Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

オルセー美術館展2010「ポスト印象派」

2010年07月06日 | 美術
 オルセー美術館展2010「ポスト印象派」に行くことができた。金曜日が夜間開館日なので、かねてより狙っていた。金曜日には職場の付き合いが入ることが多く、なかなか行けなかったが、先週やっと行けたしだい。さすがに夜間といっても人が多く、その人気ぶりが感じられた。

 一番人気はゴッホの「星降る夜」とルソーの「蛇使いの女」だった。両作品の前には人だかりができていた。ほかの作品の場合は、しばらく待っていると人が少なくなる瞬間があるのだが、これらの場合はそうはいかなかった。

 さすがに両作品とも素晴らしい。「星降る夜」は、ローヌ川に映るアルルの街明かりが、泣きはらした目に映る滲んだ景色のように見えた。ゴッホはなぜ泣いていたのだろう、幸せすぎて泣いていたのか、それとも将来に向けての不安に怯えて泣いていたのか、と考えてしまった。

 「蛇使いの女」は、月を背にした肌黒い女の目が、猫の目のように光っている。シルエットになった暗い密林のなかでは、シダの群れが不気味に発光していた。図録の解説によると、「蛇使いの女は、しばしば『創世記』中の楽園のイヴの黒い化身と形容される」とのこと。なるほど、異教のイヴと蛇のいる風景というわけか。

 ほかにも多くの人が足を止めている作品があった。たとえばセザンヌの「水浴の男たち」やモローの「オルフェウス」などはその代表例。一言でいうと、この展覧会はオルセー美術館をギュッと圧縮したような内容だ。

 私は普段は図録を買うのは我慢するのだが、今回だけは買った。帰宅後、パラパラめくっているが、たいへん面白い。普段我慢するのは、値段が高いのと、本棚が一杯であることが理由。本棚は仕方ないとしても、値段はけっして高くないと思った。

 ポスト印象派を一言で定義するとしたら、どうなるだろうと思っていた。図録にのっているオルセー美術館長のギ・コジュヴァル氏の「印象派を越えて」のなかで、次のような文章に出会った。
 「印象派は、無数の断片に砕け散ってゆき、煌く星雲のごとくに輝いた。ポスト印象派はある意味で、この大爆発の「輝き」であると言えるかもしれない。」

 ビッグバンになぞらえて、宇宙に浮かんだ無数の断片と表現するのは、的確なような気がする。その一つひとつが個性的な形態をしているわけだ。これを言い換えるなら、個人の様式を探求し始めた世代、ということになるのではないだろうか。現代に通じる意味合いでの芸術は、このへんから始まっているような気がする。
(2010.7.2.国立新美術館)

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