Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

ソウル・オペラ「魔笛」

2008年12月20日 | 音楽
 南アフリカのプロダクションによるモーツァルトのオペラ「魔笛」が来日公演中だ。題してソウル・オペラ。宣伝文句によると、モーツァルトの音楽がゴスペル、ソウル、ジャズ、伝統歌唱、ブラック・ミュージックなどに生まれ変わるとのこと。なんだか気になって、出かけてみた。

 会場に入ると、舞台は南アフリカのどこかの街の黒人居住区の路地裏のよう。薄汚れた鉄板の塀が三方を囲み、仮設の足場が組まれている。出演者たちがぶらぶらと舞台に出てきて、談笑したり、ふざけたりしている。そのうち客席の照明が落とされ、いつの間にか舞台が空っぽになったと思ったら、一人の男が出てきて指揮を始めた。両端に並んだいくつかのマリンバが「魔笛」の序曲を演奏する。いくぶんハスキーで柔らかく、けっして刺激的にならない音の泡立ちから、モーツァルトの音楽が立ち上がる。
 オーケストラはこれらのマリンバとドラム缶などの打楽器だけ。それでなんの不足も感じない。
 音楽は、モーツァルトをなぞりながら、いつしかゴスペルなどの黒人音楽に逸脱していく。その推移に生気があふれる。
 チラシやホームページに載っているサイモン・ラトル(ベルリン・フィル首席指揮者)の言葉のとおり、たしかにモーツァルトがこの舞台をみたら、狂喜するにちがいないと思った。

 演出はマーク・ドーンフォード=メイという南アフリカ在住のイギリス人。原作を基礎としつつも、セリフを大幅に切り詰めて、スピーディーな展開になっていた。
 面白かったのは、第2幕で沈黙の試練と火の試練を無事に乗り越えたタミーノとパミーナが、最後の水の試練に臨んだところ、2人とも気を失って助け出されるという演出。パミーナが先に気を取り戻して、まだ気絶しているタミーノを介抱し、やっとタミーノも息を吹き返して目出度し目出度し。私は笑ってしまった。なかなか人間らしくていいではないか。

 第2幕で夜の女王がパミーナにナイフを渡して、ザラストロを殺害しろと迫る場面がある。これは台本どおりの展開だが、私は今回、妙に生々しいものを感じた。これはテロの教唆ではないか‥。今までは意識していなかったが。
 南アフリカは、アパルトヘイトが廃止されたとはいえ、犯罪が多発し、世情は安定していないようだ。おそらく白人対黒人という関係だけではなく、黒人の間でも複雑な種族間の関係があるのではないか。私には、ナイフを渡す場面は、白人との共存をさぐるザラストロ一派に対して、対立関係にある夜の女王一派がテロをしかけたというようにみえた。そして、最後に夜の女王が滅ぼされる場面では、平和共存の含意を感じた。
 幕切れのフィナーレの合唱は、すぐに躍動的なアフリカの伝統歌唱と踊りになり、私の心も舞台に合わせて踊った。
(2008.12.19.東京国際フォーラム)
コメント
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