Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

ポリーニ追悼

2024年03月25日 | 音楽
 ポリーニが亡くなった。82歳だった。一時代を画したピアニストだった。多くの方がSNSで追悼の言葉をささげている。わたしはファンの多さに圧倒された。

 わたしが初めてポリーニを聴いたのは1974年の初来日のときだ。会場は東京厚生年金会館だった。プログラムの中にシューベルトの「さすらい人」幻想曲とショパンの「24の前奏曲」があった(その他にもう1曲あったような気がする)。「さすらい人」幻想曲の音のやわらかさと「24の前奏曲」の息をのむような完璧さに鮮烈な印象を受けた。もしも神様がわたしに「いままで聴いた演奏会の中でひとつだけもう一度経験させてやる」といったら、あの演奏会を選ぶかもしれない。

 わたしは当時大学生だった。ポリーニの名前を知ったのは、吉田秀和の著書でその名前を見かけたからだ。懐かしいので引用すると――

 「もうひとつ書き添えておきたいのはポリーニというピアニストのこと。これは先日ラジオできいた。たしか今年のザルツブルク音楽祭での録音だったと思うが、アバドの指揮するヴィーン・フィルハーモニーの演奏会のプログラムの中に、ポリーニの独奏でバルトークの第二番協奏曲があり、その放送をきいたのだが、これが凄かった。(以下略)」(吉田秀和「ヨーロッパの響、ヨーロッパの姿」(新潮社、1972年)所収の「レコード・オペラ・オーケストラ」より)

 吉田秀和はそのように紹介した。でも1974年の初来日当時、ポリーニはまだ知る人ぞ知る存在だった。チケット代も安かったのだろう。大学生のわたしも聴きに行った。そして興奮したのだ。

 そのときのポリーニは天才肌の白面の青年といった感じだった。わたしはポリーニに夢中になり、ショパンの練習曲集やポロネーズ集などのレコードを買い求めた。数年後、ポリーニは再来日した。初来日のときとは打って変わって大評判になった。以後のことは、もういうまでもない。大スターになり、巨匠になった。だが、どういうわけか、わたしの関心は離れていった。もっとも、シェーンベルクのピアノ作品集など、レコード(後にCD)は少しずつ聴いていたが。

 長い年月がたち、2017年にザルツブルク音楽祭を訪れたとき、ポリーニの演奏会があった。開演時間が遅かったので、オペラが終わってから聴きに行った。プログラムはショパンのピアノ・ソナタ第3番とドビュッシーの前奏曲集第2巻だった。どちらも立派に構築され、音もみずみずしかった。わたしの懸念に反して、ポリーニは健在だと思った。わたしはなぜかホッとした。
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3 コメント

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Unknown (猫またぎなリスナー)
2024-03-28 16:53:29
言及されている1974年のさすらい人と前奏曲集のリサイタルでは、シューベルトのソナタ第14番D784も弾かれていたようです。私はまだ小学6年生、大兄より少し遅く生まれてポリーニの全盛期を少し過ぎた頃からしかライブで体験できなかった世代なので羨ましい限りです。私も後年のポリーニには関心を無くした口ですが、その理由を言語化して追悼文とするのは意外に困難な作業でした。
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Unknown (Eno)
2024-03-28 19:52:26
猫またぎなリスナー様
1974年の初来日のときのもう1曲はシューベルトのソナタの第14番でしたか。すっかり忘れていました。ご教示ありがとうございます。それにしてもずいぶん地味な曲をやったんだなと感心しました。
私も貴ブログも読ませていただきました。相変わらず微に入り細に入る聴き方・書き方で圧倒されます。
私もなぜポリーニへの関心が薄れたのか、貴ブログに刺激されて考えてみたのですが、よくわかりません。深く考えるとおもしろそうなテーマですが……。
今頃になって、ポリーニはなぜペーザロでロッシーニの「湖上の美人」を指揮したのかも気になってきました。あのときはポリーニが指揮?と驚いたものです。
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Unknown (猫またぎなリスナー)
2024-03-28 21:00:23
湖上の美人、うっかり忘れていましたが、あれもポリーニの立派な業績の一つだと思います。ピアノの演奏では抑えていた享楽指向の噴出だったのか、盟友アバドに唆されたのか(笑)、しかしポリーニの本質はカンタービレにあると思うのでそんなに意外ではないような気がします。
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