何故、自国の終戦の日の談話に他国からとやかく言われなくてはいけないのか。。。
戦後、歴代の内閣をはじめ衆参両議長に至るまで何十回(60回以上)と詫び続けている。
この隣国二国に対しこの先、何百回詫びようが彼らは同じことを繰り返し言う。
同じことに対する詫びというものは時として薄れて行くことも知らず。
元々当時、国家として成り立っていなかった二国に対し詫びる必要があるのかも疑問ではあるが
戦争賠償も戦後補償も既にサンフランシスコ講和条約を元に済んでいる。
同じく賠償や補償を受けた台湾やビルマ(現ミャンマー)、フィリピンにインドネシアにベトナムは我々に対し何かものを言いますか?
言わないですよね。これらの国々は詫びを素直に受け入れ、常識ある国際社会の国であること。
それに対し、この二国は歴史が浅いせいか国際社会について行けない国。
ただ、我々も少し考え直さなくていけないことがある。
「先の大戦」についての呼称について。
連日テレビでは「第二次世界大戦」だの「太平洋戦争」だのと先の大戦のことを呼ぶ。
この二つの呼称についてはいずれも戦後に使い出した呼称であって「太平洋戦争」に至っては
戦後、朝日新聞社が勝手に作った呼称。
よく「何故、日本は戦争をしたのか」みたいな特番をテレビで放送し、現代の若い世代に歴史認識を
確認させようとしているようですが、決まって始まりは1941年12月8日の真珠湾若しくは直前の
国際社会における経済制裁から。。。しかし、違うのです。
終戦後、GHQによって使用禁止とされた「大東亞」という言葉。
既に制限は失効されているにも関わらず、同じく使用禁止とされた「英霊」という言葉は使っても
「大東亞戦争」という言葉は使わない日本人。
「太平洋戦争」という言葉を使い、少し偏った「太平洋のみ」で戦争をしていたかのように植え付けられた戦後教育。
私は正直、この隣国二国は嫌いである。しかし、歴史は認識しておく必要はある。
「先の大戦」とは「支那事変(日中戦争)」を含む「大東亞戦争」であること。
私の祖父は「太平洋戦争」や「第二次世界大戦」などで戦死したのでなく、「大東亞戦争」で戦死し
靖国に「英霊」として祀られているということ。。。
今、これを書きながら外では蝉が鳴き、空は晴れ渡る。。。70年前の今日のように。