生きていれば土花吉と同い年の54歳。
1960年3月21日ブラジル生まれの彼と、時間差12時間を考えれば同じ日に生まれたと
言ってもいいかもの1960年3月22日生まれの私。
共通点は何もないけど、身長が174cmであったということと「DUCATI好き」であったことぐらい。
最近、プロストが自身の引退後の半年間は友人関係であったと言う。
確かに20年前のあの悪夢の週末、土曜のFPの最中、イモラを走行中無線で彼が
「親愛なる友、アラン。君がいなくて皆寂しがってるよ。」と笑いながら発したのは事実。
しかし、個人的にあの言葉はたまたまイモラを訪れていたプロストに対し、当時のF1の運営方法や
安全性について、何かを訴え助けを求めていたのではと今でも思っている。
金曜にはバリチェロが病院に運び込まれ、土曜の予選中にはラッツェンバーガーが死亡。
決勝当日、日曜のスタートでは観客が負傷する事故。そして、リスタート後の運命のタンブレロ。
当時、「34年ぶりの悪夢の週末」などと表現するマスコミもあったように記憶するが、
1994年の34年前、奇しくもセナが生まれた年の1960年F1ベルギーGPのことである。