風が吹き、
せっかく落ちた木の葉は軽いものですから、散り散りに何処かに飛んでいってしまいました。
「あれーーーー。札束が」とは思いませんでしたが、それくらい残念な気持ちになりました。
それで、今年は早いうちから始めようと思いました。失敗は教訓になるものですね。
飛んでいたって、それを集める気はしないし。そんな木の葉は、ほとんど何の役にも立たない
わけです。

 

ところで、コタツに入ると眠気を催しやすいですね。暖かくて、どっかり座り、座椅子の
ような背もたれなどあると、もう気がゆるみ眠気が襲ってきます。私は、成り行きに任せる
ことにしています。そういうゆとりができるのも冬の一つの良さかなと思っています。
本を読んでいて熟睡。録画を診ていて熟睡。ビデオの機械は止まれと命令されないので、
その映画が終わるまで停止することなく映像を放映しています。
それにしても、録画の映像から、夢の中の映像へと、ごく自然に移行していくのが不思議です。
もっとも、不思議がっていたら目が覚めてしまうでしょうが。

 

まだ厳しい寒さには生っていないので、冬の楽しさを話題にしていますが、これでコチコチに
氷が張るような年明けあたりからは、寒さとの戦いにとり、このようなのんのんびりした
書けませんね。



古い本・古くなった自分

2020年12月10日 | Weblog


高校生の時に読んだ、芥川龍之介の短編 「羅生門」「鼻」「芋粥」の三編をを集めた
薄い岩波文庫を見つけ出したので、それを読み始めました。古いので、各ページの紙は
白から薄茶色に変色してしまっています。
内容は三つとも周知されたものと思いますが、使われている漢字の難しいこと。
と言ってもひらがなや殆ど知っているものの中のいくつかですが。しかも、この本自体が
描かれたのは、ずっとずっと昔のことですが、印刷されたのは昭和35年(1960年)と
あるし、岩波文庫なので原文通りの表現そのもののせいでしょうから、今の表現に慣れ
きった自分は、少し読みづらいものがあります。若い頃は、まあそんなものだと思って
読んでいたのでしょうが。

 

古い字体そのままですので、正確に読むためにいちいち辞書を引きながら読んでいます。
高校生の頃は、どうやって読んだ居たのか。たぶん、買ったけど文字が難しいので、学校か
県立の図書館で、ふりがながあるものを読んでいたのかなと思っています。
それにしても昔の作家は難しい表現をしたものです。特に芥川はそうですね。むしろ、
その師である夏目漱石の方が読みやすいと思います。

 

読んでいると、忘れていたことはもちろん多いのですが、「あゝそうだった」と思い出す
こともけっこうあります。
この文庫本の厚さは、5mm程度の薄い本で、当時の定価で40円でした。巻末に書いて
あります。高校生の私には最も買いやすかった、たぶん最低価格の本だったと思います。
この上の値段は、岩波では覚えていないのですが、たぶん角川文庫で60円だったかなと
思います。高校生にも買える値段でした。

 

あの頃は、毎日5~6kmの砂利道を自転車で通っていました。だんだん交通量が増え、
特にトラックが多くなったので、学校に着いたとき、また帰りも家に着くと同時に学生帽も
服も埃を被ってしまい白っぽくなっていたので、二・三分はパタパタと手で埃を払っていた
ものでした。交通量が多くなってきて危ないと思ったのか、親はバスで通いなさいと言って
くれたのを覚えています。
そのような思い出もあります。

 

ところで、途中から思い出話しになってしまいましたが、その三編は細かい所は忘れて
しまっていましたが、概ねストーリーは覚えていました。大人が読む小説の面白さを堪能
できた初期の頃のことでした。楽しかったですね。話は芥川ではなく、漱石に移りますが、
その漱石の小説は、大学の卒業の頃に買って、全部読みましたが、なかなか面白かった
ことを覚えています。

 

しかし、忘却は敵ですね。大半は忘れてしまっています。読んでも無駄と思うことも
ありますが、それなら映画だって忘れてしまっているし、毎日のことなど殆ど覚えていず、
ごくたまに何の関係もない時に、とつぜん過去のとあるシーンをポッと
思い出すものです。人間の脳の不思議さを感じる時です。まあ、そういうことは「いろいろ
あるワイ」と思うことの一つですが。




お願いします

2020年12月09日 | Weblog


この頃、コメントの書き込み機能がおかしいです。コメントしたのに、登録されないので
再度書き込めと言うメッセージが出るので、もう一度書き込むと、また同様のメッセージが
出ます。そして、実際は一度目のメッセージが登録されていて、まったく同じメッセージが
二度登録されてしまうのです。律儀な方は三度くらい書き込んでしまうようです。

 
  曇 天

この頃は、Goo に連絡しても改良してくれないことがあります。だんだんスタッフの数を
減らしてきているのか、それとも他社のようにブログを止めるつもりなのでしょうか。
出来る限り、サービスを止めないでいて欲しいです。お願いします。

 

外出は田舎の、「密」の反対である「疎」の部分だけにしたいのですが、どうしても
買い物には行かなければならないので、その時にはもちろんマスクをかけて出かけて
行きます。
プラスチック製のサンダルが壊れたので買ってきました。ついでにシューズも。そして
付箋や歯磨きも・・・。と、だんだん必要なものを思い出して買ってしまいます。まあ
生活必要品ですからね。人の込み具合はまあまあで、混んでいるほどでもないが少ないと
言うほどでもないですね。
連日、あまりにも少ないと、しまいには店が無くなってしまいますね。

 
  スイレンは、このような状態で冬眠します。コンクリートは粗悪品なのか、
  ボロボロと分解していきます。たぶん、セメントの量が少なかったか。

小人閑居して、この頃は数独(ナンプレともいうらしい)と言うゲームをやって
います。少しは脳トレになるかなと思いますが、あまりならないんじゃないかと
疑っています。本でも読んだ方が良いかも。でも、読書ばかりでは飽きてしまうし。
仕事は、やり尽くすことが出来ないほどあるのですが、体が持たないので注意して
やらないでいます。
昨日も、山の下草刈りをしていたのですが、腰が心配なのでいい加減にして止め
ました。良い運動にはなるのですけどね。

 

そんなこんなで、今年も「一日ずつ残り少なくなるな」と感じる時期になりました。
日頃、時間を粗末に消費している訳ではないのですが、
 
   大したこと 今年もせずに 年の暮れ
   紐をつけ 引き戻したくなる 夏の頃
 
と、感じ始める時期です。




テレビが気持ちを暗くする

2020年12月08日 | Weblog


近頃のニュースを見ていると、少しずつすこしずつコロナがその辺に迫ってきている
ような気がしてなりません。それに自分はもう若くはないので、感染すると入院できるか
どうか心配だし、看護師が極端に不足してきているということを大々的に放送されて
いるので、やっぱり外出は心配になってきています。
 
 

そんなわけで、今日はフルート教室を休みました。同じ部屋で2時間半、十数名と共に
するのは、もしも誰かが知らずに感染していたとすると、同席者の感染率が高くなります。
これから、コロナが下火の傾向が見られるまでは、休むようになるかも知れないなと思い
始めました。感染は恐ろしいですが、それに伴い家庭内のいろいろな仕組みにゆがみが
出てきて、大変な事になります。

 

暗い話はそれくらいにして、これは車のメーターを写したものですが、ガソリン
スタンドの給油機のイラストが描いてあります。
この給油機の左に◀の印があることに気づいているでしょうか。これは給油口が
左にありますよ、と言う印です。右側に▶がった場合には運転席側に給油口がある
と言うわけです。
私は、車を3台持っていますので、ときどき頭が混乱して、「あれ? この車の
給油口はどっちだっけ?」と、ちょっとしたパニック状態に陥る時がありますので、
その時にはこれを見ることにしています。

 

物置の中が混乱してきました。ちょいと使ってひょいとそれを置く、ということが
重なり、何を何処に置いてあるかが探さないと見つからないと言う状態になって
きたので、少し整理しました。
床に手を置いて覗かないと見えない台のからは、置き忘れてしまったバケツが幾つか
出てきたり、なんでこんな物を大切に仕舞って置いたのかと疑問に思うようなものが
出てきたりしたので、思い切り断捨離の精神を以て整理したら、気持ちもスッキリ。
置き忘れしてしまったものが出てきて、もう一つ買わなくて良かったとホッとしたり
しました。時々は片付けをしなくては。

 

ニュースは大事ですが、こうもあちこちでコロナ特集をやっていると、気持ちが変に
なってきます。ハッと気がついてチャンネルを変えてみたりしてはいるのですが、
移動した先々のチャンネルは何処でもコロナを取り上げてやっているということも
めずらしくありませんね。これじゃあ、テレビから受ける心理的な落ち込みと言うのが
新しい症状として認められるのではないかなと思ったりしています。


歩く

2020年12月07日 | Weblog


昨日は普段使わない竈や釜などを使ったので、それをきれいにして片付けました。何せ、
物置も奥の奥、それから高い所に上げてしまっていますから、壊れずにいたかどうか実際に
見てみるまでは心配でしたね。それにしても、普段と違って賑やかで楽しい時間でした。

 
  リュウキュウアサガオはまだ咲いていますが、勢い余って地面を這って
  伸びていき、おまけに花を咲かせています。その元気あやかりたい。

近くに団地があり、たき火をしていると警察や消防に通報する人が二人は居る、という話を
聞きましたが、何かまうものか、もし来たなら庭で煮炊きも出来ないほどひどい日本になった
ものだと言ってやろうと思っていました。幸い、そういうことは無かったです。

 

今日も良い天気です。このところ、用事があったり天気が悪かったりしてウォーキングを
休んでいたので、奥さんから提案があり、ゆっくり・しっかり歩こうと思って市内にある
千波湖を一週しました。午前も比較的早い時刻だったので、歩く人は早歩きをし、また
ジョギングをしている人が多かったです。そういうことは気にせず、ゆっくり歩いていたら、
大半は一通り駆け終わり帰ったとみえて、走る人はほとんど居なくなり、比較的ゆっくり
歩いている人が殆どになりました。

 

それなので、急かされる気持ちもなくなり、天気は良くて風景がきれいなので写真を撮る
ゆとりも出てきました。
湖には水鳥が多く、また水中には大きな鯉が泳いでいて、とくに水鳥の姿がかわいらしくて
見ていると楽しかったです。

 
  隣の川の土手を歩いている人

何時もの所を歩くのは手軽で時間もかからないのですが、やっぱり何時も歩いていると
代わり映えがしないので、だんだんつまらなくなり、コースを変えたりしますが、
それでも限界があります。人は、特に私は飽きやすいです。

 

それに人家がありますから、人の家の前や脇を通る訳なので、なんとなく気遣いも
あるし・・・。偶には別な所も良いかなと思いますね。

    

店の張り紙にあった絵。描く人は上手いものですね。本当にひとりでに笑顔に
なってしまうような感じがします。

 

それにしても、このほぼ3kmくらいの距離の散歩コースは、できれば走りたいもの
です。が、長年走っていないので、無理をすると歩くことすらできなくなりますから、
景色を楽しみながら歩くのが一番でしょうね。


 




久しぶりに干し芋つくり

2020年12月06日 | Weblog


晴れて、季節に相応な寒さがありますが、その寒さは未だ大したことはありません。
家内の友達が来て、一緒に干し芋作りをしました。
「干し芋」のことは、以前は「乾燥芋」と言っていましたが、今は呼び名が変わり、
「乾燥芋」と言う語は化石化しかかっているようにも思います。乾燥芋と言うより、
なんか上品な響きでもあるのでしょうか。

 
  とても良い日でした

それもあるのかも知れませんが・・・。
たぶん、乾燥芋と言うと昔の芋があまり糖度が無かった
頃、干しあがると、かなり硬いものになってしまって、おいしさにはいまいち足りない
味だったです。
そう言うイメージがつきまとうので、新しい言い方の方が美味しさを連想させるのかも
知れません。

 

外での作業の時には、こういう竈(かまど)を使います。鉄製ですが、重さは気に
ならない程度のもので、どこにでも運べて便利です。
外での煮炊きには、焚き口は大きいし、竈の中も拾いのでとても便利です。それに
壊れにくいです。錆びて朽ちるほど薄い鉄板ではないし、気楽に使えます。

 

薪は、その辺に散らばっている材木の端材だったり、枯れ枝だったりといくらでも
あります。
そういう物を燃やした方が、散らばっているものが少しは片付いてきれいになりますし。
まあ、それが田舎住まいの利点ですね。

 
  ふかした芋は熱いので、軍手を使います

芋が蒸けたら、ピアノ線を張った所に芋を立てて切ります。すると芋はスライスされ
ます。この道具はホームセンターに行って、市販のものを見てきて数年前に自作した
ものです。

 

数回作ったあとでサツマイモを作らなかったので、干し芋も作らなくなりましたが、
今年は出かけた時に道の駅で芋の苗を売っていたのを見て、衝動買いをしてしまい
ました。
せっかく畑があるのだから、芋作りをしようかと言うことになったわけです。

 

昨日雨になってしまいましたが、祭りがあったので薪を屋根のあるところに片付ける
ことができず、すべて濡らしてしまいました。ですが、まるで物置のような車庫の
中をさがした、その他あちこち探して、材木の端材などを集め、なんとか燃料は足り
ました。
ついでに、炊いている最中に出来た火種をつかって焼き芋を作ったりしてお客さんたち
に喜ばれました。干し芋用のサツマイモですから、かなり糖度があり美味しいです。



宴会は無し

2020年12月05日 | Weblog


12月ともなると、天気が悪い日と風が吹く日はやっぱり寒いです。今日は小雨模様で
普段よりは暗い日で、できれば外出したくなくなる日です。

ですが、何時も今頃行われるお稲荷さんのお祭りがありました。
普通、お稲荷さんのお祭りと言うと2月です。2月の最初の午(うま)の日で、祭りの
名前は初午(はつうま)と呼ばれます。

  
 晴れていれば、こんな幟旗が立つのですが。今日は濡れるので省略です。

が、私の町内の何社かあるお稲荷さんで、我が家が氏子になっている神社は、今頃
行われます。何故なのかは、はっきりした理由は分かりませんが、たぶん収穫を祝う
祭りなのかなと思っています。

 

午の日に祭りが行われるのは、総本社である伏見稲荷神社の例祭が、初午の日に
行われるからだろうと思います。つまり、年が明けて初めての午の日なので、初午
です。
とにかく、寒い傘を差したいが差さなくても良い程度の雨のひに行われました。帰って
きてから温まったコタツの暖かいこと。

 
   クヌギのドングリ  保育園生が拾いに来ます

祭りが終わってから、例年は公民館に集まって直会(なおらい)と言う宴会があるの
ですが、今年はコロナ感染の怖れを避けて、無しになりました。祭りの後の宴会は
実に楽しそうに適度に酔っ払って、一年ぶりに集まる面々が快談をすることになって
いますが、何と寂しいことか。配布された弁当は自宅に持ち帰りと言うことになり
ました。

 

祭りの特別なめでたい場から、宴会を通して畏まった気分から和やかな、日常的な
普通の場に帰って、気分も普通になっていく。つまり普段に直って行くので、直会と
言われるのだそうです。
コロナの騒ぎも早く静まってほしいです。



使いづらくなったパソコン

2020年12月04日 | Weblog


Windows 10 にしてから、いろいろと戸惑っていることがあります。
その一つはノートパソコンのマウスパッドです。これを一時的に無効にすることは
出来ますが、次にパソコンを立ち上げたときは初期状態にもどってしまい、それを
忘れてしまって作業をしているあいだに、せっかく作った文章などが、気づかない
うちにパッドに「手が触れてしまって、すべて無くなってしまうことがあります。

 
  マウスパッドが働いてしまったときの私の気持ちを表すような・・・

私は、マウスパッドではなく、今まで通りのマウスを使って作業をしたいです。パッドは
使い慣れないせいなのでしょうが、作業を失敗してしまったりすることが多いです。

それを、やっと完全無効にすることに成功しました。ホッとしました。Windows10は余計な
ことばかりしてくれます。機械は、おせっかいはそこそこにしておいて欲しいものです。

 

今日も晴れています。
雨が欲しくなりました。理由は不純です。外し物のバスタブ(風呂桶)の水槽の水が
少なくなってきたからです。もう一つバスタブが欲しくなりました。

 
  ムベ   アケビに似ています
    「むべ」とは「もっともな・・・」と言う意味だそうです。
     https://ameblo.jp/shogakuji/entry-11677014039.html

木の葉が落ち始めました。道路際のクヌギなどは葉が多いですから、風に吹かれて近所に
飛んでいくと迷惑をかけるだろうと思い気にしています。時々は掃除をしていますが。
手前味噌のような理屈ですが、「まあ、紙くずのようなゴミではないので」と思うことも
ありますが、吹かれてきた家ではそうは思わないでしょうね。

乾燥芋(干し芋)を作る準備を始めました。とりあえず今日は薪になる木をあつめ
ました。



大・中・小

2020年12月03日 | Weblog


午後から晴れると、天気予報では言っていたのですが、ずっと曇りですね。気温は今頃は
こんなものなのかなと思われる11℃程度です。
農機具店の人がカレンダーを持ってきてくれたので、チェーンソーのメンテを頼みました。
3台持っていますが、すべて頼みました。

1 台では、それが機嫌が悪いと仕事が出来ないので、2台持っています。それでも、
重いので、小さいのも持っています。これは木に登って枝を切り払う時に使うことが
多いので「枝切り」と言われていますが、これなら片手で使えますが、片手の場合は
やはり注意しないと、制動力が両手ほどはありませんから、よほど注意して使わないと
危ないです。

 
  モンシロチョウの幼虫に、外側の葉っぱが食べられています。
  芯に向かう傾向があるので、これからが要注意です。

家の裏に林があるので、その管理のためにチェーンソーは必要です。今時、ノコギリを
使っていたのでは、時間がかかるし、昔ほどの体力もないので息が切れます。
若い頃ほどは力仕事は出来ませんからね。何かと物も多くなるし、費用もかかります。
山林の中でも使える草刈り機があると良いのですが。
刈り払い機では腰の具合が心配なので、それとは違う種類のものが欲しいです。
 
 
  ムムム??

さて、話はいつもの用にコロコロかわりますが・・・

    寂しさにたへたる人のまたもあれな  ・・・
                     西 行

と始まる和歌があります。人は本来寂しがり屋なのでしょうか。私は小学校に入って
から、何十年もの間、何百人、あるいは千人以上もいるところで学んだり、大人に
なってからは職場では大人数の間で働いてきたせいなのか、この頃は家に居ると、
少し寂しいかなと思うことがあります。あの喧噪が人の動きが欲しいです。
特に今は外出は控えていますからが、なおさらですね。

 
   町内の古墳群のひとつです

先ほどの歌は

  ・・・  庵(いおり)ならべむ冬の山里 

と結んでいます。庵をならべて、お隣さんとなって暮らしたいものだ、と思っている
のでしょうか。彼ほどの人でも、やはり寂しく感じる時があったのでしょうね。行くなと
追ってくる幼い娘をはね除けて出家したのだそうですが。
まあ、私の場合は寂しいと言うより、賑わいが欲しいなと思う程度なのですが。

 
  やっぱり、水辺はいいですね~

長年、デスクトップ型のパソコンを使ってきたのですが、ここに来てノートにしたの
ですがキーボードが小さいので、ブラインドでキーを叩いていると、打ち間違いが
多いです。
キーとキーとの間隔がかなり違いますね。見ながら打てば打ち違いはないのでしょう
けどね。この頃は、いろいろなことに衰えを感じるのですが、幸いこのキーボード
だけは迷わずアルファベットをすらすら打てますね。助かっています。
ノートパソコンにして失敗しました。

 

店に行くと、殆どがノートなので、これからはそういう時代なのかなと思って選んで
しまい失敗しました。
もっとも、人生ってのは 大・中・小の失敗だらけですからね。失敗を珠にすことが
できるなら、それだけで数珠を作ることが出来そうな・・・。

蛇足  大失敗という語があるので、大中小と言ってはみたのですが、中失敗とか
    小失敗ってのは聞いたことがありません。実際、そういう言い方があるので
    しょうか。



石を見ていたら・・

2020年12月02日 | Weblog


空に向かって「どっちにするんだ?」と聞きたい天気だったのですが、どうやら降り始めかな?と
思われる降りになってきました。
気温は10℃です。寒さは我慢できますが、足下を風がスースー通って行くような感じがして
落ち着かないです。

  
 ブロッコリーは毎日食べていますが、こんなに大きなものも出来ています

コロナの勢いは、相変わらずですね。その辺に、コロナが忍び寄っているのではないかと
心配です。特に、しなければならない買い物に出かけなければならない時は、感染をして
しまわないだろうかと心配です。それは誰でも同じように思うと思いますが、案外そうでも
ないと思って居る人も多いかと思います。そう思いたいです。
でなければ、「goto ・・・」の案は出たとしても、実施されなかったはずです。また、
その施行に伴って出かけて行く人も少なかったはず。
まあ誰それを攻めると言う考えはありませんが。

 

昨日、ひなたぼっこをしながら庭を眺めていたら、芥川賞を受賞した作品「石の来歴」という
小説を思い出しました。
横の長さは20数センチくらいのものですが、この石には、私のこれまでの人生など比べようも
ないほど長いながい歴史があったはず。と思いました。

     
   芥川賞が決まったとき、「文藝春秋」で読みました

「河原の石ひとつにも宇宙の全過程が刻印されている」と言う書き出しだったそうです。
全く覚えていませんでした。私のはその作家の思いほど具体的な長さを思い浮かべたわけでは
ありませんが、同じように考える人もいるんだと思いました。
ボーっと眺めていても面白いものだと思います。この石は横に20cm足らずの大きさのもの
ですが、自分の体ほども高い、庭にどっしりと置かれた石と見なせば、すごいものだと思います。

 
  椿   昨日の山茶花の花と色合いが似ています

我が家の猫は障子を破るのが大好きな猫です。ビリビリと穴をあけて、そこから出入りを
したりしていて、いくら修理をしても、またやられます。むかし若い頃に
我が家に時々まわって来ていた障子紙屋さんは、県北の和紙の産地からの人でしたが、猫を
見ると「障子を破ってね~」と頭をなでて行ったものでした。その頃いた猫は全くそういう
ことをしませんでした。
今日は一つは完全に張り替えて、もう一枚は部分修理をしました。しかし、何時まで破られ
ないでいるか。破る面白さを味わってしまった猫は、決してやめないでしょうね。