日々の恐怖 4月14日 絵本
Sさんは、学生時代に図書館でアルバイトをしていました。
図書館には利用者が自由に入れる開架書庫とは別に、表に入りきらない本を収納する閉架書庫という倉庫のようなスペースがあります。
そこの図書館の閉架書庫は格別殺風景なところでした。
天井は高く、その高い天井まで人ひとりがようやく通れるくらいの通路を除いて、すべて書架になっています。
書架の色も壁の色もグレー一色で、省エネのために通路を除いて室内の照明は消してあります。
利用者から要求されたとき図書館員はそこに本を取りに行くのですが、Sさんはその仕事が嫌で仕方ありませんでした。
薄暗い室内はだだっ広く、書架が高いために視野が遮られているので、人がいるのかいないのかわかりません。
誰もいないと思っていると奥の方から人の声がしてきたり、かたかたと物音がしたりして、びっくりさせられることも何度かありました。
そのうち他の女性アルバイトも閉架書庫に入るのを嫌がり、男子学生や職員に頼んでいるというのに気づきました。
どうしても行かなければならない時は、みんなドアをストッパーで開け放しておき目指す本棚のところに走っていき、本をつかんで飛び出してきていたのでした。
気味の悪さが何に由来するものなのか、誰にも分かりません。
あえて言うなら生理的なもので説明できないのです。
ある時、Sさんは利用者に頼まれて児童書を取りに行きました。
ちょうど、手が空いているのはSさんだけで人に頼めなかったのです。
メモを片手に目指す本を探していると、誰もいない書架の端でぎしぎしときしむような音がした後、スチール書庫を叩くような音がしました。
Sさんは恐る恐るそちらの方を見ましたが誰もいません。
しかし通路に本が一冊落ちていました。
“うしろの正面だあれ”という題名の何の変哲もない絵本です。
なあんだ、と思って拾い上げた瞬間、何か気味が悪い感じを覚えました。
慌ててその絵本を立ててあった場所に戻し、Sさんはカウンターに戻りました。
以来、Sさんは閉架書庫に入るたびに、そちらの方をうかがうようになりました。
怖いと思うのですが、確認しなくては気が済まないのです。
ときには通路を横切って、びくつきながら見に行きます。
何故こんなことをしているのだろうと思いながら、見ないではいられません。
そして、たいていその絵本は床に落ちていました。
それを見ると許されたような気がして、脱兎のごとく入り口に駆け出すのです。
Sさんは、担当の司書にそのことを話しましたが、その司書も通路に落ちる絵本があることを知っていました。
棚に問題があるのかと思い場所を移してみましたが、どこに置いても、一番下段に置いても、翌日には通路に転がっていると言っていました。
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