Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

カーチュン・ウォン/日本フィル

2024年09月08日 | 音楽
 カーチュン・ウォン指揮日本フィルの定期演奏会。曲目はブルックナーの交響曲第9番。最近はさまざまな作曲家・音楽学者による第4楽章補筆完成版で演奏する場合もあるが、この日はブルックナーが完成した第3楽章までで終えるやり方。どちらが良いかは意見が分かれるだろう。わたしは第4楽章の補筆完成版はラトル指揮ベルリン・フィルのCDしか聴いたことがないが、少なくともそのCDにはブルックナーとは異質なものを感じた。マーラーの交響曲第10番の各種の補筆完成版とはちがい、ブルックナーのこの曲の場合はまだその異質性を楽しむには至らない。

 さて、オーケストラが登場すると、まずコントラバスがステージの正面奥に横一列に配置されることに驚く。人数は10人だ。弦楽器の編成は16型なので、コントラバスが通常より2人多い。その増強されたコントラバスがステージ正面奥から鳴るわけだ。視覚的な効果をふくめて(コントラバスがどう動いているか目で確認できる)期待が高まる。

 またコンサートマスターに客演のロベルト・ルイジが入る。ルイジはカーチュン・ウォンが今年9月から首席指揮者兼アーティスティック・アドバイザーに就任したイギリスのハレ管弦楽団のコンサートマスターだ。コンサートマスターに客演を迎えることがオーケストラにどう影響するか。それも聴きものだ。

 カーチュン・ウォンが登場する。演奏が始まる。冒頭の音が重々しく鳴る。闇の底から鳴るようだ。音楽に動きが出る。それが目くるめくように勢いを増して燦然と輝く第1主題が出る。やがて音楽が静まり、ゆったりした第2主題が出る。その表情には強い緊張感が漂う。漫然とは歌っていない――と、少し細かく書いたが、それはこの演奏がルーティンワークではなく、気持ちを新たに細部までこだわる演奏だったからだ。テンポは遅めだ。腰を据えて音楽を造形する。

 第2楽章はリズムがデジタル的に刻まれた。そのリズムはカーチュン・ウォンが指揮棒を垂直方向に上に突き刺し、また下に突き刺す動きによって強調される。第2楽章のリズムの特異性が際立つ。第3楽章はじっくり歌い込む。先を急がずに、壮麗な響きをつくりながら一歩一歩進む。第3楽章が終わると会場は長い静寂に包まれた。それは完成されなかった第4楽章を偲ぶようだった。

 日本フィルは終始一貫して照度が高く、緊張感のある音を鳴らした。別のオーケストラになったように音が変わった。カーチュン・ウォンの本気度の賜物だろう。同時に、客演コンサートマスターの効果もあったかもしれない。日本フィルはカーチュン・ウォンのもとでこのような経験を重ねれば、一皮むける契機になるかもしれない。
(2024.9.7.サントリーホール)

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