Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

2024年の音楽回顧

2024年12月31日 | 音楽
 2024年の大晦日になった。今年は気が付いたら年末になっていた感じがする。多くの人がいうように、今年は秋らしい秋が短かったからだろうか。

 2024年はどんな年だったろう。音楽にかぎって、しかもわたしの経験の範囲内で振り返ってみると、まず思い出すのは「サントリーホール サマーフェスティバル」だ。同フェスティバルは毎年わたしの一番の楽しみだが、今年はとくに充実していた。同フェスティバルは「ザ・プロデューサー・シリーズ」、「テーマ作曲家」、「芥川也寸志サントリー作曲賞」の3本柱で構成されるが、今年はその中の「ザ・プロデューサー・シリーズ」と「テーマ作曲家」が連動していた。

 今年のプロデューサーはアルディッティ弦楽四重奏団を率いるアーヴィン・アルディッティだった。アルディッティは20世紀後半の現代音楽のレジェンドだ。一方、テーマ作曲家はフランスのフィリップ・マヌリだ。二人の協働関係は長い。マヌリの新曲をアルディッティ弦楽四重奏団が初演したケースが何度かある。今年の同フェスティバルではアルディッティがプロデュースするオーケストラ・プログラムにマヌリの曲を取り上げた。またマヌリの室内楽コンサートにアルディッティ弦楽四重奏団が初演した曲を取り上げた。

 新国立劇場はベッリーニの「夢遊病の女」とロッシーニの「ウィリアム・テル」を新制作した。両作品の連続上演により、ベルカントオペラに焦点が当たった。とくにベッリーニのオペラの上演は新国立劇場では初めてだった。大きな穴がやっと埋まった。またロッシーニのオペラの中では特異な存在の「ウィリアム・テル」の上演は意欲的な企画だった。

 今年も多くの音楽家が亡くなった。感慨深いのは、ドイツの作曲家ヴォルフガング・リームの逝去だ。リームは20世紀後半の音楽界で存在感が際立った。わたしはザルツブルクやチューリヒで見かけたことがある。大柄な人物だったが、以前から健康不安が伝えられた。ついに亡くなった。戦後の現代音楽の一時代が終わった感がある。

 最後に私事をひとつ。わたしは今年、日本フィルの定期会員になって50年がたった。わたしは1974年の春季から定期会員になった。それ以来50年間、日本フィルの浮き沈みを見てきた。今は好調だが、低迷したときもある。オーケストラとは生き物だ。

 わたしは日本フィルを今の若い楽員が生まれる前から聴いてきたわけだが、N響などの他のオーケストラにも、わたし以上に古株の聴衆がいるだろう。そのような古株の聴衆がオーケストラを支える時代になった。そのような聴衆の層が育ったのは、日本が戦争をしなかったからかもしれない。平和の副産物だ。平和の副産物は、オーケストラの聴衆にかぎらず、社会の隅々にあるのではないだろうか。
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