Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

練馬区立美術館「香月泰男展」

2022年02月26日 | 美術
 ロシアのウクライナ侵攻以来、落ち着かない。ロシアの戦車が首都キエフの近郊まで迫っている(特殊部隊はすでにキエフに入っている)。今後戦車がキエフ市内に展開すれば、1968年のプラハの春に介入したソ連を彷彿とさせる。ソ連は民主化が進む当時のチェコスロヴァキアを武力で弾圧した。NATOに接近するウクライナと似た構図だ。

 プーチンはウクライナ侵攻に当たってのテレビ演説で、長々とロシアとウクライナの歴史的な関係を述べた。その歴史観はきわめて偏ったものだという。偏った歴史観が現実的な脅威になる点が衝撃だ。日本でも偏った歴史観が蔓延している。他人ごとではない。

 そんな折なので、胸がざわざわしていたが、昨日は予定通り「香月泰男展」を見るために練馬区立美術館に行った。行ってよかった。家にいたら何も手に付かなかったろう。

 香月泰男(かづき・やすお)(1911‐74)はシベリア抑留体験を描いた「シベリア・シリーズ」で知られる。全57点。山口県立美術館の所蔵だ。本展ではそのすべてが展示されている(もっとも、一部の作品は、前期と後期で展示替えがあるが)。「シベリア・シリーズ」以外の作品もまじえて、制作順に展示されているので、香月泰男の作風の変遷を追うことができる。

 「シベリア・シリーズ」とは何か。香月泰男は戦争中に満州に配属され、そこで敗戦を迎えた。ソ連軍に武装解除され、シベリアに送られた。厳寒の地・シベリアで森林伐採に従事した。多くの仲間が亡くなる中で、香月は1947年に無事生還した。画家だった香月は、再び絵筆をとった。生還後10年くらいたったころ、香月の作風に変化が生じた。元々はモダニストとして造形的な画面構成をしていたが(それらの作品も本展に展示されている)、シベリア抑留体験の、香月の記憶に突き刺さっている事象を、直接ぶつけるような画面が生まれ始めた。同時に画面からは色彩が失われ、古民家の土壁のような黄土色と、墨のような黒色の画面になった。それが「シベリア・シリーズ」だ。

 上掲↑のチラシに掲載されている作品は「渚〈ナホトカ〉」だ。画像ではよくわからないが、上下の白っぽい部分にはさまれた黒い帯のような部分に、無数の顔が描かれている。1947年、やっと日本に帰れるようになった香月らは、帰国の前夜、ナホトカの浜辺で寝た。その想い出を描いた作品だ。香月は本作を描くうちに、「何だか日本の土を踏むことなくシベリアの土になった人達の顔、顔を描いているような気」がしたと書いている。本作はシベリアで亡くなった仲間たちへの追悼の作品なのだ。また本作は遺作でもある。香月が1974年、心筋梗塞で急逝したとき、アトリエには3点の作品が残されていた。その1点が本作だ。あとの2点は「日の出」と「月の出」。とくに「月の出」が美しい。
(2022.2.25.練馬区立美術館)
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