Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

アジア温泉

2013年05月16日 | 演劇
 鄭義信(チョン・ウィシン)の新作「アジア温泉」。新国立劇場の演劇部門が立ち上げた新シリーズ「With―つながる演劇―」の第2弾だ。

 アジアのある島で起きるひと騒動の話。温泉が出るということで、リゾート開発をもくろむ兄弟が訪れる。祖父の代にこの島を離れたその子孫だ。一方、この島の長老は先祖代々受け継いできたこの島の自然と風習を守ろうとする。その対立を軸に島のいろいろな人々の利害・感情が絡んで進行する。

 明るい笑いと人情の芝居。人情といっても、ジメッとせずに、乾いている。まあ、いろいろあるけれど、前に向かって生きていくしかない、という庶民のパワーが全開だ。

 というと、鄭義信がこの劇場で上演した「焼肉ドラゴン」、「たとえば野に咲く花のように」、「パーマ屋スミレ」の三部作を思い出す。作品の底に流れるものは共通するが、この作品に特徴的なこともまたある。

 それはこの作品が「祝祭劇」であることだ。「祝祭劇」という言葉は鄭義信のインタビュー記事のなかに出てくるが(「ジ・アトレ」本年2月号)、その定義ははっきりとはわからないものの、でも、たしかにこれは「祝祭劇」だと感じられる。前述の三部作には物語性――それも骨太な物語性――があったが、この作品では後退し、代わって歌と演劇による祝祭の「場」という性格が前面に出ている。

 またもう一つの特徴は、――これも「祝祭劇」と関連するだろうが――この作品が広場を囲むように上演されたことだ。舞台の両サイドにベンチが並べられ、出番が終わった役者は、舞台裏に引っ込まずに、ベンチに座って芝居を眺めている。前述のインタビュー記事のなかに「マダン劇」という言葉があり、それがこれに該当するのかもしれないが、ともかくこれも面白かった。

 三度インタビュー記事に戻るが、この作品には悲恋があって、「ロミオとジュリエット」みたいだけれど(笑)、というくだりがある。そのロミオ(「アユム」)を演じた成河(ソンハ)とジュリエット(「ひばり」)を演じたイ・ボンリョンの感性豊かな初々しい演技に注目した。ラストシーンで二人が戻ってくる場面では感動がこみ上げてきた。

 なお、「アユム」や「ひばり」もそうだが、この作品の登場人物の名前には象徴性が込められている。たとえば島の長老は「大地」というぐあいに。そのこともこの作品が「祝祭劇」たるゆえんだろう。
(2013.5.15.新国立劇場中劇場)
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