Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

新国立劇場「愛の妙薬」

2022年02月10日 | 音楽
 新国立劇場の「愛の妙薬」はキャストが一変した。外国勢が来日できないため、ひとりを除いて全員日本人歌手になった。その顔ぶれを見て観たくなり、チケットを買った。

 アディーナ役の砂川涼子は、いかにもこの役にふさわしい歌唱と演技だった。個人的な思い出話になって恐縮だが、わたしは2001年2月に宮古島に旅行に行ったとき、地元紙にその日の夜の音楽会の告知が載っていたので、出かけてみた。砂川涼子という若い人のソプラノ・リサイタルだった。イタリア留学が決まったそうで、会場は熱気に包まれていた。リートも歌われたが、オペラの抜粋がよかった。終演後、ロビーで友人たちと談笑している若者らしい姿が好ましかった。

 砂川涼子のその後の活躍はいうまでもないが、おかしなもので、わたしはそれが自分のことのように嬉しかった。今回の「愛の妙薬」では、以前にくらべて声が細くなり、伸びがなくなったように感じるが、その代わり正確な音程とリズム、メリハリのある歌唱、明快なイタリア語の発音などに磨きがかかっていると思った。

 その他の歌手では、ベルコーレ役の大西宇宙が立派な声だ。今後のますますの活躍が期待される。ネモリーノ役の中井亮一はイタリア・オペラにふさわしい甘い声だ。有望株だと思うが、どうしたわけか、幕開きからしばらくは音程が不安定だった。ドゥルカマーラ役の久保田真澄とジャンネッタ役の九嶋香奈枝は安定感があった。

 ガエタノ・デスピノーサの指揮は、このオペラに残っているロッシーニからの影響を感じさせる部分でとくに生きが良く、それが全体を精彩あるものにした。ただ、何が起きたのか、第2幕の幕開けの合唱がデスピノーサのテンポの速さについていけなかった。それはあったにせよ、全体的には(オーケストラ、声楽ともに)活気ある演奏を導いた。公演成功の最大の貢献者はデスピノーサだったと思う。

 チェーザレ・リエヴィのこの演出は、わたしは3度目だ(2010年と2013年に観た)。アルファベットの文字がアットランダムに並ぶカラフルな緞帳が懐かしかった。あれはたぶん、字を読めないネモリーノが、本を開いたときに、本はあのように見えるというイメージではないか。まったく意味をなさない、当惑するような感覚のイメージでは……。

 例の「人知れぬ涙」では天井から紙が何枚も舞い降りるが、あれはたぶん、頑なだったアディーナの心が、本を一頁、一頁めくるように(当演出では「本」がキーワードだ。「本」はアディーナを象徴する。本が解体するように)ネモリーノにたいして開いていくイメージではないだろうか。
(2022.2.9.新国立劇場)
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