日々の恐怖 4月5日 チキン南蛮
その日のSさんは疲れていたそうだ。
昼から続いた打ち合わせ、会社に戻ってからの事務処理。
飯の時間もないほどの忙しさで、会社を出る頃にはすでに十時を回っていた。
駅前のガストでチキン南蛮を食べよう、満員電車の吊り革に掴まりながらSさんの腹は決まっていた。
最寄りの駅に着いた。
急ぎ足で目当ての店に向かう。
入り口を塞ぐように、自転車を片手で抑えながら電話している女がいたという。
女が耳に当てているのは紙コップだった。
コップの底には糸が出ており、先はガストの看板に繋がっていたという。
「 でさぁ、彼がいなくなってさぁ。
笑っちゃうんだけど、骨がさぁ、骨が見えるのよぉ。」
窓から、怯えた目をする店員が見えた。
Sさんは逡巡した末、声をかけた。
「 ちょっと、どいてもらえませんか?」
女はゴミに群がるカラスを見るような目つきでSさんを見たという。
あの、害獣に向けるような、一切の容赦のない“消えればいいのに”というあの目つきだった。
「 笑うついででさぁ。
また笑っちゃうんだけど、私のとこにくんだよね。
みんな、ころしてやるよ。」
女の声は掠れた低い声だったという。
Sさんは回れ右をして、立ち食い蕎麦で夕飯を終えた。
東京ってやっぱ怖いわ、長野出身のSさんは深い溜息をついた。
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