Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

ペール・ギュント

2015年07月17日 | 演劇
 イプセンの戯曲はいくつか読んだが、もっとも感銘を受けた作品は「ペール・ギュント」だ。グリークの音楽は子どもの頃から親しんでいる。でも、戯曲を読んだことはなかった。数年前に初めて読んだ。驚いた。幻想的で、かつ(喜劇ではあるのだが)人生の苦みがある作品だ。イプセンの中でも特異な位置を占めると思った。

 解説を読んで、この戯曲は読むために書かれたもので、舞台上演は予定されていなかったことを知った。納得だった。その後ベルリンでバレエ公演を観る機会があった。幻想的なバレエだった。そのときも、演劇としては難しいだろうと思った。

 この度、神奈川芸術劇場が演劇として制作した。これはぜひ観たいと思った。そして昨日、台風の影響が懸念されたが、無事に観ることができた。

 廃墟のようなガランとした舞台。遠くでなにか音がしている。だんだん大きくなる。銃声だ。ヘリコプターの音が聞こえる。窓ガラスが割れている。外は戦場だ。大勢の避難民が集まってくる。ここは病院の中。医療従事者が右往左往している。砲弾が炸裂する。耳を聾する大音響だ。

 驚いたことに、子どもが生まれる。未熟児だ。保育器に入れられる。心配そうに見守る看護師。これが芝居の始まりだ。

 イプセンの戯曲が簡潔に進む。スピーディーだ。音楽が貢献している。スガダイローのフリージャズ。ピアノ、ベース、ドラムス、ミキサーの4人の演奏だ。激しく尖った音楽が主体だが、時々ハッとするような抒情的な音楽になる。「ソールヴェイの歌」はグリークの音楽とは違って短いが、胸にしみる。

 半透明の大きなビニールシートが何枚も使われる。時には怪物になり、時には海になる。演出は白井晃。新国立劇場で演出したシェイクスピアの「テンペスト」では無数の段ボール箱を使った。シャープな劇場感覚の持ち主だ。

 ペール・ギュントの50年にわたる冒険と放浪の生活が終わり、ソールヴェイの膝の上で息を引き取る。冒頭の場面に戻る。廃墟と化した病院。保育器のなかの幼児は息絶える。悲しむ看護師。同僚が看護師を呼ぶ。ソールヴェイ!と。

 幼児はペール・ギュントだった。芝居が上演されている約3時間しか生きられなかった。でも、保育器の中で、ペールは50年の人生を生きた。命のいとおしさに胸を打たれた。

 ペールを演じた内博貴(うち・ひろき)は明るくピュアな感性があった。
(2015.7.16.神奈川芸術劇場)
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